夢ちゃんのバックハグゥ♪クラス全員に見せ付けるぅ♪
「ねぇ……戦争の反対ってなんだか分かる?」
「平和?」
「違うよ。みんな自分の国を平和にするために戦争するんだから、平和という大きな目的の一手段が戦争なの」
「じゃあ戦争の反対ってなに?」
「戦争はたくさんの命を奪い合う行為……だからその反対は、大規模お見合いパーティーだよッ! みんなで漢気ワッショイして、新しい命をたくさん産むの!」
自室のベッドで仰向けになり、私はどこで手に入れたのかさえ定かではないジョーくんのブロマイド(隠し撮り風)を眺めていた。
トロンと虚ろになった私の目は、もはやこの次元にはいない。妄想の深淵――そこでは私とジョーくんが、全人類の模範となるような「漢気ワッショイ」の儀式を執り行っているのだ。
「……ちゅき……ちゅき……だいちゅきっぽ……」
その時、スマホのアラームが爆鳴りした。
「はッ! いかん! 学校の時間だッ!」
私は跳ね起き、無機質な基地の廊下を疾走する。
今日は私の歴史的大勝利の日。遅刻なんて万死に値する。クラス全員の前で、私とジョーくんの熱愛っぷり(妄想)を見せつけ、十五年間虐げられてきた私の『人権宣言』を高らかに鳴り響かせるのよぉ!
チャイムと同時に、私はプロ級のスライディングタックルで教室に滑り込んだ。
「……あれ?」
そこにいたのは、白髪混じりのいかにも「教授」といった風貌のお爺さんと、ジョーくんだけだった。
ジョーくんが唖然とする私を見て、無言で隣の席を指先でトントン叩いて、手招きしてきた。ヤベッ! クラスのイケメンとアイコンタクトで会話する私……学校生活満喫度、100億パーセントゥ!
私は「間に合ったぜ」と言わんばかりの不敵な笑みを返し、ちょこんと用意された空席に収まった。
……そうか。いつ出動がかかるか分からないレイダーパイロットだもんね。普通の学校には通えない。この「過疎教室」こそが、私とジョーくんだけの聖域(学び舎)なのだ。
(チクショ! クラス全員の前でバックハグしてマウント取る作戦がッ!)
「隠田さん、私のことは覚えていますか?」
席につくなり、教師らしいお爺さんに声をかけられた。
「すみません、全然覚えてにゃいです」
「そうですか。では改めて。君たちレイダーパイロットの高等教育を担当している新谷です。よろしく」
「新谷先生、よろしくお願いします」
「さて、一限目は体育です。櫻井くん、号令を」
(ヤバイ体操着忘れた!)
「起立、気を付け、礼」
私はジョーくんの慣れた号令に合わせながら、冷や汗を流していた。そして「着席」の号令を無視し、挙手して立ち尽くす。
「す、すみません先生……体操着、忘れました……」
しかし、返ってきたのは豪快な笑い声だった。
「隠田さん、大丈夫ですよ。制服のままやります」
「え?」
「夢、高校から体育の時間は経済学だろ」
ジョーくんの謎ツッコミが飛んできた。……体育が、経済学?
「先生、なんで体育の時間に経済学をやるんですか?」
私の質問に、新谷先生の目が輝いた。
「いい質問ですね! 櫻井くん、先生の代わりに説明してください」
「さぁ?なんでって言われてもそういうもんだからとしか……」
「当たり前だと思うことも口に出すんです。それが説明になります」
「経済は競争だからです。スポーツも競争。だから同じ学科です」
(なるほど……分かったような、分からんような……)
「GREAT!では、なぜ経済学が体育の時間に行われるようになったか?は説明できますか?ちなみに昔の体育はスポーツだけの学科でした」
「さぁ?どこかの時点で経済学が重視されるようになったんじゃないですか?」
「うーん……正解ですが、記憶喪失の方に対する説明としては不十分です。隠田さん、経済学を学ぶとしたら、どの学科で行うべきだと思いますか?体育以外で考えてみてください」
私は前世の記憶を必死に掘り起こした。
「……数学、でしょうか?経済学って、数学の記号使いますよね?」
「GREAT!実は隠田さんの予想通り、その昔、経済学は数学の派生学問と考えられていました!」
ジョーくんからの『やるじゃん』的な眼差しが気持ちいいぃ~♪
「転機が訪れたのは、2010年頃です。当時、破竹の勢いだった中国の経済成長が失速し始め、中国共産党は焦っていました。それもそのはず。彼らは欧米の名門大学で経済学の博士号を取得した者たちの集団だったのです。にも関わらず、国内経済は鈍化している……当時の中国は都市部と農村部に別れており、農村部に経済開拓の余地があることは明らかでした。人口も今よりもっとたくさんいた。経済成長の条件は全て揃っていたのです。さて、ここまで説明すれば、なぜ経済学が体育の時間に組み込まれたか分かりますか?」
手を挙げたのはジョーくんだった。
「見切りをつけたんだ、共産党は。もう欧米の経済学は通用しないと。で、根本から改めた。実践重視の経済学に」
「惜しいッ!結論から言うと、彼らは欧米の経済学を捨てなかった。なぜなら先程の隠田さんの言った通り、経済学は数学の派生学問です。数式で証明されたものが間違えているということは、基本的に有り得ない」
私も負けじと手を挙げた。
「経済学を使う人間の方を変えたんですね!大学の経済学部の入試で、体育の成績の良さを重視し始めたんだ!」
「GREAT!大正解です!」
ジョーくんにドヤ顔を向けると、彼は少し悔しそうに顔を背けた。ふふふ、前世で勉強しかやることのなかったガリ勉の底力を舐めちゃいかんよ。
「ちなみに大学に入った後のテストの方法も変えました。そこが櫻井くんの言った、実践重視です。経済学の論理をどれだけ覚えたか?を問う筆記試験ではなく、学んだ論理を使っていかに成果を出したか?勝ったか負けたか?をテストにしたのです」
ジョーくんから俺も半分合ってたからなの顔が返ってきた。ぐぬぬ……悔しい……ガリ勉の名において、この教室の主導権を渡すわけにはいかない。
「先生、そう言えば私、入院してた時にお母さんに**日本の医療技術の高さに感謝だね**って言われたんですけど、いつから日本て医療技術の高い国になったんですか?」
新谷先生の目がまた輝いた。
「いい質問ですね!」
「先生、教科書進めなくていいのかよ」
ジョーくんの横槍を新谷先生は意に介さない。
「櫻井くん、疑問が浮かんだ時が成長するチャンスです!鉄は熱いうちに打てと言うでしょう?教科書なんて、二の次です」
どうだ?教師ってのは、学生が授業に食い付いてくるのを一番に喜ぶ生き物なのさ。ハハハ!私の勝ちだ。
「日本の医療と介護の技術が急速に発展したのは、先程の中国共産党の方向転換と繋がっています。日本も中国の成功にならって、大学の経済学部の入試で体育の成績の良さを重視するようになりました。また、それまで体育は、健康のための運動という位置付けでしたが、ここを改めて、いかに論理的な戦略で勝つか?タイムを伸ばすか?を教える学問へと転換しました。さて、そうすると、見えてきたものがあります。当時の日本は既に高齢化社会でしたが、政府はこんな間違った経済対策をしていました」
新谷先生はそこで黒板に向き直ると、大きく『労働者』と書いてそれを丸で囲んだ。
「この労働者は、高齢者を除く働き手世代を指します。この人数は一定です。子どもを急に大人にする魔法はありませんからね」
更に『労働者』の左側に『医療介護関連企業』、右側に『それ以外の企業』と書いて、それぞれを丸で囲んだ。
「医療介護関連企業に、労働者を参加させたい。また、それ以外の企業にも労働者を参加させたい……」
そして真ん中の『労働者』から『医療介護関連企業』に向かって矢印を引き、同じように右側の『それ以外の企業』に向かっても矢印を引いた。
「これのなにがマズイか分かりますか?」
へへへ……分かったけど、あえて泳がせてみる。ジョーくんの方を窺うと、考え込んでいた。手を挙げると、咄嗟にこちらを見る。鳩が豆鉄砲食らったような顔。はい、私の勝ちです。
「労働者は一定しかいないのに、お互いに引っ張り合ったら、国としての方向性が定まらないですよね?両方引っ張るんだったら、どっちも引っ張らないのと変わらない」
「GREAT!では、どうすればいいと思いますか?」
「医療介護関連企業の方の矢印は変えません。それ以外の企業の矢印の向きを逆にします」
「GREAT!」
そう言って、新谷先生は私の言った通り、真ん中の『労働者』から右側の『それ以外の企業』への矢印の先端を消して、『労働者』に向かう矢印として、書き直した。
「隠田さん、あなた政治家になれますよ」
「えへへ、政治家なっちゃおっかなー♪」
「具体的な政策としては、それ以外の企業に対して、従業員数の増員を必要としない設備投資や、事業拡大、従来のやり方より少ない従業員数で営業を可能とする起業に対する融資を優遇するよう、独立行政法人や政府系の銀行に働き掛け、それと同時に医療介護関連の職業訓練、医療介護関連学校に対する奨学金を充実させました」
「それだけで日本の医療技術が発展したんですか?」
「はい。それだけです。もちろん労働者一人一人の努力のお陰ですが……あと、当時の日本の状況も良かった。当時の日本は高齢者がお金持ちでした。だから高度に発展した高額な医療介護の供給に答えられるだけの財力を持っていた。それに人間の年齢の進みは不変ですから、高齢化社会は、変化の予測が100パーセント可能です。急に高齢化社会じゃなくなるということがあり得ない。それこそ世界規模のパンデミックが起きて、大勢の高齢者が一斉にこの世から居なくなるという大惨事でも起きない限り。その点銀行は、医療介護関連企業に安心して融資できました」
私は満足して新谷先生の話に聴き入り、異世界の学校生活をスタートさせた。
それはジョーくんとの甘い妄想と、この世界の冷徹な合理性が同居する不思議な場所だった。
ジョーくんは、私との『運命の愛』を認めてはくれなかったけれど、私たちの仲はまずまずと言えるところまで来た。
いつ出動がかかり、あの「太陽の塔」のような化け物と殺し合うか分からない。けれど、そんなことを考えていたら、夜に「おひとりソイヤッ」する余裕もなくなってしまう。
私は「なるようになれ!」の精神で、この奇妙な日々を受け入れ始めた。
そして、一週間、二週間と過ぎた頃。
とうとう、初めての『半日外出許可』が下りたのだ!
**全てを受け入れ、達観の境地に至った隠田夢!レイダーとして、そして夢見る少女として、夢は人生の階段を登り始める!初めての半休でだいちゅっきぽ(櫻井丈)との念願の初デートは実現するのか!?次回『だいちゅきっぽとおてて繋いでルンルン散歩♪』乞うご期待ッ!!**




