エピソード大臣とアクション大臣
旅行先から更新です
リンドーが教えてくれたレベリングスポットまでの道すがら、俺たちは友情を深めることにした。ただオールを漕いでいてもつまんないんだわ。
「というわけで一番リュージ、踊ります!オゥイェー、情熱ぅのぉ赤い花~!身も心も滾らせてぇ~!」
オールを筏の上に立てて、それにしなだれかかったり、まとわりつくように身体をくねらせたり、足や手を引っ掛けてクルッと回ったり。なんちゃってポールダンスを披露してみる。
「ブッハハハハハ!マジかよオマエ、最高か!?」
本物は見たこと無いけど、リンドーにはこれがオオウケしたみたいだ。
だったらもちろん、俺もアゲてくよね!
「狂いそうな切なさがぁ、この胸を締めつけるぅ。アナタの視線を貰う!だけで!ワタシの蕾、開くの!!(ヘーイ!)」
まさか合いの手まで入れてくれるなんて。なるほど、友情に期間は関係ない……そういうことだな?
オールを背にしてリンボーダンスのように腰を前に突き出せばピューッと口笛が飛んできて、気分はまさにオン・ステージ!
「赤い花が咲き乱れぇ~!(ハイハイ!)アナタはもう動かない!(ハーイ!)それでも止められないのよ、こ・の激情だけは!A han……」
決まった……!過去イチのできといっても過言じゃない、いや、俺は常に進化し続ける男。俺の今とは過去イチで当然だ。それにしても進化の幅がいつもより大きかったとは思う。
「ブラボー、ブラボー!!本当にスゲーよ、オレ一人分の拍手しか贈れねーのがもどかしいくらいだぜ!」
パチパチパチパチ!とリンドーが心と力を込めた拍手をくれる。そういえばレストレムで誰かにこうやって芸を見せるのは初めてだなぁ。
【『踊り』スキルが解放されました。『ファースト・ステップ』を習得しました】
「うわ、なんか踊りのスキルが生えた」
「マジ?『踊り』って解放条件なんだったっけな。人前で踊る……だけじゃなかったハズだけど。でもあとは人前なり戦闘中なりに踊ってたらレベル上がるらしいぞ」
踊りながら戦えと?おいおい、そんなの得意分野だぜ。コサックダンスしながらスライム蹴り殺したりすればいいのかな?
「それはそれは……おお、『ファースト・ステップ』は自動発動型で、戦闘の最初に使う『踊り』アーツの効果を15%アップだって。俺、踊りのアーツ一個ももってないんだけど」
「ファーファンに職業を踊り子にしてくれるNPCがいるから、なりたけりゃなればいいんじゃね?踊り子を経験しないとなれない上位職業もあるって話しだし」
リンドーは何でも知ってるな、実に頼りになる。この出会いのためなら、あの帆が壊れたのも運命というものだったのかも。壊れたこと自体は残念だけどさ。
そして俺が歌って踊っている間にリンドーはちゃんと漕いでいてくれたらしく、目標上陸地点がもう見えるところまできていた。
「おっと、もうそろそろ上陸だな。オレの一発芸は歩きながらじゃ難しいし、また今度ってことで。代わりに面白い話でもしようか?」
「お、自分からハードル上げてくねぇ!どんな話?」
「トイレットペーパー探して女子便に入った時の話と、友達だと思ってプロレス技かけたら助教だった時の話のどっちがいい?」
どっちがいいと聞かれるってことは、選ばなかった方は聞けないってことか?なんてこった、まさかこんなところで人生最大の二択を迫られるとは。
でもプロレス技の方はオチが半分わかってるから、ここはその後の展開が気になる女子便……いや待てよ?助教だとわかってからが話の本筋だとしたら?
「悩む……悩むぞぉ……こんなに悩んだのは小学校の遠足の時におやつを300円以内でどう収めるか迷ってる時以来だぁ……!」
「スーパーの半額シール集めて600円分のお菓子に貼り付けてったら先生にクッソ怒られたっけか……」
しみじみと昔を懐かしむリンドーの声を聞きながら、筏を岩場に寄せて降りる。ちなみに筏や船みたいな乗り物はインベントリに入らないけど、登録しておけば持ち主が一定距離離れると勝手に消えて、乗りたい時にはUIから呼び出すことができるんだと。
上陸の度に筏を使い捨ててたら大変だし、俺みたいなのには良いシステムだと思う。登録できるのは1つだけだから、壊れることを見越していくつもストックしておくなんてのは無理。
「リンドーって突つくたびに面白エピソード出てくるタイプ?あ、女子便の話でお願いしゃす」
「いっとくけどリュージと出会ったことも面白エピソードなんだぜ?そこんとこ自覚ある?あと道はこっちな。それであれはオレが去年、大学に入ったばっかの講義中に腹を下して……」
助教って言ってたからなんとなくわかってたけど、やっぱりリンドーって大学生なんだ。
「……そしてオレたちは丁寧に手を洗った後、便所の前で固く握手を交わしたんだ。いまだに名前も知らねーけど、間違いなくアイツはオレのダチさ」
アメージング……!ビューティフル……!コングラッチュレーション……!
笑いあり、涙あり、そして熱い友情ありの傑作だ。人間とはたった数十分トイレットペーパーのない便所にこもるだけでここまでのドラマを生み出せるのか。
「最高だよリンドー、面白エピソード大臣に任命していいか?」
「オレがエピソード大臣ならリュージは面白アクション大臣だな。っと、目的の場所に着いたぜ。ホラ見てみろ、あのモンスターだ。ジャッカロープっつーらしい」
筏を降りたところから森の中をしばらく歩き、小高い山の中腹あたりにソイツはいた。
見てくれを端的にいうなら、鹿の角を生やした1メートルくらいのウサギ。ただしその角には蔦植物みたいなのが絡んでいるようで、木の枝が頭にぶっ刺さってるように見えなくもない。
クシクシと前脚で毛繕いをする姿は可愛いはずなのに、どうしてか嫌な予感がする。
「背筋がゾクッとしたか?敵が強すぎるとそうなるんだ。リュージはとにかく一撃入れたら死なないようにしてろ、そんで踊りを育てたいなら適当に踊っとけ。群れで来られたら厳しいけど、一匹二匹ならオレでもやれる」
そう言いながらリンドーがジャケットの内ポケットから30センチくらいの短い杖を取り出した。意外なことにリンドーは魔法使いらしい。
「ハンググライダーに乗ってたら手持ち武器なんて使えねーだろ?いずれは空を飛びながら戦いたいからな、魔法使い一択だ」
「いいね。じゃあ一発当ててくるからあとよろしく!」
都合のいいことにジャッカロープはこっちが攻撃するまで襲ってこない中立モンスターみたいだ。俺が先制攻撃を食らうと一発昇天しかねないから大いに助かる。
それでも反撃で即死するのを防ぐため、取り出したるはマイオール。宮本武蔵はオールを木刀として佐々木小次郎と戦った、なんて話もあるくらいだからこれも立派な武器だ。分類的には槍だけど。
「それっ!!」
変なとこにぶっ飛ばしてリンドーの射線が通らなくなるのもアレなので、薙ぐのではなく突く。
ダメージなんて1でも通ればそれでいいくらいの気持ちで放った攻撃はジャッカロープを少しだけ後退させ、その隙に俺は全力でエスケープする。
「良い動きだリュージ。『ブリーズブレイド』!」
リンドーが唱えたのは風の刃を射出する魔法らしく、ジャッカロープとその周辺が見えない斬撃で切り刻まれる。
やっぱり魔法はカッコいいな。どれだけゲームがリアルに近づいて、またリアルがゲームに近づいても魔法はリアルに無いもん。
さすがに魔法一発ではジャッカロープを倒すことはできず、立て続けに攻撃された角兎はお怒りのようだ。ググッと両後ろ脚に力を溜めると、リンドーに向かって弾丸のように飛び出した。全然ダメージを入れられない俺はジャッカロープの眼中にないらしい。
しかし自分でレベリング相手に選んだだけあってリンドーも狩り慣れているのか、ヒョイと身をかわすだけで難を逃れる。
そして唱えられる次の魔法。よし、ただ突っ立っているだけじゃなくて俺は俺にできる精一杯のことをやろう。
「ふれっふれっ、リンドー(裏声)!がんばれがんばれリンドー(裏声)!負けるな負けるなリンドー(裏声)!キャーーーッ(高校男子の声)!!」
「どうせやるなら最後まで裏声でやれよ!手元狂って自爆しそうになったじゃねーか!」
全力のチアダンスはお気に召さなかったらしい。俺は頑張ったつもりでも他人に伝わらない時もある。リンドーは人生の先輩としてそういうことを教えてくれたんだな。
そんな感じでワイワイ騒ぎながら俺たちはジャッカロープを狩るのであった。
『踊り』の解放条件はPC、NPC問わず人前で踊り拍手を貰うことです。芸とは人に見て貰い、認めて貰って初めて芸になるのです。