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受け継がれる黒-6

 世界暦990年・誤差±8766時間



「待ちやがれ泥棒!」


 レイズ・メサイア(もろに偽名)は加速の魔法を使って凄まじい逃げ足で街中を爆走することをやめない。

 空は星空が見えない夜空、その下の夜になっても明るい街の中を走る。

 チラリと振り返ってみれば追っては二桁もついてきている。もうかれこれ山を爆破して突き抜けて、海を凍らせて走り、果ては時間を飛び越え空間をぶち抜いて別の世界からここまで来たというのにまだまだ。

 さすがにこの人数を相手に魔法の撃ち合いをしようものならば、即座にセンサーに引っ掛かって都市警備隊が駆けつけるだろう。無論、そうなったところで全滅させることは容易い。しかし今は使えない理由がある、それは使った瞬間に位置が割れて駄天使に捕まってしまうというものだ。


「ふこぅ――――だぁーーーーーーーーーーーっ!!」


 なんでこうなったのだろう?

 もとを辿ってみれば賊に盗まれたものを盗み返したら見つかってなぜか盗人扱いされてしまったのが原因だ。一緒にいたはずのスコールは気づけば一人でどこかにドロン。とりあえず置き土産に艶消しされた黒いナイフをもらったのだが、一本投げて終わり程度である。魔法使い同士で接近戦なんてやることは半分程度だ。


「三分で片付けて撤収、撃てぇ!!」

了解スィー!」


 細い路地を満たしながら迫る灼熱の壁。


「なんだって俺ばっかりこんな目に合うんだよ!」


 まっすぐ逃げていては黒焦げにされるだけ。レイズはその場で加速と重力中和の魔法を使い、上に飛び上った。間一髪焼かれる前に建物の上に出ると、ぐるりとあたりを見回す。


「……魔術的には炎は踏み潰すか飛び越えればいいっていうがなぁ」


 スキールニルのことを思い出しながら、逃げの算段をつける。なにやら別の騒ぎが起こっている方へと足を進め、同時に索敵魔法も使う。どうもあちらは貴族の館が襲撃を受けている真っ最中らしい。

 何も騒ぎのない空白地帯よりも騒ぎの起っている乱戦状態の場所を一度経由したほうが追っ手を撒きやすい。幸い夜であり、照らす明かりは砲火と火事の炎だけ。黒いロングパーカーが目立つ白髪を闇に紛れさせてくれる。

 レイズは館の正門に狙いをつけると意識を集中させて空間を飛び越える。屋上から歩道橋、歩道橋からトラックの上、自動販売機、次々に目標地点を切り替えて空間を飛ぶ。点と点の移動であるため慣性も何も働かない。一気に飛ぶと精度がいくらよくてもずれる、だから数百メートルごとの転移で移動する。

 タッと地に足をつけた時には目の前にひしゃげた鉄の門がある。


「なっ――賊がまだいたぞ!」


 両腕をクロスさせながら上にあげ、さっと振り下ろす。召喚魔法が発動され、赤い光を伴って愛用のガントレットが装着される。本来は防具の一部であるが、魔法による障壁を展開しているため趣味的に武器にしているのだ。


「悪いが通らせてもらう」


 無造作に繰り出した足で門を蹴る。コツンと小さな音が鳴ったかと思ったその刹那、教会の鐘を必要以上の力で打ち鳴らしたかのような轟音が響く。人の蹴り程度では曲がることのない門がくの字に折れ曲がり、まるで進路上のすべてをひき潰すローラーのように走る。

 一直線に走らされた鋼鉄の門は、


「っ!」


 館の守備隊を容赦なく弾き飛ばし轢き殺していく。凄惨な光景を血で描き、それでなおも止まらずに門は突き進み、ガゴォア! とトラックの衝突事故のような音を発してやっと停止した。

 止めたのはどうも前方で戦闘中の守備隊の一人のようだ。

 レイズは転移で一気に門の前まで飛ぶと、魔法で大きく飛び上がって戦闘エリアを超える。途中見下ろせば魔法と銃の入り乱れた乱戦が見て取れる。弾丸の飛び交う緊張下でまともな魔法を編み上げることができる者は少ない。だから、慣れたものが障壁の維持に回り残りは魔法ではなく銃を使う。

 結局、魔法と言えど狙いをつけて引き金を引くだけの速さには敵わないのだ。銃が二つの工程で撃てるのなら、魔法は最低でも照準・座標認識・魔法作用の開始(複数の発動工程)になるため、並の魔法士では間に合わないのだ。


「魔法を使えないやつらが魔法を……?」


 着地してそんなことを呟き、館の防壁の降りたドアを殴り飛ばして侵入する。

 途端に銃声と撃ち躱される魔法の音、人が焼ける嫌な臭いが襲い来る。


「くっ……」


 それでもレイズは突き進んだ。盗み返したフリズスキャルヴの欠片をここで失う訳にはいかない。

 索敵の魔法を周囲に張り巡らせてみれば、戦闘はバラバラではなく二階へと続く階段付近に集中していた。無駄な戦闘に首を突っ込む気はない、それに今は逃げるのが最優先だ。

 頭の中に裏口までの最短コースを描き出し、ルート上の敵勢力を認識する。


「逃げた後はどうすっかねぇ」


 すでに火の手が回り始め、長居していては一酸化炭素と二酸化炭素による中毒症状の心配がある。

 次の角を曲がった先、小さな階段、そこで守備隊と襲撃者たちが交戦中。認識と同時に最低限の戦闘行為で切り抜けるため、魔法をあらかじめキャスティングしておく。これもまた、アリアやチャントなど様々な呼ばれ方があるが、レイズは配役・放つという意味のキャストと呼んでいる。

 角を曲がると同時にすでに並列処理ですべての工程が一瞬で連続して撃ち込まれるようになっていたはずの魔法、それが砕け散った。


「くそっ、ジャマーか!」


 叫んだのはレイズではなかった。

 襲撃者たちを単独で押し止めていた黒髪の男だ。片手に携帯端末型の詠唱補助具を持ち、今まさに蜂の巣にされる寸前。レイズは勢いを殺すことなく、真横から追加詠唱した魔法を放つ。

 廊下をぴったり塞ぐ形で作り出された厚さ十センチの赤い半透明の板。対物障壁を体当たりで前方に送り出し、襲撃者たちを廊下の反対側まで否応なしに押して潰す。


「新手か?」


 厳しい目つきで言われ、レイズはひらひらと手を振った。


「通りすがりの魔法使いだ」


 そのまま立ち去ろうとして呼び止められる。


「待て、俺の弟と妹を護ってくれ。どうせ傭兵フリーランスだろ? 金ならいくらでも出す」

「こっちも暇じゃない。すぐに追手が来る」


 俺たちを、と言わないのは自分も戦うということの表れだろう。だが補助具を使う似非魔法士程度ではレイズにとって邪魔にしかならない。

 そもそもいくら金を積まれようとも、今は戸籍がなくどこの国にも属していない裏の生活をしているため、そんな金属片と紙切れはいらないし使えない。

 無視して立ち去ろうと決めた。


「一人でがんばれ、じゃ――」


 ドバッ!! と空気の壁が体を揺らし、煤塵を散らす。


「なにがっ」

「げほっげ、な、来やがったか」


 腕に風を纏わせて火の粉と煙をまとめて吹き飛ばすと追手の姿があった。その数、一名。

 魔神と呼ばれるほどの力を持ち、獅子のたてがみのようにボサボサで金色の髪を持つ男だ。


「あーあー、テメェのその真っ白な体ぁ真っ黒焦げにしてやらぁ!」

「ヴァレフォル……」

「なぁーんでかな? 俺様の無能な配下どもはなんでこんなに時間をかけるかな……。テナァ! いつもどおり殺しに来てやったぞクソガキ!」

「……あぁ? ざけんじゃねえぞ」


 一気にレイズの顔から殺意以外の感情が剥がれ落ちた。無造作に向けられた白い手の先には、魔法によってプラズマ化した何かの球体が瞬時に出来上がる。

 小さな太陽とでもいうべきそれを、本来ならば対重装甲兵器用の高ランク魔法をぶっ放した。

 一筋のオレンジ色の軌跡が見えたかと思えば、放射状に前方を消し飛ばすエネルギー波。反射してくるものは障壁で遮りやりすぎと思える一撃を見舞った。


「終わりかぁ?」


 だというのに、吹き抜けた烈風が衣服にすら焦げ跡のないヴァレフォルをさらしだす。

 館の半分ほどが消し飛んだというのに、その男は変わらぬ姿でそこに立つ。


「……っ、規格外の化け物が」

「あん? テメェがそれ言うか、賞金首のレイズ」


 その言葉に黒髪の男が割り込んだ。


「賞金首、レイズ……あの最強の魔法士か?」


 レイズはヴァレフォルから視線を外さぬまま答える。


「すべての国から指名手配された白い悪魔、俺のことだ。この際ついでだ、お前の有り金全部で護ってやるよ。俺のことで巻き込まれて死なれちゃ嫌だからな」

「感謝する」


 黒髪の男は即座に銃を抜いてヴァレフォルへと向ける。


「おいおい先史時代の遺物なんざよくもってやがんなぁ」

「黙れ魔法士」


 引き金を引き、一発弾丸を送り出すが見えない壁に弾かれる。魔法士が作り出す対物障壁。ここにいる二人は特に意識せずに作り出せば、艦砲射撃すらも数発は受け止めることができる。


「ベレッタ92か? にしてはちょっと形が違うが」

「そのベレッタとかいうのは知らないが、これは先史文明の跡地から掘り出したものをベースにセントラ軍が作ったとか」


 ヴァレフォルが構わず撃ち込んできた真っ黒な魔法を腕で払いのけ、お返しに召喚魔法で自分の武器庫の中からスコールお手製手榴弾を取り出して、投げる。ピンやレバーなんていう安全装置はついていないもの。

 レイズは黒髪の男の襟を掴むと階段上の部屋に転移する。そして、階下からくぐもった爆発音と魔力を掻き乱すノイズが迫る。


「づぅっ!」


 ミスリルという魔力絡みの鉱石。ある時を境に急に産出され始めたものであり、通常の方法では加工が非常に困難な代物。それを使った対魔法士用非殺傷グレネードだ。


「……っつぅ、流石スコール」


 頭を押さえ、ふらつきながら立ち上がると部屋の隅に二人の子供がいた。声を押さえてすすり泣く少女と、庇うように抱いている少年。特に少年の方はレイズを警戒の目で見ていた、しかも年に見合わない殺伐とした雰囲気でだ。

 黒髪の男が少年に近づく。


「兄さん、そいつは」

「大丈夫。さっき雇った傭兵だ」


 黒髪の男は二人をそっと抱きしめると、


「クロ、クララ。この人について行きなさい」

「兄さんは」

「クソ親父を取っ捕まえてすべて吐かせてやる。そしたら後でお前たちのところに行く。いいな?」


 二人がうんと頷くの確認して男は立ち上がった。


「契約内容をはっきりさせておこうか」


 レイズは追加の魔法をキャストしながら事務的に言う。やると決めたからにはやるが、どこまでやるかは決めておかないと余計なところまで響くからだ。


「クロード・クライス、クラリス・クライス。二人をこの街の外まで送り届けること、そしてこの口座の金で適当にやってくれ」

「一つ、追手の数が多いから死ぬ可能性が高いぞ。それでもいいのならやるが」

「どのみちここにいたら死ぬし逃げる手がない。だったらお前の可能性に賭けるさ」

「ベットするのは自分の命と全財産ね。当たりの可能性は限りなく零に近い」

「それでもいい。後は頼む」


 男がレイズの肩を叩いて部屋を出ようとした時だった。

 爆発が起きた。

 衝撃に男が壁まで飛ばされ、レイズも衝撃波に押し倒される。


「兄さん!」

「大丈夫だ」


 普通ならこれで意識を吹き飛ばされるか戦闘不能に陥るほどだが、どうも丈夫なようだ。レイズは激しい耳鳴りを治癒魔法で押さえ、余剰処理で三人にもかける。

 魔法だからと言って目に見えて何かが起こるわけではない。例えば治癒魔法を使って患部が光るのは、施術者に分かりやすくするための追加効果でしかない。その辺の追加効果を不要としてレイズは出していない。


「便利だな」

「だが、ジャマーで封じられたら一般人と変わりがないからな?」


 あまり頼りにするな、そう意味を込めて言いながらドア枠の外に向けて手を向ける。イメージするのは散弾のように広がる氷の弾丸。室内戦闘で発火や燃焼などの炎系の魔法は基本的に使用してはいけない。

 三連射して部屋の外を跳弾の嵐でクリア。続けて呪氷結界という凍結の概念を弄られた氷壁を展開する。


「床をぶち抜くからそこから行け。道の通りに行けば当然敵も備えてるから」

「まったく魔法士は規格外だな」

「魔法戦で普通の常識は通用しない」


 床に円をイメージし、それに沿わせて振動を発生させて切断する。丸く切れた床がゴトンと落ちるとすぐに男が飛び降りる。


「よし一人ずつ、来い」


 レイズが少女を抱え、下で待ち構えている男に渡す。そして少年を抱える前に、


「お前はこれを持っていてくれ。とても大事なものだ」

「……」


 少年は黙って頷くとそのまま自分で飛び降りた。二階から一階へ、大した高さではないとはいえ怖いはずだが。

 そう思いながらも飛び降りる。階段裏の部屋だからなのか倉庫のような雰囲気で埃の積もった部屋だ。


「俺が先を行く、お前は後方警戒」

「分かった」


 レイズはドアを蹴り破って飛び出ると、廊下の左右を確認せずに氷針を撒き散らして制圧する。そして走りながら前方に人影が見えれば即座に撃ち抜く。護衛対象は後ろにしかいない、だから他はすべて敵と認識する。

 廊下が炎に塞がれていれば薄く張り巡らせる氷の膜で消火し、瓦礫に塞がれていれば障壁魔法で押し飛ばす。やがて広い廊下に出ると裏口が見える。

 だが、


「待ちくたびれたぜ? レイズよぉ」

「追撃してこないかと思えば……!」


 そのドアの前にはヴァレフォルがいた。燃え盛る背景に溶け込むように赤く揺らめく炎の召喚獣を従えて。

 煌めく火の粉を散らしながら飛び立ったそれは、レイズへと敵意を向けると同時に真っ白に凍てつく。床に落ちる前には細かなヒビが全身を走り抜け、微塵となって消え果る。


「フェニックスのレプリカか。そんなもので」

「なに、死の神(ヴォータン)あたりぶつけてもテメェは生き残るだろうが。遊びだ遊び」

「クズ野郎が。狙うなら俺だけでほかを巻き込むな!」

「テメェは人をよく助けるからな。だったら利用しない手はねえだろ?」


 ぷつん、と何かが切れた。


「んの…………史上最悪のゴミがぁ!!」


 レイズは床を踏み砕き、慣性制御などの工程を省いた加速魔法と硬化魔法を使って殴りかかった。



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