第六話:魔の棲む夜が明けて(第一夜完)
「……ねぇ。もう一回、ジャンケンしようよ」
スッ、と眼前に差し出された小さな拳。
「また、予言してあげる。雑魚島お兄さんは今度こそ………………チョキを出す」
馬鹿な。
そう言いたいが、舌が凍りついたかのように動かない。言葉の代わりに、喉から溢れ出た冷気が、顎から零れ首筋を伝う。
「さーいしょーはグー」
鮫島の手が、スッと前に出て、リズムに合わせて上下に振れる。まるで見えない糸で操られるかのように。
リッカの誘いに、抗えない。
「じゃーんけーん……」
ぽん。
リッカはグー。
そして鮫島は…………。
「ふふ……また負けちゃったねぇ…………。雑魚島お兄さん……?」
鮫島の出したチョキの手。その指の間を無理やり広げるようにして、リッカのグーがグリグリと押し込まれる。
他者にむりやり関節を捻られる痛みに、鮫島の顔が歪む。
「フフ……素性も知らない子供の言葉を真に受けて、分からないなりに早速実行してみたんだ? さっき、無様に負けてでも守ったプライドはどうしたの? 捨てちゃうの? 受け入れちゃうんだ……自分は雑魚ですって……事実として認めちゃうんだ? 自分の半分も生きてないような子供に手玉にとられて……空っぽ頭の愚かな案山子……右が駄目なら左に歩く、意思薄弱なお人形……!」
でもね。
耳元で、鈴のような声が囁く。
「嫌いじゃないよ、そういうの……」
リッカの細い指が鮫島の首筋に触れる。
氷のように冷たい感触……を想像したが、触れた指先は暖かかった。大人よりも高い、普通の子供の体温。その温度が、まるで氷が溶かすように、錯覚と緊張を解いていく。重力と室温が通常に戻り、気道が広がる。呼吸が、できる。
「おやすみ、雑魚島」
鮫島の意識は、そこでプツリと途切れた。
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次に鮫島が目を覚ました時、既に昼の12時を回っていた。
部屋をぐるりと見渡すが、そこにリッカの姿は無い。
……だが、彼女の存在が夢でなく現実であったことには確信が持てた。
部屋の中央にはバスタオルが山のように積まれており、流しには朝食に無断で食べたであろうカップ麺の残骸が洗いもせずに放置されていたからだ。
時間としてはだいぶ長いこと眠っていたはずなのだが、全く体が休まっている気がしない。
鮫島は夜の仕事(賭博)まで、もう一度寝直す事にしたのだった。
【第二夜:じゃんけんぽいぽい に続く】
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