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約束  作者: 沢村茜
第五章
22/51

幼馴染という関係

 翌日、朝学校に行く時に、木原君から今日は先に帰っておいていいと言われた。一馬さんと会う約束を交わしたらしい。学校についてその事を晴実に伝えると、今日は三人で何かおいしいものでも食べて帰ろうとなったのだ。


 ホームルームが終わると、百合が教室に来るのを待って、私達は学校を出る。


 昇降口で靴をはきかえたとき、何気なく辺りを見渡す。


 木原君はもう学校を出たんだろうか。


「木原君ならもう学校にいないと思うよ。ホームルーム終わってすぐに出て行ったもの」


 靴を履きかえた百合が私のところに来ると、そう告げた。


「一緒に帰れないと寂しいよね」


 晴実が私にからかうような笑顔を浮かべる。


 何で私が木原君のことを考えていると気付かれたんだろう。


 顔に出しすぎてしまうのは注意しないといけない。


「そんなことないよ。たまには晴実たちと帰りたいし」


 その言葉に嘘はない。彼と会えなかった事を嘆かなくても、帰ったらいつでも会える。こういう環境に感謝してしまいたくなる。

 晴実は私の言葉に笑顔を浮かべる。


「一緒に住んでいるっていいよね」

「そんなに分かりやすいかな」

「分かりやすい」


 そう淡々と答えたのは百合だった。


 私は昨日の事をまだ百合には話していない。


「昨日、ね」


 私が一馬さんの話をしようとしたときに、私の携帯が電話の着信を伝える。発信者は木原君だった。電話を取ったときに聞こえてきたのは、それより少し低い声だった。


「由佳ちゃん、久しぶりって言っても一日ぶりかな」


 私が反応する前に、電話の向こうで話し声が聞こえる。今度は木原君の声に変わる。


「ごめん。あいつに電話取られていた」

「どうかしたの?」

「いや、北田に会いたいって言っているんだけどさ」


 私は百合を見た。

 百合は肩をすくめた。


「あの人が来たのね」


 私の心を読めるんじゃないかという程の察しの良さだ。


「いいよ。代わるわ」


 私は百合に携帯を渡した。彼女は言葉を交わしている。最後に「門のところにいる」と電話を切り、私に返す。


「電話を使ってごめんね」


 彼女は肩をすくめると申し訳なさそうな顔をしていた。


「いいよ。気にしないで。でもいいの?」


 百合は頷く。


「一応幼馴染でもあるから、仲が悪いわけではないの」

「確かに変わった人だよね。木原君と顔は似ているけど、性格は全然違う」

「あの人に会ったことあるの?」


 私がうなずくと、悪戯っぽく、困ったような笑顔を浮かべていた。そんなふうに百合が笑うのを初めて見た。大人びた笑みとは違う、年相応の笑みだ。


「二人で何の話をしているの?」


 不思議そうに聞いてくる晴実に、彼のことを話そうとしたときだった。私たちの前に影が届く。


「久しぶり」


 そう言って笑顔を浮かべたのは矢島さんだった。

 だが、百合は突然真顔になり、彼を見据えている。


「誰、この人?」


 百合は彼を見て、ため息を吐く。


「木原君の従兄弟。久しぶりね。先輩。何か私に用事があるの?」

「顔を見たかったんだ」

「用事は終わりました?」

「そうだね。残念だけど。今度、どこか遊びにいこう」


 彼の言葉に百合は返事をせずに、曖昧に微笑んでいた。


「じゃ、帰るよ」


 木原君は矢島さんを促し、遠ざかっていく。


 百合の瞳は二人の後姿をただ追っていた。


「困った人だと思うけど、悪い人じゃないと思うよ」


 私がそう言ったのは、彼をフォローしたかったからだ。


「いい人だからよ」


 百合はそう言うと、天を仰いだ。


「いい人だから付き合えないし、顔似ているから、なんか利用しているみたいで嫌。だから、期待をもたせたくないの」


 百合は分かっているのだ。彼がどれほど彼女のことが好きなのか。それは暗に百合の木原君への思いの深さを表していた。



 結局、私達はまっすぐ帰宅した。計画を中止にした原因は百合があまり元気でなかったからだ。


 彼女がそうしたことを気にするからこそ、ああやって苦しんでいるのだろう。

 家に帰ると、見慣れない靴が玄関にあった。黒のスニーカーというどこにででもありそうなものだったが、誰の靴かすぐに分かった。木原君の靴より、サイズが少し大きいかもしれない。


 リビングに入ると、母親が声をかける。


「木原君にお客様が来ているみたいだから、お茶を運んでくれる?」


 彼女は満面の笑みを浮かべている。

 恐らく矢島さんのことだ。

 木原君が彼を連れてきたのは意外だった。


「いいよ。先に鞄を置いてくる」


 私は母親にそう告げると、部屋に戻り、鞄を置く。制服のまま戻ろうとしたが、ついでなのでワンピースにそでを通す。手を洗うとリビングに戻ってきた。そのときには既に花がプリントされたティーポットが準備されていた。


 私はそれを持って、木原君の部屋に行くことにした。


 扉をノックすると、木原君が出てきた。私と目が合うと、苦笑いを浮かべる。成り行き上彼を家に上げる羽目になったのだろうか。


 私がティーポットの載ったお盆を差し出すと、隣からひょいと奪われた。それを奪ったのは案の定矢島さんだった。


 彼は人懐こい笑みを浮かべている。


「ありがとう。よかったら話でもしない?」

「彼女にだって用事があるのだから、毎日絡むのは迷惑だよ」

「少しだけならいいよ」


 木原君が私を気遣ってそう言ってくれたことは分かっていたが、私も少し彼と話をしてみたかったのだ。部屋に入ると、木原君は私に紅茶を渡してくれた。


 母親が準備したお盆には二人分しかなく、本来は私の分はない。


 すでに矢島さんは紅茶を飲んでいることから、これは木原君の分なのだろう。


「いいよ。私、自分で持ってくるから」

「俺はのどかわいていないから、気にしないで」


 これ以上拒むと逆に失礼な気がし、お礼を言って受け取ると、お茶を飲むことにした。紅茶のほんのりとした甘みと苦味が口の中に入ってくる。


「でも、由佳ちゃんってお母さんに少し似ているよね。会ってすぐに分かったよ」

「お母さんに会ったの?」

「家の前で偶然ね。どうせなら上がっていきなさいって言われたんだ


 木原君が矢島さんを家にあげ、苦笑いを浮かべていた理由に気付く。


「矢島さんは」

「一馬でいいよ。苗字呼ばれてもしっくり来ないし、気づかないかも」


 私の言葉に言葉をかぶせてきた。彼のライトな口調から、彼は誰にでもそんなことを言っているのかもしれない。男の人を名前で呼んだことはなかったが、気にする必要がないと言い聞かせる。


「じゃあ、一馬さん」


 呼び捨てにしようと思ったが、気恥ずかしくなり、さんをつけることにしたのだ。


「ま、仕方ないか」


 彼は少しだけ偉そうに言った。

 彼のそんな態度に思わず笑ってしまう。


「由佳ちゃんはさっき何を言おうとしたの?」


 私は自分が言おうとしたことを思い出し、笑ってしまう。改めて聞き返されるほどの話でもない。


「本当に百合のことが好きなんだなって思って」


 彼の顔が驚くくらい赤くなっていた。私が驚くくらいだ。すごくはっきりと変わっていたのだろう。


「由佳ちゃんも人のこと言えないと思うけど」


 一馬さんの視線が木原君に向けられるのが分かった。木原君は不思議そうに首をかしげているが、そんなあからさまな態度を取られると気づいてしまう可能性もある。


「止めてくださいよ」

「冗談だって。そんなことしないから」


 力いっぱい否定したためか、一馬さんが逆に驚いたように否定する。


「困らせたお詫びに何かおごるよ」


 突然の誘いに驚きを隠せない。お互いに好きな人がいるといえ、デートなんだろうか。


 ただ、彼から百合のことをどう思っているのか聞けるチャンスだと思っていたのだ。そう感じたのは今日の百合の様子がいつもと違っていたためだ。


 いくら百合を好きな人でも全く知らない人なら嫌だったと思う。木原君のいとこで百合の幼馴染だからという安心感もあった。


「パフェがいい」


 彼は笑顔でうなずく。

 木原君は心配そうに私達のやり取りを眺めていた。


「無理に付き合わなくてもいいよ」

「大丈夫だよ」


 私は一馬さんを連れて部屋を出た。ただ、その前にやることがある。


 リビングで母親にティーポットの中身を新しいものに替えてもらう。木原君はまだ紅茶を飲んでいないためだ。それを新しいコップとともに木原君の部屋に持っていく。


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