裏切りのフェイス-9
「さて、処遇についてだが」
そう前置きをされ、スコールは休めの姿勢で直立不動のまま聞いている。
「あんな危険なものはここには置いておけない。一週間以内に処分しろ」
「了解」
「異論はないのか? いつものお前なら脅してでも反抗するだろう」
「あれは護る必要がないほどに強い。今の状態なら知り合いに預ければそれなりにはなるでしょうから」
ただ無表情に、感情の籠っていない声で返答する。
半円状に並べられた机の向こう側で、詰問する側の魔狼の者たちは小声で話し合う。
「で、処分内容は。さすがに殺すなんてことは無理ですよ」
「したくない、ではなく無理だと?」
「あれは継承者です。ウィリスと同じですよ、害意があればすぐに関連する動きをすべて読まれます。誤魔化すためにどれだけ別の方法で経由して狙ったところで、意識の片隅には害意が残ります。ですから、無理です」
思い切り嘘だ。
しかし、似たような前例があるために疑われることはない。
目的のためであれば平気で味方を騙し、結果的に助け自分だけに恨みを集約させる。
「神殺しのお前であっても、か」
「その称号はあまりいいものではないでしょう。いくらスコールを殺して憑依されているとはいえ、神に等しいあれを殺せたのは偶然です」
「お前が偶然を語るか。なにごとも起こるべくして起こった必然というお前が」
「予定調和の中にあるモノだけですよ。ああいうのは予定調和を乱す”外”の存在ですから、必然も運命もありませんよ」
「そういうが、あれは滅びの運命で消え去る運命だっただろう」
「ラグナロク”で”滅びるです。殺したのはラグナロク以前ですよ。だから運命も何も関係ない。それに、ラグナロクを生き抜く神々は多数います」
「…………」
「話が逸れました。処分内容は?」
事前に殺せという条件を封じることはできた。
あとはこちらでいいように運べる形に持っていかなければならない。
魔狼への所属はフリだけ。
本当は別の所属で、いいように利用し情報を抜き取るためのツールでしかない。
この縛られた世界で、少しでも確定された運命を捻じ曲げて抗うためにすべてを信じず、すべてを駒として扱う。
仮想空間で拘束されたまま、数時間が過ぎてスコールが来た。
同じ営倉の中にいた女の子はIDを見て、リンドウという名前だと分かった。
最初はぎゃーぎゃー騒いでいたが、今は恨みごとのようにずっとぶつぶつと呟き続けている。
「クロード、上の連中がお前を処分しろと言ってきた」
「…………」
「お前はどうしたい? ここに残る以外なら好きに選べるぞ」
「どうして」
処分しろと言われたなら、さっさと殺せばいい。
なのになんで処分される側が好きに選べるんだ。
「まあ、適当に言いくるめてきた。逃げ道は分かりやすいのを一つだけ残してあとは全部塞ぐのがいい」
「……なんでそこまでする」
言いくるめたにしても、それなりの無茶をしたはず。
なんでこんな死にぞこないにこうまでする。
「単純だ。お前ならいずれ、すべてを己が手で掴み取るだけの力を手に入れられるからだ。力といっても、戦うための力以外もだからな」
「それで……駒として使うのか」
「それはお前次第だ。駒として使われる程度で止まるのか、同じ場所まで登ってくるのか、それとももっと上に行ってしまうのか。だから、お前がどうしたいか決めろ」
「……スコールのように戦えるようになりたい」
言ってみると、スコールは少し眉をひそめた。
ハズレの答えか。
「いいだろう。ならばまずは基礎から覚える方がいい」
スコールが手を向けてきて、何かの処理ウィンドウが起動して妙なプロセスが走ったかと思えば、意識は闇の中に落ちていった。
気が付いた時には、どこかの人身売買のオークション場だった。
売られるか。
「…………」
「不満そうな顔をするな。べつに奴隷に落とそうってわけじゃない」
「だったら、なんでこんなところに?」
「まず活動資金を得るために、そしてお前の安全と戦闘技術の向上のためだ。すでに手配はしてある、知り合いが法外な額を入金してくれる。それがそのままお前の金になり、且つそいつの保護下で活動できる」
「……?」
「まともな場所じゃないんだから、取引も公正である必要はないんだよ」
前に出ていった誰かが落札された。
「行け、そして後はお前が決めろ。保護下で力をつけるか、逃げ出して自分の道を見つけるか。好きに生きろ」
背中を押されて舞台の上に出て。
司会が適当な説明をして、入札が始まって。
額はそこらの奴隷階級が取引されるより少し高いくらいで止まった。
そして司会が誰に売るかを決めようとしたとき、端の方で手が上がった。
金髪の男だ。
司会がいくらだすのか聞くと、0が六つもつく額を提示した。
普通高くても0が四つだと聞いたことがある。
奴隷にそこまでの価値はつけないのだとか。
「他にいませんか? いらっしゃらないのなら、決定しますよ?」
数秒の沈黙ののち、落札され、本来であれば押される焼印は押されずにそのまま連れていかれた。
もろもろの手続きもすべて略式でなにもせずにオークション会場から連れ出された。
金髪のおっさんは笑いながら言ってきた。
「はははっ、いきなり一千万Gも渡してくるからナニかと思えば、子供二人を持っていけときたか」
隣を見れば一緒に営倉にぶち込まれていたはずのリンドウまでいた。
ただ目を向けただけなのに睨まれた。
そよれりも、それぞれの落札額は百万Gだ。
残りはこのおっさんの懐か。
「実に面白い。この俺に子育てをしろと」
「別にそうは言ってないが」
暗闇の中からスコールが溶け出るように現れた。
「あくまで、セントラの法で合法的に人を動かして戸籍を作ってまともな教育機関に通わせろとしか言ってないはずだ」
「だからと言って奴隷紛いは好かんな」
「はっ、よく言う。戦場で兵士を捕えて”命の値段は”って脅す癖に」
「…………。ごほんっ。とりあえず、こいつらの戸籍を用意してやればいいんだな」
「そっちのクロードについてはもと貴族だ、そのまま更新手続きで済む。問題はリンドウだ。桜都の人間だから偽造してくれ」
「よかろう、そのくらいなら簡単なことだ」
「あと、残りで酒を買うなよ。その二人の学費に当てろ、そして残りはそいつらの分だぞ」
「この俺に押し付けた上に損をさせるか、貴様は」
「別に損という訳ではないだろうよ。二人のために動くから酒と娼館に時間を割かず、そっちに金を使わないからリーンベルが楽をできる。すると部隊全体が潤う訳だ。どうだ? まったくもって部隊の損ではないだろう」
「どこがだ、俺の損ではないか」
「いい年こいて娘までいるおっさんが娼館通いなんて外聞が悪いだろ、それの解消だと思え」
「貴様!」
怒鳴り散らす割には笑っている。
怒り笑いじゃない。
「じゃあなクラルティ中尉、あとは頼んだ」
「ゲイル工作兵、今度会ったときには美味いものを奢ってもらうからな」
「金があればな。今ので手数料やら渡したのやらですっからかんだ」
フェイス
Faith
信頼