幼き日の記憶
赤の世界が無限に伸び、どこまでも続いているような気がした。その赤に抗うように放物線状に白く伸びている光があった。
私は膝を抱き、目に入る情景をただ見つめていた。
「おばあちゃん」
一人の女性の姿を脳裏に思い描く。そして、彼女が触れてくれたときのあたたかい感触、言葉の響き、ちょっとした癖やしぐさを映像を見るように思い出していた。
私は目にたまった涙をぬぐった。祖母を想い、その涙を家族に見せないために一人でいられる場所をさがしていたときに見つけたのが、この草木が生い茂る場所だったのだ。
その悲しい景色が、切り取られたように視野が遮られる。そして、灰色の影がひざに届いていた。
どこから現れたのか、いつの間にか髪の毛を腰の辺りまで伸ばした目元のぱっちりとした少女が立っていた。彼女が体をうずめているシフォンワンピースが風になびく。
「どうかしたの?」
キーの高い透明感のある声だったが、その声は迷子みたいに所在がはっきりとせず、弱々しいものだった。まるで彼女自身が先ほどまで泣いていたのではないかと思うほど。
それでも彼女は目を細め、かがんでいる私に目線を合わせてくれた。彼女の黒く澄んだ目に私の姿が映し出される。
「迷子?」
少女の背後から声が聞こえる。
そのとき、彼女が一人ではないのに気づいた。
後ろにたっていたのは彼女より背の高い男の子が二人。やさしい目元をしたジーンズに黒のシャツを着た子と、グレーのハーフパンツに白いシャツを着た子だ。男の子二人の顔がなんとなく似ていること、黒のシャツを着ている子が隣の子よりも若干背丈が高かったことから、兄弟なのかもしれないと思った。
「おばあちゃんがいなくなっちゃったの」
その言葉に少女は唇を軽く噛み、首を横に振る。彼女の髪の毛が先ほどのシフォンワンピースのように揺れていた。彼女が口を震わせ、何かを言う前に、もう一つの影が少女の隣に並んでいた。膝までのグレーのハーフパンツをはいていた子だ。彼の白目には細かい赤の線がいくつも走り、皮膚が夕日のように赤くはれていた。
彼はわずかに目を細め、優しく微笑む。
「僕と一緒だね。僕はお母さんだけど」
彼はそういうと、さっきまで涙をぬぐっていた私の手をそっと包み込んでくれた。その手は私の体温よりも高く、何かに守られているような気分にさせてくれた。そのとき淡い光が差し込み、その瞳をきらきらと輝かせる。彼も泣いていたのかもしれない。
「お母さんがいなくなっちゃったの?」
彼は目を寂しそうに目を細めていた。
それから短い時間だったが、彼らと一緒に過ごした。話をしたり、そんな少し後には忘れてしまいそうな普通の出来事だった。
泣いていた彼があまりに可愛い男の子だったからか、少女がお人形さんのような子だったからか、明確な理由は分からない。
ただ、その記憶は目を閉じれば彼らの瞬きのタイミングまで思い出せるようなほどはっきりとしたもので、それでいて心を締め付けるようなもの寂しさを覚えるものだった。
その記憶は薄まることも、あいまいになってぼやけていくこともなく、今でも私の心にずっと残り続けている。