問題のありすぎる日々-2
「――はっ!」
妙な何かを感じて振り向くと、空間が溶けるようにして人が姿を見せた。
頭に妙なものを被って顔を隠した光学迷彩やろう。
「ふむ、気付かれたのは初めてだ。君がクラルティ中尉の連れてきた新人か」
「え、えぇ……っと、クライム……大尉でしたっけ」
「仮想の階級と現実の階級は使い分けるように。私はクライム准尉、陸戦隊の指揮を務めている。以後、覚えておくように」
「分かりました」
なんだかこの基地には特徴のありすぎる人ばかりだ。
部屋に戻ればベッドと机だけ。纏めるものなんて何もないから、荷物をまとめろと言われたあの日から訓練以外にすることはない。
自主的な訓練と言っても、この移動基地の訓練場はそんなに広い訳じゃない。
そんな訳でベッドに飛び込んで何もせずに時間を過ごそう。
『戦闘訓練・五分以内に基地構造体訓練区画集合』
と、思っていたら招集がかかった。
ベッドの隅からプラグを引っ張り出して、神経接続用の首裏のジャックに差し込む。
ダイブプロセスが視界にたくさんのウィンドウを表示させる。次々と開いては閉じていく処理を見ながら、目を閉じた。
ほんの一瞬の感覚のロスト、そしてすぐに送り込まれる仮想の再現された感覚。
『無人小型機を自動生成します。各自、敵機を撃破しつつ最深部のポータルに接触、初期地点まで帰還せよ。繰り返します――』
機械音声がループして再生される訓練場。
赤い床に白いラインの敷かれた数百キロクラスの長大な構造体だ。ただし、安いため脆い。おそらく衛星砲撃とかのセットを一発撃ちこんだから基幹部分の防壁まで貫くだろう。
まあ、そんなもの使わないけど。ていうか使えないけど(金銭的な面で)。
「よーし、揃ったな」
熊みたいな上官が一人。
俺の隣にはリンドウとシルフィエッタ。
新人訓練というわけか。
「まっすぐ百キロ先にポータルがある。接触してから戻ってこい、コース上の障害は好きにしろ」
いきなり言われても困る。
手を上げ質問を。
「なんだクロード訓練生」
「リミッターはかかっていますか、それとシェルの使用は」
「死なないようにはしてある。使うなと言われたもの以外は好きにしろ」
「了解」
走り出して、同時にシフトプロセスを起動する。ついでにムーブプロセスも。
使うなとは言われていないから、移動でいっきにとんだところで問題はない……はず。
身体が鋼鉄に変化しながら、ポータルの位置の手前まで飛ばされる。
仮想だからこその移動手段。
しかしそうそう甘くはない。出た瞬間に囲むように小さなグリッドが生成される。
『無人機展開、無人機展開』
アナウンスと同時に三メートルクラスの小型機が出現する。二足歩行型、卵のような丸いボディに短い手足。深い青色に長いライフル。移動足が遅い代わりに抜群の固定能力を持つ定点狙撃機、もし敵に回した時の立ち回りを練習するための的だ。
ロックされる前にブースターを使って一気に距離を詰め、カメラアイに拳を突き込んで、引き抜いて振り下ろす。続けて膝を叩き込む。ものの数秒で"盾"の出来上がり。
盾に隠れて手榴弾を顕現させ、放る。
金属を抉る音が響くが、優秀な盾がすべてを受け止め、手榴弾の鉄片が敵機をずたずたにしていく。
……いくらなんでも弱く生成しすぎだと思う。実戦だと手榴弾なんて使っても大したダメージは入らない。
「…………フェンリルのシミュレータが異常なだけか?」
あっけなさ過ぎて逆に警戒を解けない。スコールと一緒に戦闘訓練をしていた時は常に敵機が生成され続けるから、壊しながら進まないと帰れなくなるほどだったのに。
駆動輪でポータルに近づいて、触れるとタグが生成される。後はまたムーブプロセスで飛べば終わり……ぬるい。
『転送プロセス起動』
馴染みの機械音声を聞きながら、ムーブが発動しようとしたとき。
『警告・不明機接近』
無機質な声と同時にジャマーが展開された。仮想空間での機能を制限する"軍用ソフトウェア"だ。もちろん違法なところにも出回っている。代表例を出すのならフェンリルだ。
……まあいい、そんなことより。
『中佐、なんですかこれ』
コールすればすぐに返事が来る。
『クロード、全力でその場から離脱しろ! やられたな……基地の構造体、表層すべてにジャマーを張られた』
『つまり、ログアウトもできないし援軍としてログインもできないと?』
『そうだ。貴様らの安全管理の責任はすべてこの俺にある』
『中佐。保護者面とかならやめてください。ここにいるのは捨て駒とそれを束ねる指揮官、それだけです』
最初に聞いたさ。
この部隊は正規軍の中から功績を上げ過ぎて腫れもの扱いされた者、逆に失敗しすぎた者が送られる最終処分場。その上、試験兵器の実験にも使われると。
ならここにいる消耗品は消費期限の過ぎた廃棄品だろう。上も延々と金を払い続けるくらいなら、さっさと死んでもらって遺族への保険金を払うか、処理を誤魔化して自殺したことにでもするか、もしかしたら過酷な場所に放り込んで勝手にやめてもらいたいのか。
『クラルティ中尉、敵機を確認しました。破壊の天使です!』
『政府指定賞金首か……。クロード訓練生、聞いた通りだ。戦おうなどと思うな、全力で生きろ』
『逃げ切れる理由がありますか。相手はランカーのはず、それも確か、そいつは増殖機能を備えた巨大なウイルスのはずです。しかも百キロを走り抜けてもログアウトできる境界までは距離がありすぎます』
『……そう、ですね。現状投入できるエリアは深層、そこから最大出力で登っても間に合いません』
冷静に言うのはこの部隊のアサルトプランナー……略称AP。
『私がサポートします。指示通りに動いてください。そうすれば』
『拒否します。もう……来ましたから』
嫌な音と一緒に、構造体の天井にヒビが入る。
やれるさ。
賞金首の集団と比べれば、たかがランカー底辺の一機くらい……。