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寝息

作者: 葉月ユウリ
掲載日:2026/01/09

隣で寝ている彼女の寝息に違和感を感じ、見ていたスマホから意識を離した。


長めに吸って吐くを繰り返す穏やかな寝息に混じって、違うものが聞こえるのだ。

それは、短く吸って吐くを繰り返す荒い息遣いのような呼吸音。


直ぐ横にいる彼女に目線を移すと、彼女の後ろに人影が見えた。

長い髪の女性のシルエットに小さな輪が白く光って目の位置を示している。


心臓がぶるんと揺れ、叫びそうになる衝動を飲み込んだ。


立体感のない平面的なその影は彼女の背中にぴったり寄り添い、動く気配は無く片目だけ出して僕の方を見ている。


僕はスマホを閉じるとそそくさと服を着て彼女の家を出た。


外に出ると街灯や店の灯りを見てホッと息を吐く。

あれは一体何だったのだろうか。




翌朝、おはようのメッセージと共にそれとなく彼女の安否を確かめた。


『昨日、変な寝言言ってたけど大丈夫?』

『寝言?やぁはずかしい、何ともないよ、大丈夫』


絵文字だらけのいつもと変わらない文体に胸を撫で下ろし、電車を降りる。

僕が見たモノを話そうかと思ったが、怖がらせたく無かったので黙っておく事にした。



数日後、彼女の部屋で寝ているとまたもや第三者の呼吸音が聞こえ始める。

目を開けるとこちらを向いて寝ている彼女の後ろに長い髪の女のシルエット。

乱れた髪で覆われたその影は前回よりも顔を高く上げ、白い輪を2つ並べて僕を見ている。


「…ッ……ン……フッ……グ…ゥ…」


呼吸に混じって聞こえるのは、喉の奥から漏れるような、出し切れない寝言のような声。


ゴクリと唾を飲み込み、彼女を揺するも面倒くさそうな唸り声を上げながら寝返りを打って僕に背を向けた。

彼女の体勢が変っても影は変わらず僕の方を向いており、その口元が露出する。

色の無い暗闇の中、浮かび上がる灰色の歯。

笑っているのが分かった。


額に汗が滲み、肩まで掛けた布団が大きく上下する。


その日は動けなくなり帰る事が出来ず、目をぎゅっと瞑って意識が途絶えるのを待った。




「…た、将太しょうた、ねぇ、朝だよ」

尾を引く艶っぽい彼女の声で目を覚ます。


体を起こして彼女の背後を見るが、何も無かった。


「どうしたの?泊まってくなんて珍しいね、嬉しいけど」

「…あぁ、うん、朱音あかねちゃんと一緒に居たくて」


そう言うと彼女は猫みたいな声を出して喜んだ。

飛びつく彼女の体を抱きしめるも、昨夜見た正体不明なモノの気味悪さは拭えなかった。



その後、出張で家を離れ、しばらく彼女とは会えない日が続いた。

LINEでのやり取りやビデオ通話をしていても特に彼女に変わりは無く、互いに元気な姿を報告しあった。


出先の仕事が終わり地元に戻ると、僕は真っ先に彼女の家を訪れた。

会えない期間に薄れてしまった物を取り戻すように僕達は一緒に過ごした。


満ち足りた心と彼女を抱いて寝ていると、耳が音の変化を捉える。


あぁ、そうだ、この家には何かあるんだった。


欲に塗れた脳が我に帰る。


薄目を開けて腕から彼女の頭を抜くと目線を上げた。


そこには彼女の背後で、顔を前のめりにさせた影が僕を見ていた。


「…ゥ……ゥ…オ……フッ…」


黒い紙に貼り付けたような輪の目を見開き、口元は歯を剥き出して笑っている。

影はゆっくりと前に出て来て僕に触れようと手を伸ばす。

僕は呼吸がバグり、体を震わせる。


真っ黒な手が近づき、顔を、掴まれる———




「…た、起きて、ねぇ、起きて」

遠くから歩み寄るような声で目を覚ました。


ぶはっと止めていた息を吐き出し、体を跳ねさせた。


「大丈夫?うなされてたみたいだけど」

「え、あ、あぁ、…大丈夫」

「ねぇ、出張帰りでお疲れのところ悪いんだけど、お客さんが来てるよ」

「え、客?」

「少し前にLINEしたでしょ?2人の両親呼んで話したいって」

「え?そうだったけ…」

「忘れたの?ほら、もう揃ってるから早く来て」


悪夢から覚めたばかりでまだ心臓が通常の動きに戻らない内に、僕は寝室からリビングへと連れ出された。


「こんにちは、お疲れの所悪いわねぇ」

「久しぶりだな、将太くん」

「どうも、遠くからわざわざありがとうございます」

軽く挨拶を済ませるとソファーに座る。


「みんな来てくれてありがとう、みんなに見て欲しいものがあってね、」

バッグから大きな茶封筒を取り出すと、中から数枚の写真を手に取り、机に広げる。


そこに写っていたのは僕が彼女の家を訪れている写真や車の中でキスを交わている写真だった。


空間が一気に静まり、氷のように張り出す。


「出張帰りに真っ先に会いたくなる程、大好きな彼女がいるのよね、あなた」

そう言って長い髪を耳に掛けると、雅美まさみは目を大きく見開いて歯を見せた。


あぁ、そうか、僕の悪夢は今始まったんだ。


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