裏切りのフェイス-1
かなり怒られましたよ、ええ。
かなり書き換えましたよ、ええ。
かなりこれでも頑張ったんですよ。
あの頃はただただ復讐するための力が欲しくてついて行った。
金次第で敵にも味方にもなる悪名高い傭兵集団のフェンリルに。
フェンリルベースは超大型のVTOLで、いくつかの機体を合わせて作られているため分離して航行が可能。
その中でも新入りと呼ばれる連中がまとめられている訓練区画で、授業を受けていた。
周りを見ても年上ばかりで、年下なんてどこにもいない。
「で、あるからにして対人拷問の場合は以上の方法が効果的だ。こらそこ、目を閉じてるだけなら今までのことを簡潔にまとめてみろ」
教室、というよりはブリーフィングルームを使って受けたい授業をやっている場所に勝手に入室して受けるスタイル。別に授業を受けなくても実技試験でいい成績を出せばどうでもいいらしく、座学や理論のほうに人はほとんどいない。
「あ……あー……」
「座学が嫌なら体を動かす方に行け。今なら仮想化戦闘部隊か魔法技能士部隊がシールドルームでやってるぞ」
「い、いえ。受けさせてください」
「……まあいい。次は洗脳など、人のコントロールについてだ。まず条約でこの辺はもろもろ禁止されているがうちは傭兵部隊であり、軍人と民間人の間、グレーな扱いだから気にすることはない」
この授業……講義だけが少々異常だ。
他は言語学、数学、物理学などだが、ここだけは総合技能。
総合、様々な方面のことを座学実技で身に着けていくための場所がここ。
砲撃で弾道計算が必要ならば数学と物理、対人戦闘で効率よく打ち崩すならば保健や医学で生物としての急所を学び、実践する。
必要に応じて、そういうよりも”非日常”に必要なものを基点として関係するものを学んでいく感じだ。
「まず基本的なところは前のときに話したが、おさらいだ――」
狭く窓のない場所に閉じ込めて長い間一人にしておく。そうすると人は時間を認識できなくなり、刺激がないためストレスを感じ始める。そうしたまま放っておくと今度は寂しさを感じ始める、それでも警戒はしているということは忘れないように。
まずこの状態に陥れたら二人用意する、酷いことをする人Aと優しいことをする人Bだ。後は尋問で教えたのと同じように酷い対応優しい対応を繰り返していく、すると犬の実験でもあったように敵であるにも関わらず優しい対応をするBには警戒を解き始める。
これを長時間、なるべく相手の理性を削り取るまで続ける。手っ取り早いのは数時間交代で延々と続けて寝不足にしてしまうことだ。こうすると思考がぼーっとしてきて脳波が変化、思考停止状態や自我が弱い状態になり、Aが脅しを続け対象の人格やあり方、感情を酷く否定する。かわりにBが弱ったところで優しく認めてやる。
これを続けていくうちに半分ほどの対象は「自分が悪いからだ」と思い始める。そうじゃない場合は後で話すとして。
そう思い始めた頃を見計らって最後にBも酷い対応に切り替える。唯一の味方さえもいなくなってくると、追いつめられた精神はいよいよ修復不可能な壊れかたを始める。こうしてしまえば後は完全に壊す前に「お前は言うことをただ聞いていればいいんだ」とか「何とかしてやるから大丈夫だ」と言って恐怖の中に救いの道を一本だけ作る。
これは逃げるターゲットを捕まえるときにすべての逃げ道を塞ぐのではなく、盲点のような一か所を開けておいて、油断したところを捕まえるのと同じだ。
こうしてしまえば若干ながら依存するように持っていける。その人がいないと生きていけない、その人がいれば自分は助かる、こんな感じに。後は好きにすればいい。手間はかかるがいい”駒”ができあがる。
それともう一つ、完全に壊した場合は心のない人形の出来上がりだ、言われたことは誰の命令であっても従うほどのものだから使いづらくはある。
「それからそうじゃない場合についてだが――」
いきなり視界に重ねられるように、机の上に仮想ディスプレイが展開されてアラートが鳴り響く。
火災のときの非常ベルよりもうるさく、耳が痛い。
長々と話をしていた教師……もといスコールが仮想ディスプレイ越しに誰かと話している。
どうせが”また”仮想世界経由で仕掛けられているんだろう。
「今日の講義はこれで終了! 魔法系のものはベースから出ないように、電脳化処置を受けている者はすぐにアクセスポイントを閉じて防壁を展開しておけ」
続々と生徒たちがいなくなって、数人は椅子に座ったまま目を閉じている。
体の中に埋め込んだ微小機械が脳内に生体機械のコロニー……俗に呼ばれているのはブレインチップ(脳内にあるコロニーがチップ状だから)かナーブニクス(直接神経と接続するから)だ。
それに命令を送ってネットとの接続を切断しているのだろう。
コンソール経由の第一世代。
無線接続の第二世代。
量子通信なんて訳の分からないことまでできる第三世代……もっとも定着してからコロニーがある程度成長したらの話だが。
「クロード、お前はどうする? 一緒に来るか?」
「……行く」
席を立ってスコールの後に続く。
ここでは本来水と油以上に交わらない魔法派と科学派が一緒にいる、そこらでは差別の対象になるようなやつらでさえも平然とすごすことができるここは、居心地が悪くはない。
「敵の情報は」
傍らに青い半透明のディスプレイを浮かばせたまま、スコールは情報を読み、こっちにも流してくる。
頭の中のチップが脳に錯覚させて、視界に重なるようにツールバーだとかウィンドウを見せてくれる。
『スコール、お前誰に通信共有させてんだ。そのガキは』
「黙って状況報告。戦術指揮官、敵はどうするのが決まりだ?」
『……分かった分かった。後で隊長に怒られておけクソ野郎』
次々とウィンドウが開かれて戦場のマップや敵の構成規模が表示されていく。
現実の戦闘なら監視衛星で様子を探って大まかな配置を知るくらいしかできないが、仮想ならすべてがつながっている。探るのは個人の腕前次第でどこまでもできる。
「そんな簡単に俺に情報を流したら規律に問題があるんじゃ?」
「いいんだよ。ここの指揮官クラスはほとんど知り合いだしこの程度で文句は言われない」
……そんなんでいいのか。
軍ではなく傭兵だから多少緩いにしても、ここでは最年少で正規所属でもない単なる部外者の俺にそんな対応をして。
「しかしまあ、その年にしては随分と大人しいな」
「……あれだけのことがあったから」
「そうか」
必要以上に聞いてこない、これがこの人を嫌だと思わない理由だ。
深く深くしつこく聞いてくるような大人たちは嫌いだ。
子供にしては大人しい、子供にしては殺気立っている、子供にしては……そんなんばっかりだから嫌なんだ。
ただ、アレがあってからというものあまり感情があふれ出なくなっている気がしないでもないけど。
スコールに連れられ自動扉を潜ると、近代設備の整った戦闘指揮所(略称CIC)が待っていた。
壁面にモニターやキーボードはあるがそのすべてがホログラム。
モニターには外の様子、雲海が広がっていてこのフェンリルベースが雲の上に浮かんでいることが分かる。
はっきり言って危険だ。
先日の講義で衛星軌道上には『魔槍』『聖槍』『斧槍』に代表されるいくつもの対地射撃衛星が浮かんでいるから、それに捕捉されやすくなるとか。
「よお、先にアイゼンたちが潜ってるぞ」
「余裕か。新人研修と新型機のテストでダイブする。空きのコンソールは?」
「どこでも使え。と、そこの子供もダイブさせるのか?」
「ああ、こっちで勝手にやるから構う必要はない」
「りょーかい。騒ぎ立てるエレメンタリーじゃないだけマシだな」
周りの大人たちからは邪魔だから出て行けという気配はほとんどない。
「よし、テキトーな席見つけてダイブだ」
空きの席を見つけると腰かけてケーブルを手繰ってプラグを引き寄せ、手首のジャックに差し込む。
隣の席ではスコールがヘッドギア型の端末をつけている。あれが第一世代のダイブ方法、ジャックを使うのが第二世代。第二世代以降は無線ダイブが可能だが、万一接続がぶつっと切られた場合は危険だからなるべくこうしてダイブする。
『雲海下よりAAMの発射を確認。種別・セントラ軍汎用弾。弾数二十六。CIWS起動』
「おうおう……」
この程度では驚かない。
こんなのは日常の範囲だ。
「ECM展開、チャフ射出」
「その程度でロックを誤魔化せるわけないな」
『CIC電脳空間へアタック確認、アクセス元特定不可。仮想化戦闘部隊確認、防壁の穴から侵入を確認』
随分な攻撃だこと。
早く処理を終わらせて意識を仮想に送り込もう。
『直接攻撃を確認、制御中枢へのアタックを確認』
管理AIから次々に警告が流れてくるが、無視して目を閉じる。
まぶたの裏に浮かんだツールバー、その中の一つを思うと思考感知機能が動く。
ふっと意識が落ちると、電脳の世界へと感覚が引き継がれる。
瞬間、仮想世界のフェンリルベースで起き上がった。
「さあ、始めようか」
色々と考えはするのだが色んなところと名前が被ったりするのがつらい
特に電脳だとか仮想空間だとかを題材にすると”こ”で始まるやつとか”う”で始まるのとかと結構かぶりそうで怖い。
色々と分かりづらいところがありますが、基本設定は『アナザーライン-遥か異界で-』の最初と同じで、別の視点からなので少しばかり違うところがあります。