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約束  作者: 沢村茜
第二章
6/51

引越し当日

 その日は朝から強い日差しが辺りを立ち込めていた。ジーンズに胸元にレースを施したシャツを着る。本当は可愛い洋服を着たかったが、洋服が汚れると木原君が気にしてしまいそうなので妥協案としてこの洋服を選んでいた。

 リビングに行こうとしたとき、チャイムが鳴る。彼が来ると言っていた時刻の十分ほど前だ。


 胸が高鳴るのを覚えながら、彼に会ってまず何を言おうか考えていた。

 玄関の扉を開けたとき、茶色の髪の毛をした男性が立っていた。木原君が私の家の前に立っているなんて今まででは考えられなかった。分かっていたが、言葉が出てこない。それでも何かを言おうとしたときだった。


「おはよっ」


 軽い言葉に顔を上げる。木原君の後ろから髪の毛を肩の辺りまで伸ばした子が覗き込むように立っていた。舞い上がっていた心が一気に我に返る。自分でも驚くほど、冷静に彼女を見ていた。


「どうして晴実が?」


 晴実と木原君は顔を合わせて苦笑いを浮かべていた。その様子は今までの二人から想像できないほど親しげに見えた。学校でそんなに話をしていることはなかったのに。そこまで考えて、胸が痛んだ。親友と木原君が話をしているのに傷ついてどうするんだろう。


「少しだけお邪魔していいですか?」


 少し遅れてきた姉にそう聞いていた。彼女はもちろんいいよと言う。


 晴実は笑顔を浮かべ、私の腕をつかむ。


「話があるんだけど、いい?」


 私は晴実と部屋に行くことになった。

 晴実は私の部屋の扉を閉めると、こちらを見て、肩をすくめる。彼女は今日、白いシャツと体にフィットするタイプのジーンズをはいていた。彼女のスタイルのよさが際立っていた。


「今まで言ったことなかったんだけど、私、木原君と同じ小学校だったんだ。だから話くらいは普通にするよ」

「そうなの?」


 今まで晴実からそんな話を聞いたことがなかったことから、思わず聞き返していた。


「だから、この前も由佳を探しているという話を聞いて、木原君をクラスに連れてきたの」


 蘇るのは初めて木原君と話をした日。確かに彼を連れてきたのは晴実だった。確かに言われると納得する。

 そういえばずっと前に晴実に木原君と話をさせてあげようかと言われたことがあった。もちろん即断ったわけだけど、そこにはそんな理由があったんだと今更ながらに気付く。


「引越しの手伝いくらいはして帰るよ。あまり荷物もないみたいだけど」

「そういえば荷物は?」


 てっきり木原君は両親と一緒に車で来るのだと思っていたのだ。


「仕事で遅くなるんだってさ。なんだかいろいろ大変みたいで。だから木原君だけ先に来たって。すぐに荷物を運べるようにするために」


 いろいろ考えてくれていたのだろう。だが、私の家は姉と母がばっちり準備をしてしまっており、木原君が以前着たときに運ばれていた荷物も撤去され、今すぐにでも荷物を運べる状態になっていた。姉に至っては今朝も掃除機をかけるくらいの手の入れようだ。そのことを晴実に言うと、彼女は苦笑いを浮かべていた。


「すごいね。そんなに歓迎されているんだ」

「お父さんもお母さんもあんな性格だし。姉は何を考えているのか分からないけど、木原君のことは歓迎しているみたい」


 今まで木原君と面識のあった父親が歓迎するのは分かるが、姉までが歓迎するのは意外だった。大学生の彼女は、あまり見知らぬ異性の同居に抵抗があるものだと思っていたからだ。私は木原君でなかったら、嫌だと思うから。だが、私の気持ちを知っているからこそ、それを受け入れている可能性もある。私をからかうための新しいネタとして。


「でも、がんばってね。由佳の性格を考えたら、部屋に閉じこもったりしそうだから」

「がんばるけど、多分そうなりそうだね」


 一年私の親友をしてきただけあって、その行動パターンをしっかりと把握している。

 そのとき、姉の声が聞こえる。その声に混じるように聞きなれない男性の声が響いていた。私と晴実は下に戻ることにした。彼女は晴実は持っていた荷物を部屋の入り口に置いていた。


 銅やら木原君のお父さんが到着したらしい。

 私達が戻るときには、玄関先に既にダンボールの山ができていた。だが、人が生活するための荷物と考えるとかなり少ない気はする。そのうちの一つの箱の上に黒いスポンジ状の生地で作られた袋が置いてある。


「手伝う間でもなさそうだね」


 晴実は私と目が合うと苦笑いを浮かべていた。

 これだと一時間も経たないうちに終わってしまいそうだった。


「後は俺がするから、気にしないで」


 彼はそういうと、頭を軽く下げる。

 そのとき、晴実が肘をつく。彼女はあごをしゃくり、木原君を見つめていた。彼女が何を言おうとしているのかに気づき、喉から声を絞り出した。


「よかったら手伝っていい?」

「悪いからいいよ。気にしないで」

「そのパソコンを運んだら?」


 晴実はそう言うと、箱の上に置いてある黒い袋に触れた。それを私に手渡す。


「この辺りにおいておいて、誰かが踏んだら危ないからね」

「じゃあ、お願いします」


 木原君は困ったような顔をしていたけど、ダメとは言わなかった。話し合った結果、彼のベッドや机などは木原君と彼のお父さんが運び、私はこれを持ち待機しておくことになった。ベッドや机は新しいものを購入したみたいで、お店のラベルなどが貼ってあった。あとは木原君の私物のダンボールが数箱ある程度だ。


 私は部屋で引越しが終わるのを待っておいた。パソコンなんてめったに使わないから、どうしていいのか分からずに机の上においておく。


 音が聞こえなくなるのを待って、木原君の部屋を覗いていた。そこにはもう机や棚が組み立てられていた。廊下沿いの壁には真新しいベッドもある。その全てが新品だと彼から聞いた。前使っていた家具はお父さんたちの引っ越し先のほうに送るそうだ。


 机の上にパソコンを置く。手伝うというよりは預かっておくだけになってしまったけど。

 そのとき、風が入ってきて、私の頬を掠めていく。

 水色のカーテンの隙間から覗く見慣れた町並みを見つめていた。

 今日からここが彼の部屋になるんだ。そう思うと、胸の奥がくすぐったい。


 入り口で物音が聞こえた。そこにはダンボールを抱えた彼の姿がある。

 彼はそれを部屋の入り口に置く。そこにはダンボールが数箱重ねてあった。そして、それが彼の荷物なのだろう。彼は机の上にあるパソコンを見ると、目を細めていた。


「手伝ってくれてありがとう」

「何も役に立ってないけど」


 彼は「そんなことないよ」と言い、首を横に振る。


「お姉さんが呼んでいたよ。リビングに行こうか」


 それ以上、彼を見ているのが苦しくて目をそらす。彼の後をついていくように部屋を出て、階段を下ることにした。

 だが、その足取りも玄関先で止まる。そこには両親に見送られ、家を後にしようとする木原君の両親の姿があったのだ。二人は目が合うと、私に深々と頭を下げる。

 並んでいた二人が顔を合わせ、木原君のお母さんが一歩踏み出し、私達との距離を狭めた。


「本当に迷惑をかけてしまってごめんなさいね」


 艶のある落ち着いた声。長い髪の毛を後ろで一つに縛り、ファンデーションと口紅といった簡単な化粧しかしていないだけなのにものすごく綺麗だった。洋服も黒のジャケットにブラウンのスカートというすごくシンプルなのに、上品で落ち着いた雰囲気があった。彼女が笑うと辺りの雰囲気が和やかになる。


 木原君のお母さんということは私の母親と同世代か、少ししたなのだろうが、年を感じさせなかった。それどころか姉との年のほうが近いのではないかと思ってしまうほどだった。


「そんなことないです」


 最初は戸惑い、動揺しまくっていたが、本音を言えば嬉しい。緊張はするけど、嫌な意味の緊張じゃない。


「本当に迷惑をかけてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします。何か失礼があればいつでも言ってください」

「大丈夫ですよ。そんなに気になさらなくても」


 木原君が迷惑をかけるなんてことありえない気がする。

 むしろ私の家族が彼を困らせないかが気になるところだ。


 彼女は私の両親にも深々と頭をさげると、家を出て行った。二人が出て行った玄関の扉が閉まるのを待ち、リビングに入る。リビングには姉と晴実の姿があった。姉はダイニングテーブルで頬杖をつきながら、紅茶を飲み、晴実は庭の前にあるソファにすわり何かを雑誌のようなものを読んでいた。


「雅哉君と、由佳のケーキならここにあるよ」


 名前?

 姉のそんなさりげない言葉に思わず反応していた。

 だが、木原君は抵抗がないのかいつものままの表情で、姉のほうに行く。


 雅哉君。


 心の中で呪文のように何度も繰り返すが、それを口にすることはできなさそうだ。

 私も木原君のあとをついていくようにダイニングテーブルまで行く。


 すでに木原君はテーブルに座り、ケーキを食べていた。その隣にまだ誰も手をつけていないと思われるセロファンのついた三角形のケーキがある。脇には銀色のスプーンが添えられていた。隣で食べろということなのかもしれない。そんなことを考えるだけで、目の前がくらくらとしてきてしまっていた。


 名前で呼ぶどころの段階ではなくなっていた。

 置いてあるケーキとフォークを手に取り、部屋の左手にあるソファに座っている晴実の傍に座ることにした。


 晴実は雑誌のページをめくる手を止め、私を見ると呆れたように微笑んでいた。


「一緒に食べればよかったのに」


 彼女の言葉に返事ができずに、曖昧に笑っていた。

 テーブルにケーキを置くと、ソファに腰を下ろす。


「無理。緊張する」


 私は小声でそう答えていた。


 彼女の見ている雑誌を見る。少し前に姉の見ていた雑誌によく似ている。その雑誌の右上に茶色の髪の毛を縦ロールにした女性の姿がピンクの胸元にレースをあしらったワンピースを身にまとっていた。腰のあたりにあるギャザーが映え柔らかい雰囲気を醸し出す。手にはそれにあわせているのかピンクのショルダーを持っている。


「これ、由佳に似合いそう」


 ピンクの色は顔を映えさせる。少し地味な顔立ちの私にはそういう色がよく似合うと昔からよく言われていた。


「木原君の好きな色は白と青らしいよ。がんばってね」


 白は太って見えるし、青はどうなんだろう。原色に近くなかったら着れるかもしれない。

 晴実はそんなことを考えている私を見て笑っていた。


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