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すべてが始まった日-1

 世界暦990年・誤差±8766時間


 -Akito-


 いやだ、いやだ。


「やぁいやぁい、だいさんせだい」

「おまえみたいなのをえりりあすとっていうんだろ」


 だれも味方おなじせだいがいないがっこうのろうか。

 みんながにんぎょうのようにひょうじょうのないかおでおれをかこんでいる。

 おれは異端者エイリアニストなんかじゃない。


「やーい。えりりあすと」


 せんせいもだれもたすけてくれない。

 くやしい。

 もうこんなところにいたくない。

 だれもいらない。


 ただただあの頃は悔しかったことだけを覚えている。

 俺だって望んで生まれてきたわけじゃない。

 クソ親どもが勝手に俺を注文オーダーしただけで、望んだ製品としての性能がなかっただけでこれだ。

 初等部の頃はもう心の奥に引き籠もってただ毎日を過ごしていた。

 中等部に入る頃には通信教育だけで部屋に引き籠もって毎日を過ごしていた。

 高等部に上がる前には……部屋のドアを叩き壊されて引きずり出された。

 そして表向きは施設送りで、実際は非合法なことまで平気で行うと言われる…………そんな場所に売り払われた。

 そこでは誰もが優しかった。

 だけどもうその時の俺は人の感情と言える範囲は一通り壊れてしまっていて……。

 ストレスもあっただろうが、強烈な忘れたいという思い込みで今ここに在る自分を抑え込んで、全部記憶を片隅まで追いやって……。


 -Kageaki-


「やーい、えりあにすと。おまえのとーちゃんひとごろしー」


 そこにある現実を額縁の中にあることのように、自分の事じゃなくて映画でも見ているような感覚で受け止めて。

 母さんが死んだときでさえも、父さんは家に帰ってこなかった。

 代わりとでも言うように部下を数人だけ家に送っただけで、ただそれだけで。

 母さんと二人だけだったから、保護者がいないとされた俺は親戚の家に送られて、従妹たちと居心地の悪い毎日を過ごしていた。


「…………きりねぇ」


 隣には髪の長い女の子が一人。

 他にも部屋には同じ年くらいの子が何人かいた。

 耐え切れなくなって出て行った、最後まで馴染むことは無かった仮初の家。


「こっち、きて」

「…………」


 抵抗を感じつつも、ここにはいたいとは思わなかった。

 すぐとなりの部屋でおじさんとおばさんが言い争いをしていたから。


「どうしてうちばかりが親戚中の子供を預からなくちゃならないんですか!」

「仕方がないだろ、うちが一番広いしお金もあるんだから」


 あちらも俺にここにいてほしくは無くて、俺もここにいたくはなくて。


「こっち」

「…………」


 広い屋敷の隅の方。

 誰も寄り付かない物置のような部屋に連れ込まれる。

 部屋に入ると強引に座らされた。


「きにしたら、まけ」

「…………うん」


 泣きたかった。

 だけど泣けなかった。

 あの頃の俺は……。


「ぼくだって、こんなところにきたくなかったのに……おじさんたちにもめいわくなんかかけたくないのに……」

「いや?」

「…………」


 ただ黙って頷いた。


「だったら、にげよ」

「どこに?」

「わたしたちはだいさんせだい」


 差し出された手には特殊な接続ケーブルと、特殊なプラグ。


「ねっとに……だいぶするの?」

「あきも、ちっぷははいってる。だから」


 あの頃の俺は、桐姉ぇのお蔭で戻れなくなるほどにまで沈むことは無かった。


 -Claude-


「さっさと実験体あいつらを連れて来い!」

「だけど親父! なんでクロードたちを!」

「うるさい、もとから跡継ぎの長男おまえ以外はこうすると決めていたんだ、黙っていう事を聞け!」

「くっ…………」

「返事は」

「…………了解ヤー


 兄さんが隣の部屋で親父と言い争っている声が響く。


「クラリス……大丈夫だから、俺が守るから」

「お兄ちゃん……」


 部屋の隅で固まっていると、ガチャリと部屋のドアが開けられて兄さんが入ってくる。


「クロ」

「兄さん、俺だけじゃダメなのか」

「…………」


 あの時の兄さんの顔はとても悔しそうだった。

 人目がなければ泣き出していたかもしれない。


「クロ、クララ。いますぐにこれを繋ぎなさい」


 神経接続用のプラグを差し出された。


第三世代サードジェネレーション実験なんてやめさせてやる。お前たちも実験体なんかにさせないから……!」


 身体に埋め込まれた微小機械ナノマシンが体中で生体機械バイオマシンを作り、ダイレクトに神経と仮想ネットワークとを繋ぐためのジャックを体表面に現す。

 強引にプラグが突き立てられ、変な、ぞくっとする感触に生理的な拒否反応を起こす。


「悪い、少し我慢してくれ」


 無視するように、焦るようにプラグのもう一端を自分の手首に現したジャックに突き刺す。

 うつろな目になり、網膜に無数のウィンドウが展開されていく。


「兄さん?」

「悪いようにはしないから、少しそのままで受け入れろ」


 俺の視界にも”アクセス”を要求するメッセージが表示される。

 兄さんならばおかしなことはしないだろうとすぐに承諾する。


「リード……チェッキング。ここまで成長しているなら大丈夫だな」

「兄さん」

「お兄ちゃん」

「大丈夫だから、これさえインストールしてしまえば……」


 頭の中が書き換えられていくような感覚と共にプログラムが記述されていく。

 それは自然の状態では決して感じることのない感覚で、視界に表示されていくプログレスバーが次々と伸びて消えて。


「兄さん、これは……」

「一通りのツールだ。ダイブ、ムーブ、シフト、ヒドゥン、クラック……他にも全部入れてやる」


 あの頃はこれがなんだか分からなかった。

 だけどいけないもので、使っちゃいけないものだと思わず体が震えていた。


「怖がらなくていいからな」


 兄さんが俺たちを包むように抱きしめて。

 妹は声を殺して泣いて。

 それでも俺は、不安を押し留めて流れ込んでくるデータを血流のように感じていた。

 第三世代だからこそ、もっとも直感的にデータを感じられる。


「これで……後は俺がなんとかするから」


 悔しそう固く唇を噛み締めながらプラグを抜き、立ち上がる。

 そのまま腕を取られて廊下に連れ出される。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 屋敷のどこかから叫び声が聞こえてきた。


「エクル!」

「クロ…………悪い、時間的にお前たちしか……」

「…………う……くっ」


 その後、俺たちはダイブルームと呼ばれる仮想空間に潜る専用の部屋に連れていかれ、そこから後は散々なことをされた。裸に剥かれ、体中のジャックにプラグを差し込まれて強制ダイブさせられて、仮想空間でサルベージされた。

 ここでいうサルベージはデータの洗い出し、人というプログラムを死なない範囲で解体しながらデータを抜き出す作業。

 実の親が子供にすることじゃない。

 普通は死んだ人間に対して、戦争とかで捕らえた敵に行う行為だ。


「なんだこれは」


 まわりを囲んでいたウィザードたちが顔をしかめて作業を中断していく。


「社長、不良品です。これではとてもではないですが……」

「よりによって……! くそっ、あの小娘だけか」


 全部が終わった後、部屋にいたのは俺と妹と兄さんだけだった。

 エクルは……聞こえた話だと適性ありだとかで外部の研究所に渡されたらしい。

 住み込みのメイドの娘だった。

 昔からよく遊んで一緒に過ごしてきた幼馴染が……。

 他の兄妹もいなかった。

 それから数日、俺は屋敷の隅に追いやられるようになった。

 兄さんも会いに来ることはできず、通話ツールを使って電話をかけてくるのみ。

 だけど、それもなくなった。

 気付けば本当に捨てられる寸前だった。

 それも、粗大ごみを捨てるような感じで。



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