第二話:闖入者、女児
======
====
==
鮫島が自分の住処に辿り着いたのは、深夜12時をまわってからだった。
山手線内部とは思えない、築50年のぼろアパート。家賃3万。その202号室が、彼の自室だ。
……彼を知る他人が想像する通り、彼には生きる糧……楽しみというものがほとんど無い。運を保つために自らに課した幾つかの掟を守りながら、朝起きて、出かけて、博打を打ち、家に帰り、眠る。合間合間に死なない程度に食事を摂る。この何もないルーティンに時折挟み込まれる違法賭博……それこそが彼の数少ない収入源であり、同時に数少ない楽しみでもあった。
そして今日も、寝るためだけに、誰も迎える事のない孤独の巣の扉を開ける……。
「おか〜」
「……あ?」
……誰も居ないはずの部屋に、いるはずの無い先客がいた。
10かそこらの少女……女児だ。
長い髪を低い位置で二つに纏め、その上からピンクと紫のボーダーカラーのニット帽──猫の耳のデザインなのだろうが、色合いのせいで悪魔の角にも見える──を被っている。男物と思しきぶかぶかのパーカーの裾からは、ピンクのフリルスカートの裾が見え隠れしている。
背格好の年齢と、女児特有の可愛さを控えないファッション。そのどちらもが、全てに無関心の孤独な男のボロ部屋に全く馴染んでいなかった。
女児は、鮫島の備蓄であるカップ麺のスープをゴクゴクと飲み干し、プハーと深く息を吐いてから、テチテチと鮫島に歩み寄ってくる。
「おじさんが私のパパ? これ手紙。ママから」
状況の飲み込めない鮫島に、女児は押し付けるようにして可愛らしい便箋を渡した。
パラリと中を流し見れば、「あなたの子です」的な事が書かれている。
鮫島は最後まで読みもせずに、女児の首根っこを掴み、玄関に向けて回れ右する。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 中身ちゃんと読んだ!?」
追い出されると気付いた女児が、慌てた様子でバタバタと抵抗する。
「こんなもの、読む必要はない」
手紙を女児の鼻先に突きつける。
「まず、俺はまだ22だ。15まで施設にいたから、テメェのようなデカいガキがいる筈が無い。
次にこの手紙。字が明らかに子供の字だ。しかも漢字にちょこちょこ間違いがあるぞ。
以上から、俺はお前が適当なウソをぶっこいてウチを宿代わりにしようとしている家出少女だと推測する。小道具まで用意してご苦労な事だ」
鮫島は手紙と便箋をクシャリと握りつぶし、それを女児の着ているパーカーのフードに放り込んだ。
「あれ……バレちゃった。お兄さん勘が鋭いって言われない?」
「さあな。だが子供嫌いとはよく言われる」
ただでさえ帰りが遅くなったのに、こんなガキの相手などしていられない。鮫島はドアノブに手を掛け、いよいよこの女児を外に放り出そうとする。
「まってお兄さん! 勘がいいお兄さんなら、このままだとマズいって分かるんじゃない!?」
「あ?」
振り返れば……なんと、女児はどこから取り出したのか、ハサミを振りかざしている!
ギョッとしてハサミを取り上げようとする鮫島だが、女児の方が早い!
刃が一閃!
切り裂いたのは鮫島の指……ではなく、女児自身のスカートであった。
フリルの可愛らしいスカートは、その機能を破壊され、女児の腰からハラリと落ちる。
「このまま外に出されたら、アタシ、大声あげるよ! 家に連れ込まれて、乱暴されたってね!」
未だ手にした凶器、その切っ先を真っ直ぐに鮫島に向ける女児!
しかし、鮫島にとっては最早ハサミなど問題ではない。目の前の女児自身が、鮫島の息の根を止めかねない凶器に変貌してしまったのだ。
「テメ……大人を舐めるんじゃない……!」
「お兄さんこそ、子供舐めてるんじゃない? 言っとくけどお兄さんの留守のうちに結構家捜ししたからね。警察が調べれば、そこらじゅうからアタシの指紋なり髪の毛なり出てくるよ? さよなら日常、よろしく前科! 独身丸出し寂しい部屋での自主禁錮から、ホントの刑務所勤めにランクアップだね!」
(このクソガキ……!)
実際、それは非常にマズイ。ロリコン性犯罪者の容疑を掛けられるのも勿論マズイが……鮫島は裏社会の人間なのだ。警察の厄介になって身辺調査でもされようものなら豚箱行き……で済んだらまだマシだ。芋づる式に色々出てきて……いや、出てくる前に同業者によって口封じされる可能性が高い。
(だがここで弱気を見せるのは、自分の弱点を白状するのと同じ……! つけ込まれる、このクソガキに……!)
そして最悪なことに、ここで要求を呑んだからといって、この子供が後日警察に通報しない保証はないのだ。
つまり……。
(ブラフを張ってでも、コイツをここで諦めさせなければならない……!)
【次回:駆引と取引】
お読みいただきありがとうございました。
コメントや評価は、どんなものでも頂けるだけで嬉しいです。
次回も何卒よろしくお願いします。