表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
約束  作者: 沢村茜
第四章
14/51

突然の雨

 木原君と一緒に住むようになって、初めての週末を迎えた。


 両親は二人で親戚の家に行くと出かけ、姉はバイトに行っていた。木原君はまだ家に残ってはいるが、両親に会うために、今週末は実家に戻る予定になっていた。


 だから今夜は姉と二人になる。夜ごはんのほうは母親がカレーを作ってくれていたので、困ることはない。


 木原君は家で引越しの手伝いなどもするのだろうし、他にも家の話なんかもするのかもしれない。そう考えると、少し不安になってくる。彼にとってこの家はどんな感じなのだろう。


 木原君は姉とは話が合うのか、良く話をしている場面を見かける。


 彼にとってこの家が住みにくくなければ良いが、その真意は彼にしかわからない。


 そのとき、リビングの扉がゆっくりと開く。彼は私と目が合うと少し首をかしげ、目を細める。


「明日の夜に戻ってくるよ」


 私は彼を玄関先まで見送ると、リビングに戻る。心なしか先ほどよりも家の中はひっそりと静まり返っているような気がした。一人で留守番をすることは珍しくない。


 必要以上に寂しさや侘しさを感じていたのは木原君がいなくなってしまったことが大きかったのかもしれない。


 彼はどこに住んでいるんだろう。どんな家にどんな部屋に住んでいるんだろう。ふと思いついた考えが徐々に胸の中で大きくなってきた。


「晴実の家でも遊びに行こうかな」


 私は自分の両頬を抓る。


 好きだと自覚したためか、木原君に対する気持ちが今までよりも重症になっている気がした。毎日見送り、その余韻に浸り、家に帰る。土日はたまに考えることはあったが、ここまで木原君一色に染まることはあまりなかった。気持ちを紛らわせる必要があると思ったのだ。


 窓の外を見るといつの間にか空は灰色の雲に覆われていた。太陽の明るい日差しが注いでいないどころか、今にも雨粒が零れ落ちそうな天気。


 木原君が出て行ったときにはそこまで天気も悪くなかった。想像以上に長い時間ボーっとしていたのだろう。



 一雨くるかもしれない。家の中でいつも窓が開いているところはどこだろう。まずは家の戸締りを確認しておこうと決める。


 私の部屋の窓は閉めてある。姉の部屋とお風呂場、あとは。そこまで考えたとき、動きを止めていた。木原君の部屋はどうなっているんだろうと思ったからだ。


 勝手に部屋を覗いていいのかな。でも、雨が降り出して部屋の中に入り込むよりはマシかもしれない。でも、嫌がる可能性もある。彼の部屋に入っていいという答えと、悪いという答えが交互に襲ってきた。


 私があれこれ考えるより、本人に電話で聞くほうが良い気がした。


 そんなことを考えているうちに、窓で何かがはじけるような音が響いていた。窓には今までなかった水の塊が無数散らばっている。雨が降り出したのだ。


 他の場所から先に窓を閉めようと思い、立ち上がる。そのタイミングで机の上においている携帯電話が音楽を奏でていた。発信者を見ると、飛びつくように通話ボタンを押していた。


「ごめん。窓を開けっぱなしにしていたかもしれない。悪いけど、確認してくれるかな」


 私は心の重荷が一つとれ、彼の言葉に笑顔で答える。彼はよろしくと言い残すと電話を切った。


「初めての電話か」


 私は自分の顔がにやついているのに気付き、携帯を机の上に置くと、まずは木原君の部屋に行く。


 階段をあがり、彼の部屋の前までくると、深呼吸をする。彼の部屋に入るのは一週間ぶりだった。あまりあのときと変化はないはずだと言い聞かせながらも心臓が高鳴っていた。


 ドアノブに触れているのに、胸の鼓動が回すのを邪魔をする。私は目を瞑り、力を込めて、ドアノブを開けた。


 木原君の部屋の壁一面にある窓ガラスが半開きになっていた。私はそのことに内心喜びながら、彼の部屋に足を忍ばせた。


 窓を閉めるとホッとする。


 幸い雨はほとんど入り込んでなかった。


 久しぶりの木原君の部屋を少しだけ見渡し、部屋を出て行こうと思った。だが、私の視線は机の上にテキストの下に重ねるようにしておいてあったものに釘付けになる。それは住宅案内の雑誌だった。


 彼がここにい続けることはまだ決まっていない。だから、新しい家を探していても仕方ないとは思う。そう言い聞かせても、彼が出て行くかもしれないということにショックを受けていた。


 前に買ったものかもと自分に甘い答えを与えると、机の傍まで行く。そして、その発売日を確認していた。その雑誌が発売されたのは二日前だった。彼とすれ違いはあったが、最近は少しずつ話せるようになってきた。それでも彼は出て行くことを考えていたのだろうか。


 そのとき、階下から緩やかな音楽が聞こえてきた。木原君から電話がかかってきたのかもしれないと部屋を飛び出すと、急いでリビングに戻る。七色のライトを順にともらせる携帯を手に取った。


 だが、そこに記されていた名前を見て、落胆を隠せないでいた。記されてたのは姉の名前だったのだ。


 電話を取ると、いつもと変わらない姉の声が聞こえてきた。


「一人でも大丈夫だよね。今日、美紀の家に泊まる」


 美紀さんは姉の友人。バイト先と家が近いらしく普段から泊まりに行くことも多かったので、そういうことになったんだろう。


 私は分かったというと電話を切った。だが、姉が何かを伝え忘れたのかと思うようなタイミングで再び音楽が鳴る。


 そこに表示されてた名前を見て、思わず息を呑む。さっき脳裏に描いた人の名前だった。深呼吸をすると通話ボタンを押す。


「窓だけど、どうなっていた?」

「あいていたから閉めたよ」


 本当に言いたいのはそんなことではなかった。


 出て行こうとしているの? 


 何度頭の中でそのフレーズを描き出しても口にすることはできなかった。そんな権利がないことは分かっているからだ。


「何かあった?」


 心の中を見透かされたようでドキッとしたが、首を横に振る。心の中に開いた隙間に目をそらし、返事をしていた。


「何もないよ。ゆっくりしてきてね」


 少しずつだけど彼との距離が近くなっているような気がしていた。だが、それは私の一方的な思い込みでしかなかった。


 窓を見ると、先ほどより強い雨が窓を叩いていた。窓には先ほどよりも多くの雨粒が付着していた。天気予想ではここまで雨が強くなるとは言っていなかった。


「やっぱり遠いな」


 彼の存在は雨みたいだった。地面に触れると、その原型が崩れてしまう。


 何もする気がせずに、耳を傾けて窓の外を眺めていた。ただ断続的に降り続く存在が私の考えさえも打ち消してくれそうで心地良い。このまま雨が降り続いてくれたらと思うほどだった。何も考えなくてすむから、だ。


 机の輪郭がぼやけ、私は首を横に振り、涙を拭った。


 そのとき玄関で物音が聞こえ、心臓が跳ねた。


 家族は明日まで帰ってこない。だから、家の中に入ってくる可能性がある人は誰もいなかった。また音が鳴る。今度は軽く響くような音だった。靴箱に何かを載せた音かもしれない。


 誰がいるのか不安な気持ちはある。だが、危険な目に遭ってからでは遅い。私は足音を殺し、玄関まで行くことにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ