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約束  作者: 沢村茜
第七章
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留守番

 夏休みになると、受験対策と称する課外授業がある。毎日課題が出て、夏休みという気がしない。昨年は嫌だった課外授業も、今年だけは別格だ。木原君と一緒にいられる機会が増えるためだ。


木原君が勉強を教えてくれると言っていたので、彼の部屋に入り浸る時間が増えた。私が部屋に入ることで、彼にもほんの少しだけどメリットはあると思う。木原君は気をつかってか、一人のときは冷房を入れようとしないからだ。


 最初、木原君の部屋には冷房がなかったが、いつの間にか冷房が設置されていた。お父さんの部屋に設置されていた冷房を彼の部屋に持ってきていたのだ。父親は普段家にいないし、かまわないということになったのだろう。新しいのを購入してもよかったらしいが、木原君によけいな気を使わせないためということでそういう結論になったらしい。それは正解だったと思う。


 私は問題を解き終わると、ふっと顔を机に伏せた。


 木原君は私を見ると、笑顔を浮かべる。


「疲れた?」


 私は彼の言葉にうなずく。


「今までの夏休みで一番勉強した気がする」


 私は我に返り、携帯で時刻を確認する。テーブルに手をつき立ち上がる。


「ごはんを作ってくるね。できたら呼ぶよ」


 今日から母親と姉が旅行に行っている。お父さんの帰りは遅いため、必然的に私が料理をすることになった。


 最も両親は出前を取っていいとは言っていたが、私は作ろうと決めたのだ。



 夏休みだが、今日から母親と姉が旅行に行き、二人だけになる。夜になるとお父さんが帰ってくるのだけど、それまでは二人きりだった。

 だからと言って意識をすることもないんだけど。


 父親はあまり帰りが早くないので、先に食べていていいと言っていたからだ。時刻は五時を回ったところだ。


 木原君は私をじっと見て、立ち上がる。


「よかったら手伝っていい?」

「手伝うって料理を?」

「できることがあれば。皿洗いとかならできるからさ」


 彼の勉強を邪魔していいのかわからなかったが、木原君がそうしたいというなら、私が否定する理由もない。


 私たちはリビングに行くと、ご飯の支度をする。ごはんといってもそんなに難しいものは作れない。簡単にシチューとスープでも作ろうと思っていただけだ。私が木原君にそれで良いか聞くと、彼は笑顔で答えてくれる。


「食事が終わった後の後片付けをお願いして良い?」


 彼はその言葉にホッとしたような表情を浮かべる。


 野菜を洗い、包丁で皮をむいていく。その様子を木原君がじっと見ていた。


「どうかしたの?」

「料理ができるってすごいなって思ってさ」


 彼の言い方にはこちらが恐縮してしまうくらいだ。たいしたものは作れない。ただ人並みだからだと言うと、彼は目を細め、首を横に振る。


「それでもすごいよ。この前みたいに、俺は全然できないから。一馬と暮らしたら料理とか全部あいつにかかせきりになるのも悪いなと思っていてさ」


「でも、一馬さんは喜んでしてくれそうだけどね」


「そうなんだけどさ」


 私なら、してくれる人がいるならそれでいいと思うけど、責任感が強いからこそそうして考えてしまうのだろうか。そんな彼を見ていると微笑ましい気持ちになれる。


「もう一度やってみる? 少しくらいなら教えてあげられると思う」


 私は包丁と手をさっと洗う。


 彼は手を洗うと、私のもっていたにんじんを受け取った。私が教えたとおりに皮をむいていく。たまねぎなどは問題がなかったけど、ジャガイモの場合はたどたどしくなる。慣れの問題なのかもしれない。手を切りそうな包丁使いにドキドキしてしまっていた。


「包丁でむけなかったから、皮むき機とかつかってもいいと思うんだよね。慣れればできるようになるから」


 私は流し台の脇にあるたなから、皮むき機を取り出した。木原君に渡すと、彼はそれで皮をむいていく。


「こういうのって家にあったのかな。母さんが使っているのを見たこともないけど」

「あるとは思うよ。私のお母さんとかはめったに使わないんだけどね」


 そんな感じで調理を始めたため、完成する頃には日が沈んでいた。


「ごめん」


 彼は自分の責任だと思ったのか、頭をさげていた。


「そんなことないよ。手伝ってくれてありがとう。楽しかったから」


 私は木原君がむいてくれたりんごを口に運ぶ。このりんごもりんごで、どこかで見たのか、皮を一本の紐のようにむこうとしていたようだった。そうやってむける人もいるんだろうけど、別にそうする必要もないというと、思ったよりすんなりと皮をむいていた。


「でも、思ったより簡単だったでしょう」

「そうだね。毎日するのは大変そうだけど」


 彼の言葉に苦笑いを浮かべる。


 そのとき、窓に雨がぶつかる音がした。今日の予報は夜から明け方にかけて雨だった。窓を開けっ放しだと振り込んでしまうため、窓を閉める。


「おじさんは大丈夫かな」

「大丈夫だよ。タクシーもあるしね」


 片付けをして、部屋に戻りろうと思い立ち上がったときだった。


 家が真っ暗になり、家が揺れるような衝撃音が響く。


 どこかに雷が落ちたんだろう。


「しばらくここにいようか。ごはんを食べ終わった後で良かったね」


 私も木原君の意見には賛成だった。


 何にせよ灯りがないので何もできない。


 私はリビングに置いてあった電池でつく電灯をテーブルの上に置く。


 テーブル周辺だけほんのりと明るくなり、怪談話でもしているみたいだ。


 怖い話が好きでない私は体を震わせる。


「暗闇苦手?」


「そうでもないけど、早く電気が戻ってほしいね」


 でも、だからこそこうして彼と一緒にいられるのだろうけど。


「昔、敦也の家にいって、停電になったのを思い出したよ」


「小学校のとき? 野木君の小学生のときって何か想像つかないね」


「昔からあんな感じだよ。しっかりしていたと思う。野村さんも四年同じクラスだったし、知っているんじゃないかな」


 そういえば晴実と野木君の出会いもかなり昔だ。晴実はいつから彼のことを好きだったんだろう。小学生のときなのかな。


 私の初恋は木原君で、その前は誰かを好きになったし、目を奪われる事さえもなかった。


「晴実って昔からあんな感じの子だったの?」


「昔からあんな感じだよ。ああやって誰とでも話せるのは羨ましいかな」


 私はその言葉に表情を綻ばせる。


「百合は?」


「幼稚園のときはもっと素直な感じの子だったかな。中学生の頃はあのままだったと思う。でも、困っている人を見るとほうっておけないのと、正義感が妙に強いのは変わってないかもね」


 確かにそんな気がする。私をかばってくれたり、野木君とのことを取り持ってくれたり。彼女となかよくなってから、いいところをたくさん知った。木原君の好きな人が彼女でも、見た目だけで選んだわけではないと納得できるくらいに。


 木原君の好きなタイプってどんなものなんだろう。でも、やっぱりそんなことは聞けない。


 私と木原君はそれから他愛ない話をしていた。私にとっては時にお互いが黙っていても、不思議と息苦しさを感じない穏やかで不思議な時間だった。


 電気が復旧したのはそれから一時間ほど後だった。父親が帰宅したのはそれからさらに一時間ほど後だった。


 部屋に戻ろうとしたとき、木原君の携帯が鳴る。


 だが、木原君はちらっと携帯電話を確認したが、すぐには電話を取らない。


「電話鳴っているよ」


「後で取るよ」


 彼はそう言うと寂しそうに笑い、部屋に入っていく。だが、着信音が途切れたのはそれからしばらく経ってからだった。


 彼はそれから幾度か、電話が鳴っているのに取りたがらないことがあった。そして、発信者の名前が見てしまったことがあり、その電話をかけてきているのは一馬さんだと気付いてしまった。


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