問題のありすぎる日々-3
『……交戦開始』
視界に重ねて表示されたウィンドウに意識を飛ばし、武装セットを読み出す。
今使っているこの機体は、この部隊で使われている軍用機だ。フェンリルのモノに比べれば格段に性能は悪く、武装の汎用性もすこぶる悪い。処理系も生存率重視で組まれているため、大前提である戦闘に向かない。
『ジャマーがあるため戦闘支援は行えませんが、敵機情報の解析と行動予測支援は行います』
『必要ありません』
構造体が崩れ、真っ白な機体……が落ちてくる。
名前の通り――――キノコだ。これは機体というよりも化物キノコと言った方が分かりやすい。
うん、ドクツルタケ。
撒き散らされる胞子状のウイルスシードで無限に増殖し、構造体に寄生して情報を抜き取ってはどこかに送信するというモノ。典型的なウイルスながら、セキュリティへのカウンターも備えた厄介な存在だ。
『複製です。本体は』
『排除します』
いちいち聞いてやる気はない。
ふるふると震えて胞子を撒き散らすキノコめがけ、火炎放射器を顕現させて突撃。ある程度の距離で弁全開で放射。戦うとか何とかいう以前に――本体じゃなかったら焼きキノコにできる。まえ、スコールが焼いて食べていたのを見たことがあるから。
そういえば毒があるはずなんだが……。
『追加来ます、穴を塞ぎますので逃げてください』
なんというか、こう、バケツをひっくり返したような勢いで明らかに十メートル越えのキノコがどさどさ降ってくるのは……逃げよう。
数の力にはどうやっても勝てないし、あれだけ数がいれば焼き払われるより増える方が多い。
ターンして駆動輪を回し、ブースターを全力で吹かして離脱する。あれの移動速度は時速二十キロほど、そこらの機体なら余裕で振り切れる。
『警告・不明機接近』
そう思った矢先、進行方向の通路が崩落した。
サファイアカラーのエネルギーを散らしながら、蒼白の機体が落ちてくる。
四足型シェル。モデルは……狼か。
流線型の本体と、そこから伸びる歪みの無い四肢。設計思想は獣の動きをベースにした戦闘特化かな?
『クロードさん、それから離れてください! 第三世代機です、その機体では勝ち目がありません』
『特別枠賞金首……第一位……』
『え?』
目で見たものをそのまま送る。
『照合してください……』
言うと同時に、道を譲るように横を通り抜けていく。
あれを刺激したらどうなるか分かったもんじゃない。
だというのに、壊れた構造体の天井から降り立ってくる正規軍の機体は銃口を向ける。
『この場は我々が引き継ぐ。貴様らはこの場から離れよ』
『ちょっ、ここは私たち"ジェット"の管轄です!』
『リィンマグナベル准尉、黙れ。お前らゴミに――』
ブツッと通信が切れた。数瞬遅れて爆発の轟音が響く。
ターンしてブレーキを効かせて後ろを見ると、惨劇が起こっていた。
「撃て…………撃てぇっ!」
スピーカー越しの叫び声。それは銃声に掻き消され、さらに爆発の波がそれを押し流す。
軍機が銃弾の雨を降らせる。吹き荒れる破壊の暴風を貫いて次々と銃弾が落ちる。通常ならこれで大抵の機体は爆散、パイロットは瀕死で除装か死亡のどちらかだ。
そんなものが容赦なく、数百機が降らせたにもかかわらず、爆炎の中から的確に撃ち出される弾丸が舞い降りる軍機を破壊していく。
「狂犬がぁ……!」
一機、ブースターを吹かして蒼白の機体に突っ込む。だがその蒼白の機体はまるで問題にならないと言わんばかりに一瞥すると、ブースターを吹かす。瞬間、機体が消えた。
レーダーで確認すれば、点が瞬間移動を繰り返しながら、軍機と重なる度に爆発が起こる。
飛び上って食いついて破壊し、背負った砲で確実に撃ち抜いていく。
『あんなバカげた機動ならばすぐにエネルギーが切れる。そこを狙え!』
回線越しに指示が飛ばされるが、それは間違っている。
機体を動かすのに必要な処理は条件付きで半永久的に供給され続ける。いくら枯渇したところで、数秒あれば戦闘可能な域にまでチャージされる。
だけど、スコールに聞いた限り"賞金首が使っている機体"は公表されていない処理方式で、限界機動しても余るほどだと。
これが"世代"の差。俺が使うこの部隊の機体も第三世代機だが、低スペックだ。
「ミサイルを使え!」
「ロックできません! 早すぎます!」
「無誘導で撃て! 直撃しなくても」
どこかの機体が撃った。
しかし蒼白の機体はわざとその射線に入って受ける。気でも狂ったか、そう思っただろう。
でも後ろから見ている俺にはしっかりと見えた。
余剰エネルギーで展開される分厚い障壁が。
「なんでだ! なぜ効いていない!」
バリバリと音を立てながら、ほんのわずかに乱れた障壁がもとに戻る。
恐らくシェルが扱える携行兵器では歯が立たないだろう。
高速機動でロックされず、もしばら撒かれた弾丸が当たったところで障壁が無力化する。さらに万が一障壁を越えたところで自動修復機能付きの反応装甲が受け止める。
まともな戦闘が成立する訳がない。
がむしゃらに銃撃をしたところで、後に残るのはサファイアのように綺麗なエネルギーの帯だけだ。
『クロードさん、もういいですよ。データの収集はログを見ますので、退いてください』
『分かりました。この低スぺであんなのとはやり合いたくないですからね』