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約束  作者: 沢村茜
第三章
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思いもよらぬ告白

 ホームルームが終わると、晴実は首を傾げてたずねてきた。


「どう? 本は進んだ?」


 私は首を横に振る。休み時間によんだが、全く話が進まなかった。


「どんな話か教えてあげようか? あらすじがおおまかに分かったほうが読みやすいとは思うんだよね。その話は中学のときによんだことがあるの」


 甘い誘惑の言葉を晴実は投げかけてくる。だが、木原君に見つかってしまったことや、自分で読むと決めたため、返事はすぐに決まる。


「自分で頑張ってみるよ」


 やれるだけやってみようと思ったのだ。折角の好意をうけるべきかもしれないと思ったが、人に頼るのはいつでもできる。その前に、自分で頑張ってみたい。

 その気持ちを伝えると、晴実は優しい笑みを浮かべる。


「それでこそ由佳だよ」

「褒めているの?」

「もちろん、由佳のそういう真っ直ぐなところが可愛いと思うもの」


 可愛いと言われ、どきっとしていた。でも、実際見た目も、性格も、晴実のほうがぐんと可愛いのに。


「じゃあね」


 鞄に手を伸ばした彼女を呼び止めた。


「一緒に帰らない? 木原君も晴実とは話しやすそうだったし」


 私の言葉に晴実は振り向いた。彼女は肩をすくめて微笑む。


「気にしないで。私、一人で帰るのも結構好きなんだ」


 彼女は一人っ子で兄弟はいない。人に頼るよりは、自分で何でもやってしまう、私とは対極にある人だ。勉強もそこそこできるし、運動神経がずば抜けている。高校に入った頃は運動部からの誘いもあったようだった。


 でも彼女は部活動には興味をしめすことはなかった。やりたいことがあるらしく、高校では部活に入らないと決めているらしい。


「でも、どうせなら、途中まで一緒に行こうか」

 私は友人の言葉に笑顔でうなずく。


 男子から告白されて、すぐに断る彼女は、正直恋愛に興味がないのだと思っていた。

 でも、そんな彼女を夢中にさせているのは野木君という人で、過去だと強調していたけど、今でも好きみたいだった。どんな人なんだろうという興味はあったのだ。でも、積極的にその正体を確かめるのは晴実に対して遠慮していた。


 ちょうど階段を下りて、二階に行ったところで別れた。私はこの道をまっぐいき、彼女はこのまま階段を下り、靴箱まで行く。


 図書館の中には人がまばらにいた。木原君の姿はまだ見当たらず、適当な席を探し、腰を下ろしたときだった。


「雅哉と一緒に暮らしているって本当?」


 私は顔を上げて、その人の顔を確認する。ふちのないメガネをかけた、少し冷めた顔の人。彼は今日木原君の傍にいた。


「どうして知っているの?」


 晴実が話すわけもないし、私も誰にも話したことはない。

 私は答えを予測しながらも、そう問いかける。


「雅哉から聞いた」


 彼は私の隣に座る。私は辺りを見渡すが、誰も私たちを気にしている人はいない。誰にも聞かれていなかったことに安堵した。


「あの、誰にも言わないでくださいよ」

 その人は眉間にしわを寄せて、私を見る。


「別に言わないけど、あいつを口止めしないと意味ないと思うよ。普通に人に聞かれたら、答えてそうだよな」


 彼の言葉に妙に納得する。木原君はどこか抜けている。

 木原君には後から言っておこう。


「君って本好きなの?」

「どちらかといえば苦手です。頭痛くって」

「無理してそんな本読むから」


 彼は人差し指で眼鏡の位置を整える。そのとき彼の瞳をじかに見て、その目があまり澄んでいることに驚く。ただ何も言えずに彼を見つめていた。


「あいつが好きなのは知っているけど、そこまで無理に話を合わせなくてもいいんじゃない。君は君なんだから」


 本当なら焦って、そうじゃないというシーンのはずなのに、そうしなかったのは、彼の綺麗な瞳のせいだ。人の心を威圧するような、それでいて惹きつけるような何かがあったのだ。初対面でほとんど知らない人なのに。

 だが、そこで首を傾げる。


 どこかで彼の顔を見たことがあるような気がしたのだ。顔というよりはその印象的な瞳といったほうが正しいかもしれない。

 木原君と親しいみたいだから、一緒にいるのを見て、記憶のどこかにその存在を残していたのだろうか。


「前に少しだけ話をしたことってありませんか?」


 確定を込めた意味で問いかけられなかったのは、いつのことなのか思い出せなかったからだ。


「覚えていたんだ。てっきり忘れているかと思っていたのに。別にたいしたことないから思い出さなくていいよ」


 何気にひどいことを言われてしまった。それに彼の言葉の内容も、妙に後味が悪い。


「気になる」

「別にたいしたことじゃないんだけどさ、ただ昔、君にコンタクトを探してもらったんだよ」

「あ、思い出した」

 と大きな声を出してしまい、自分で口を押さえていた。


 なんてことはない記憶。彼のコンタクトを探すのに熱中しすぎて、その後、体育の授業に遅刻し、こっぴどく怒られたということがあった。そのときの彼が目の前にいる人ということなんだろう。


「今はメガネなの?」

「コンタクトは合わないみたいだからやめたんだ」


 メガネも似合っているんだけど、コンタクトのほうが個人的にはかっこいいような気がする。でも、合う合わないがあるなら仕方ないのかもしれない。


「メガネってどんな感じなの? 私の家族ってみんな目がいいから興味がある」


「かけてみる? でも、あまりしっかり見ると気分悪くなるかも」


 彼はメガネを外していた。メガネをかけないほうがすっきりとしていて、その整った顔立ちや澄んだ目が引き立つような気がした。だが、そんなことを目の前の彼に言えば怪しいと十分心得ている。私はメガネを受け取り、それを目に当て、すぐにずらした。嫌な感じで世界が映し出されていたからだ。頭ががんがんと叩くように痛くなってきた。


 彼は私の差し出しためがねをすっとかけた。


「本当、面白い」

「何が?」

「何を考えているのかすぐにわかるってこと」


 彼の笑いを込めた言葉がやけに引っかかる。 


「単純ってことですか?」

「自覚ないわけ?」

「すごくあります」


 彼は話した事もほとんどないのに、私が木原君を気にしているのを知っている。それは私の性格のせいだろう。

 それを言うと、彼は笑っていた。


「まあ、そうなんだけど。たまにあれから何度か見ていたというのもあるかな」

「そんなに私ってうろうろしてました?」

「というより、何度も目で追っていたから」


 彼は表情一つ変えずにそう口にする。

 私の心に率直な疑問が湧きあがる。

 何で……?

 目立つわけはない。行動がおかしい辺りだろうか。

 そういえば今日も知らない人に変な目で見られたことを思いだし、妙に落ち込んできた。


「すみません。すぐに気持ちが顔や行動に出るけど、でもそんなに怪しくはないですよ」

 といってみたものの、自分で怪しくないという程、怪しい人はいない。

 どう弁解していいか分からず、余計に悩んできてしまった。


「そうじゃなくて、君をいいなって思っていたから目で追っただけだって。そんな落ち込んだ顔をしなくても」


 私はその言葉を聞き、首をかしげた。

 いいなって……。

 そう心の中で繰り返した途端、私の顔が赤くなる。

 だが、彼は表情一つ変えない。まるで私が聞き間違いをしてしまったみたいだ。


 きっとそういう意味じゃなくて、別の意味だろうと思った時、彼はくすっと笑う。


「いいよ。答えは聞かなくても分かっているし、君が誰を好きなのかも知っているよ」


 私の憶測は合っていた。

 人から好きだと思われるのは嬉しい。だからといって彼と付き合うかと言われると、やっぱり違うと思う。


「ごめんなさい」


 私は彼の名前を言おうとして、口を噤んだ。私は彼の名前も知らないのだ。


 彼は何かを悟ったのか、落ち着いた笑みを浮かべる。


「じゃ、名前だけ憶えてくれたらさっきのことはなかったことにしていいよ。俺は野木敦っていうんだ」


 そこで動きが止まる。ちょっと変わった苗字で、その名前を親友の口から最近聞いたことがある。


 告白されたときとは違う、心臓が嫌な鼓動を刻んでいく。ただ、今の状況を受け入れることが出来なかったのだ。


「本当の名前?」

「何か特殊な事情がない限りはそうだろうな」


 私の失礼な問いかけにも、彼は肩をすくめて、やはり表情を変えないままそう告げる。


 私が何を言っていいか迷っていると、彼は私の後ろを見て、僅かに目を見開く。そして、口角をあげて微笑むと、ゆっくりと椅子を引いて立ち上がる。


「俺は帰るよ。君達も帰るんだろうけど、お先にってことで」


 そこで体が自由を取り戻し、振り返ることができた。だが、後ろを見た瞬間、私の動きは固まっていた。

 そこには今朝何度も姿を見た彼が立っていた。

 野木君は木原君に声をかけると、そのままでていく。

「帰ろうか」

 身動き一つ取れない私に笑顔で言葉を返す。彼の様子は今朝と変わらない。


 そうだよね。当たり前だから。

 そう言い聞かせても、胸が痛んでいた。

 彼にとっては私が誰から告白されようがあまり関係なかったんだと気付いてしまったのだ。


 学校は授業が終わるとあっと言う間に人気がなくなる。私たちが校舎を出た頃にはほとんど人の気配がなくなっていた。強い風が辺りを駆け抜けていく。その風が私たちの言葉を奪っていってしまった。


 気まずいのは嫌で、どうにかして話をしようとして必死に考えていた。だが、言葉をどんなに捜しても、私と彼との間に何か適当な言葉が見つからなかった。私たちは知り合いではあるけど、友達ではない。友達だとしても付き合いがとても浅く、お互いのことを何も知らない。一緒に住んでいるけれど、共通の話題もほとんどないのだ。だからこういうときに掛ける言葉が見つからないのだろう。


 話ができるのは誰とでも話せる無難な会話だけ。中途半端に距離が近づいたからか、彼との本当の距離を知ってしまった。


 家が見えてきてほっとする。彼と一緒に学校から帰るのは二度目だが、あのときとは気持ちが全く違っていた。早くこの場所から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


 門に手をかけた私を木原君が呼び止める。


 そのときは彼に期待をしていたのか、胸を高鳴らせ、振り返っていた。


「今日邪魔しちゃったみたいでごめん。あいつ、すごくいいやつだからさ」


 だから何?

 私は初めて木原君に反発していた。どうしていいのか分からず、木原君を茫然と見つめていた。


「どうかした?」


 木原君は不思議そうに私に問いかける。

 分かっていたのに、苦しい。

 何か言わなければいけないと思った時、背後から声が聞こえた。


「家の前で何をやっているのよ」


 振り返ると、膝丈のワンピースにピンクのカーディガンを羽織っているお姉ちゃんが立っていた。


「何もないよ」


 それだけを言い残すと、木原君を見ずに、真っ先に家に入る。そして階段をかけあがり、自分の部屋に戻った。そう何もないからこんなに傷付いているのだ。


「ばかみたい」


 涙が頬を伝うのに、私は笑っていた。それは、よくばりになった私を笑うものだ。


 その時、携帯の着信音が聞こえた。私は鞄の中身を出すと、携帯を探す。メールを見たとき、私の動きが止まる。晴実から届いたのは、木原君と無事に帰れたかと心配するメールだった。私と木原君だけの問題じゃない。


 私は晴実からのメールを閉じると、首を横に振った。

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