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ロリポップ

作者: 八神ちひろ
掲載日:2026/10/06

 午後7時を少し過ぎる頃、私は上下グレーのスウェットというなんともやる気のない格好で近所のファミレスに来ていた。

 照明が煌々と輝く店内、他のテーブルでは高校生のカップルとか家族連れとか、ファミレスの主な客層という感じの人々がパスタやピザやハンバーグとかを楽しそうに食べていた。一方、私の目的は料理じゃなくてコーヒーだった。どこに行っても必ず見かけるこのファミレスだったが、この店舗のコーヒーはなぜか他とは違っていた。なんというか、すごく"ズシンとする"。激しく胃に響くような、そんな感じがした。私はこの感覚が面白くて、しょっちゅう空きっ腹で来てはコーヒー1杯だけを飲んで帰るという迷惑行為をしていた。

 ふと、隣のテーブルに目をやった。両親と小学生くらいの兄弟の4人家族。ごく普通の家庭だ。骨付きチキンと大きなマルゲリータピザを分けて食べている。黙々と食べる両親と兄、しかし弟だけはよそられた料理に全く手を付けていない。そして口にはロリポップキャンディーが咥えられていた。彼は虚ろな目で天井の照明を見つめながら、クチャクチャと音を立てて一心不乱にキャンディーを舐めていた。「そんなことしてて親が怒らないのかな…」と彼のことが若干心配になったが、親も兄も全く気にしない様子で食事を進めている。

 他所のテーブルをじろじろ見るなんてマナー違反だと分かってはいるが、目を離すことができなかった。自分も人のことを言えたものではないが、かなり変な人たちだなと思った。

 そんなこんなでコーヒーを半分くらい飲み終わる頃、自分の頭の中で、目の前の視覚的情報と何らかの記憶が強く結びつくのを感じた。原因はおそらく少年の咥えたロリポップキャンディー。私は突然脳内に浮上してきたその取っ掛かりを引っ張る上げるようにして、その埃を被った記憶の全体像を掴み始めた。


 その日、私は町内会の集まりでキャンプ場に来ていた。しかしキャンプと言っても名ばかりで、親たちがBBQしている間に子供たちがそこら辺を走り回るだけの日帰りレジャーだ。当時私はとんでもない人見知りで、勿論その日も子供たちの輪に混ざることはできず、一人であちこち歩き回るという遊びをしていた。     

 おにごっこをしている子たちが私を見かけると、一瞬鬼かターゲットかと思って驚いた後、すぐメンバーではないことに気づいて落胆した。そんなことが何度か続いて、さすがに嫌になってきた私はその場所から遠く離れることにした。

 たくさん歩いて彼らの声が聞こえなくなると、私は地面にしゃがみ込んでダンゴムシを探し始めた。ダンゴムシは噛まないし臭くないし飛ばないしで、全く害の無い可愛い虫だ。その頃、私は頻繁にダンゴムシを家に持って帰っては母親に怒られていた。

 木の葉の裏を見たり枝で土を掘ったりしても、ダンゴムシは全く見つからなかった。市街地では探さなくても見つかるのに、意外と彼らは都会好きなのかもしれないと思った。

 私はとうとう、あまり気は進まなかったが、大きな石をひっくり返すことにした。多くの場合、湿った土と大きな石の間には気持ち悪いゲテモノが潜んでいるものだ。だが、必ずダンゴムシもセットでいる。リスクはあるが確実な方法なのだ。

 意を決して重たい石をひっくり返すと、そこには思わぬ存在がいた。服を着ていない小さな人間が、そこには横たわっていた。小さい人間…?そんなものがいるはずは無い。そう思ったが、何度見てもそれは小さい人間だった。見た目は中年の男性という感じで、石の下敷きになっていたせいか体表が赤いあざまみれになっていた。そして小人の横には、石によってバキバキに砕かれたロリポップキャンディーがあった。

 「あなたが石をどけてくれたんですね…ありがとうございます」

 創作物で見る小人とは違い、別に声は高くなく、普通の人間と同じだった。

 多くの人間はここで動揺してすぐその場を後にすると思うが、この時の私はかなり精神的に参っていて、驚くとか恐怖するとかよりも先に、この非日常を使って現実逃避をしようと考えた。

 「わたくしを見ても驚かないんですね…」

 「まあね。それよりさ、なんで石の下敷きになってたの?」

 「子供です。子供たちがこの雑木林で大きい石を転がす遊びをしていたんです。当然、おっかないので逃げようとしました。ですが運が悪かったようで、子供が適当に転がした石がわたくしのところに…。結局、そのあと2日ほど下敷きになっていました」

 「キャンディーも割れちゃったね」

 「えぇ、このキャンディーは本当に美味しくて、時々売店からくすねてくるんです」

 「くすねる?」

 「はい、盗むということです」

 「それは立派な犯罪だ」

 「わたくしは人間ではないので法では裁けませんよ?」

 「たしかに、それもそうだ」

 「助けてもらったついでに、一つ頼んでもいいですか?」

 「いいよ、別に暇だし」

 「このキャンディー、売店で何本か買ってきてもらえませんかね?」

 「…いいよ、でも結構図々しいんだね」

 「自分で盗みたいのは山々なんですが、身体が思うように動かなくて…」

 「たしかに酷いあざだ、骨とか折れちゃった?」

 「えぇ、おそらく」


 私はこれも何かの縁だと思って、売店でキャンディーを買ってきてやることにした。親からの少ない小遣いを入れたがま口を持って、再び人の多いエリアへと向かった。もうおにごっこは終わったようで、他の子たちは親と一緒に肉を食べているようだ。私の親はお喋りに夢中で、自分の子だけが来ていないことになんて全く気づいていない様子だった。

 売店は薄暗くとても空いていて、店主はカウンターで楽しくもなさそうに新聞を読んでいた。

 「これ2つください」

 店主はムスッとした顔で、ひと言も発さずに小銭とキャンディーを交換した。


 私が急いで戻ると、小人は姿を消していた。その代わり、そこにはフライドチキンの食いカスのような、少し肉の付いた小骨が数本落ちていた。身体が動かない小人は、私がいない十数分の間に何らかの動物に食い殺されてしまった。私が石を退かさなければ助かったかも?と考えたが、多分それはそれで死んでいただろう。私は必要のなくなったキャンディー2本を持って、渋々キャンプエリアに戻った。


 思い出してみると、なぜ忘れていたのか不思議なくらい強烈な体験だ。もう、あのキャンプ場がどこにあるのかも分からない。小人は一匹なのか、それとも複数存在したのか…。今になって色々と気になり出したが、もう調べる術も無い。

 気づくと、もう隣のテーブルの家族は帰っていた。冷めてしまった残りのコーヒーを飲み干し、席を立つ。ふと目をやると、そこには肉の付いたチキンの骨とロリポップキャンディーの棒があった。

 

 

 

 


 

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