問題のありすぎる日々-5
とても静かな空間だった。
最深部ということもあるのだろう、暗い。
妙に冴えた意識が、暗い中に光る青色のガイドラインを認識する。これを辿って歩けと言うことだろうか。
それとも、この線の向こう側に出たら容赦なく排除するとか?
まさかね。
シリコンウェハー並みに真っ平らな場所を延々と進んでいく。これだけ何もないとシェルにシフトして走りたくなるが、何があるか分からないためやらない。下手に刺激して死ぬのは御免だ。
やがて統一された黒の中に、はっきりとわかる砂浜と青い海が見えた。
そこに四人分の人影がある。
「珍しいね、ここにこの子以外が入ってくるなんて」
「誰だ、あんた」
シルフィエッタに似た青い髪だが、その雰囲気はまるで違う。
「第一世代、今はまだ戦うときじゃない」
「……?」
「さようなら、またいつか会うよ」
そう言い残してログアウトしていった。展開されるエフェクトは今までに見たことのないタイプだ。どこの所属だろうか?
前に視線を向けると、シルフィエッタと"AIがわざわざ人に似せて再現した姿"があった。AIはその処理能力のごく一部を使うだけで第二世代以降と常時と繋がり、仮想空間の管理までも行っている。
もしこれがプログラムに従わない行動をしたら……例えば環境改善のため人類を排除するなんて答えを出せば、一分の内に電脳化処置を受けた者は皆、頭の中を焼き切られて死に至るだろう。
『どこのAIだ。答えろ』
三原則がある限りあいつらAIは絶対に逆らえない。それに目で直接捉えられるなら意識を向けるだけで通話ツールに番号が入力される。直接聞くよりもこっちのほうが早い。
『いまのあなたには教えることができません。また、過去か未来で会いましょう』
女性型のAI端末がロストする。
『世界暦999年、12月25日が君を"4"に招待された。その時で生き延びたことだ』
『おい、バグってんのか』
『いずれ会った日が来た』
男性型のAI端末もロストして、俺とシルフィエッタが残される。
「シルフィエッタ、こんなところで」
「シルフィ」
「は?」
「呼ぶならシルフィ」
長ったらしいからそう呼べと。
「シルフィ、お前こんなところで何してたんだ?」
「話してた」
「AIと?」
「うん」
「どんなことを話してたんだ?」
AIが人の話し相手になることはあるが、それはあくまでも決められたパターンに沿った出力でしかないはずだ。でも、さっきのAIを見ると人対人のような"会話"ができそうに思えてしまう。
そして気になるのがシルフィの足元。青い光……リソースへの還元と転送時のときと同じエフェクトが中途半端にかかっている。スコールに聞いた中で、AIと妙につながりが強すぎて気に入られ、あちら側に"標本"として取り込まれることがあると。
俺の場合も気に入られたとかだったが、スコールの一喝でなにごともなく終わっている。
「ないしょ」
そういうからには口止めでもされているのか……。もし引き込まれるとかだったら止めないといけない、そう思うのだが。
「だって、わからないよ。うみのむこうのことばなんて」
「海の向こう?」
青い海の向こうに、望遠ツールを向けてみても果てのない線が見えるだけだ。
水平線なんてものじゃない、ここは現実に従って再現される仮想とは言え、深層部はAIにとって都合のいい状態になってるはずだから、空間のつながりを無視していることだろう。
「じゃあね」
「あ、ちょっと待て」
言うのと同時にログアウトして言った。
「……はぁ。海の向こう、ね」
現実の海は油とゴミの溜まり場。ヘドロ色の汚い場所だ。