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約束  作者: 沢村茜
第八章
32/51

告白

 扉を開けると、眩い光が玄関に差し込む。彼と同居をすると聞かされた日も、日の強さは違うが、こういう天気だった。


「行ってきます」


 忘れずに振り向くと、玄関に立つ二人に挨拶をした。姉と母親だ。隣には黒のシャツにジーンズをはいた木原君がいた。


 彼は私が百合の家に行くというと、驚いていたが反対することはしなかった。こうして一緒に行くことになったのは、私一人では両親と話をしにくいのではないかと思ってくれたからのようだった。


 おみやげは木原君と一緒に途中で買ってから、百合達と待ち合わせをすることになっていた。


「君はどのくらい向こうにいるんだっけ?」

「一週間くらいの予定。でもすごく久しぶり」


 十年以上足を踏み入れることがなかった場所に、木原君と一緒に行くんだ。


「すごく変わっているらしいよ。俺も引っ越して数えるほどしか行ったことがないよ」


 彼は少し落ち着かないようだ。無理もないとは思う。


 私たちは百合のおばあちゃんと木原君の家へのお土産を買い揃えると、駅に行く。

 待ち合わせ場所の駅前には白のワンピースを着て、白の帽子を被った少女の姿があった。そんな服装でも彼女の細身の体にフィットし、彼女の体を美しく見せていた。


 近くまで行き、声をかけようとしたが、その場に固まっていた。百合から表情が消えていたのだ。


「北田」


 木原君が彼女の名前を呼ぶと、彼女は髪の毛を抑えて振り返る。そこでやっと笑う。


 一人でいたから無表情だったんだろう。


「おはよう。晴実はまだ来てないよ」


 笑顔を浮かべる。まるであのときの表情が幻ではないかと思うほどだった。


「みんな早いね」


 振り向くと、そこには横にボーダーの入ったシャツにジーンズを着た晴海の姿があった。そんな格好でも女の子らしく見えるのが彼女のすごさだと思う。


「じゃあ、駅で落ち合わせようか。降りる駅は同じ何だから」


 晴実はそう言うと、百合の腕を掴んでいた。百合も抵抗せずに彼女の後をついていく。

 残された私たちは二人の上っていった階段をのぼり、切符を買うことにした。



 太陽の光を反射させる銀色の車体が駅の構内に入ってきた。そして噴出すような音と共にその車体を塞いでいた扉が一斉に開く。私と木原君は電車に乗り込むと、近くの座席に座った。


 晴実達の姿を発見したのだが、近寄っていこうとすると晴実に一蹴されてしまった。百合はそんな私たちのやり取りをみて笑顔を浮かべ、木原君は苦笑いを浮かべていた。


 私が奥に座り、木原君は通路側に座る。そのとき、彼の表情を見た。心なしかいつもより強張っているような気がした。


 彼のことが心配だった。だが、そう思っているのは私だけではない。事情を知っている百合も、そして一馬さんもだった。一馬さんも帰省を兼ねて明日来ることになっていた。そこまで互いを心配し合えるのは実の兄弟でもなかなかないと思う。


「ずっと母親に会うのも、あの家に帰るのも怖かったんだ。情けないけどさ」


 彼はそういうと、苦笑いを浮かべていた。


 私は彼の手をそっと握る。一瞬、彼は体を震わせたが、振り払うことはしなかった。性格からそうしないのは大よそ見当がついていたが、それでもほっとする。彼の優しさやぬくもりが伝わってくるきがした。


 どんな彼の姿を見ても、やっぱり私は木原君が好きだと実感したのだ。そして、少しでもいいので木原君を支えられるようになりたいと考えていた。


 私と木原君の体に影がかかる。顔をあげると、私をさっき追い返した晴実がそこに立っていた。彼女の視線は私と木原君の手に注がれている。


「あ、ごめんね。邪魔しちゃったみたいで」

「邪魔じゃないから」


 私は慌てて、木原君の手を離す。そして、顔まで背けてしまっていた。


「いや。飲み物でもいるかなと思って持ってきたんだけど。じゃあ、続きを楽しんでね」


 彼女はそう言うと、木原君の手にペットボトルを二本置く。そして、彼女を追いかけてきた百合に引きずられるようにして自分たちの席に戻っていった。


 彼女なりに木原君のことを心配していたのかもしれない。小学生のとき同じクラスであれば、何らかの形で家庭の事情を知っている可能性もあったからだ。まさか私たちが手をつないでいるとは思わなかったんだろうけど。


 景色が一変する。視界を隠していた建物の存在がなくなり、一面に広がるのは緑の世界。昔、親に連れられ、似たような景色を見た記憶がある。


 電車がとまり、私達は車外に出る。


 ここに木原君の本当のお母さんがいる。そう思うと、複雑な気持ちで閑散とした駅の構内を見渡していた。


 改札口まで行くと、すでに晴実と百合の姿があった。二人は私たちを見て、顔を合わせると、笑っていた。手をつないでいたことがばれているんだろう。


 木原君はあまり気にしていないのか、気付いていないのか、とりわけ何もいわなかった。


 出発は朝だったが、もう既に昼を大きく過ぎている。木原君の家に行った後は百合の家に行き、明日は三人でどこかに遊びに行く予定だった。百合にそのことを言うと、彼女は「この辺りには畑と森しかない」と苦笑いを浮かべていた。


 祖母の家に遊びに来たときは近くに遊ぶ場所がなかった記憶がある。車でもあればどこかに行けるのだが、高校生なので免許もない。だから電車で近場まで行こうと計画していた。


「木原君の家に行くなら、その間ここでコーヒーでも飲んで待っているよ」


 百合の視線の先にはシンプルな喫茶店がある。二人はそう示し合わせていたのか、目を見合わせると互いにうなずいていた。


「私、どこに行けばいい?」

「彼の実家はここから歩いて五分くらいだから戻ってきなさい。迷ったら早めに電話してね。迎えに行くから」


 私はそこで待ち合わせをすると、木原君のところまで戻る。


「親ってさ何なんだろうね」


 彼の家に向かう途中、木原君が口を開いた。


「私にとっての親はお父さんとお母さんだけど」


 彼にとっては違うのだ。少なくともお父さんは一人だけど、母親のような存在が二人いる。それも二人は姉妹で、産みの母親は彼が大事に思っている人のお父さんを結果的に奪ってしまった。


「正直羨ましいよ。普通で、それでいて両親の仲がいいって難しい気がするから」


 私は彼の言葉に頷く。


「無理に好きにならなくてもいいとは思うよ。ただ、結婚して、自分が親になることがあったら子どもにはそんな思いさないようにしたらいいんじゃないかなって思う」


 木原君のこれからの未来。彼が一緒に過ごしたいとおもう女性がいればそうあってほしい。


「結婚か。俺にはちょっと難しいかもな」


 彼は苦笑いを浮かべている。


「お母さんのことがトラウマになっているのかな」

「そんなつもりはないけど、分からない」


 彼は切なそうに微笑んでいた。


「今まで人を好きになったこととかないの?」

「あるにはあるけど、さ。怖くなった。人を好きになっても、その人に裏切られるのが」


 彼から目をそらすことができなかった。私の胸が締め付けられるように苦しい。


「恥ずかしい話だけど、何だかんだ言っても、俺は母親のこと好きだったんだよな。結局、親だから、そうなのかって受け入れられた部分はあると思う。生まれた瞬間に親が決まっていて、親を選べないと割り切ってきた。でも、一番好きな人にそんな風に裏切られたくない。それなら彼女とかいらない、遠くから見ているだけでいいと思うようになっていた」


 彼から初めて聞く恋愛に対する彼の価値観だ。彼のそんな話を聞いたら、何人の人が自分はそうでないと名乗り出るだろう。私だってそうだった。そんなことは絶対にしない。彼のことが好きでたまらないから。


「私ならそんなことしない」


 私は口にして気づく。言うつもりはなかった。


「ごめん。木原君も選ぶ権利あるからね。今の話は忘れて、ごめんね」


 私は思いつく限りの謝罪の言葉を並べていた。彼からいつものように気にしないでという言葉が聞こえてくるのを期待していた。だが、聞こえてきたのはそんな言葉ではなかった。


「今のって冗談?」


 彼は驚いたように私を見ている。


 私は苦笑いを浮かべていた。告白しても冗談扱いされるほど、彼にとって私は論外の存在なのだろうか。


「本気、だけど。ちょっと常識ないよね。こんなときにこんなこと言ったら」


 そのとき、木原君が私の手を握る。


「ありがとう」


 私にはその言葉の意味が分からずにただ戸惑っていた。


「えっとさ、ありがとうって何?」


「俺も君のこと好きだから」


 言われた瞬間は意味が分からなかった。でも、理解して顔が赤くなる。


「私の彼氏になってくれるってこと?」

「君が許してくれるなら」

「許すなんて、そんな。本当にいいの?」


 舞い上がり、自分でも何とか言葉を口にしている程度だった。

 彼が私の言葉にうなずいている。


 まさか私と同じ気持ちでいてくれるとは思わなかった。夢だと言われても、すぐに納得できるほど。もちろん、彼のお母さんが病気なので喜んでばかりはいられないのは分かっている。


「戻ったら、どこか遊びに行こうか」


 彼は頬を赤めながらそう告げた。


 私は何度も頷く。


 彼と話をするようになって四ヶ月弱。やっと普通に友達として話せるようになってきたけど、その距離は私の想像以上に狭くなっていたのだ。


 人が通りかかり思わず手を離してしまったが、それでも全く悲しくはなかった。


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