海のバカと空のバカ
砂浜に乗り上げた筏を押して海に浮かべ、ファーファンに向けて再出発。念のためマップを開いて方角を確認して帆の向きを調整だ。ビ・ギンからの距離と時間を考えたら多分ゲーム内時間であと三日ってところかな。
「ちょっとオール漕いでスピードアップするかぁ。えんやーこーらよっと。うーんいい天気だ、絶好の筏日和だな!……ん?」
特に意味もなく陸のほうを見たら、何か変な影が飛んでいる。どうもこっちに向かって飛んできているようだけど、鳥にしてはやけにデカい。
「……!…………!!」
おや、これはアレの叫び声かな?まだ遠いから何言ってるのか全然聞き取れないな。でもだいたい言いたいことはわかるよ、避けろー!とかそんな感じだろ?
でもリュージ君は避けない!なぜならそう、そっちのほうが面白そうだから!
「……んなよ!避けるんじゃねぇぞーーー!!」
ズンズン近づいて来てようやく声が聞こえるようになったと思ったらまさかの回避不許可宣言だった。おいおい兄貴、どうも俺の常識感覚もまだまだ捨てたもんじゃなかったみたいだよ。
てゆーかアレ、ハンググライダーか。結構なスピードが出ててスリル満点だな、スゲェ楽しそう。これはぜひともお近づきにならねばなりませんなぁ!
なんて思ってるうちにもはやハンググライダーは操縦者の顔が見えるようなところにまで来ている。これは帆を持っていかれるかもしれんね。
「っしゃあオラァ!!」
ヒュゥッと風を切りやってきたハンググライダーは目測通り帆にぶち当たり帆柱をへし折った。風をはらんでいた帆布をクッションにしたからか操縦者は死にはしなかったようで、帆布に包まれるようにして落ち、その下からズリズリと這い出てくる。
「ふいー、割と狙ったところに動かせるようになってきたな。操縦性能の向上は上々っと。あ、アンタこの筏の持ち主だな?すまねぇ、帆をぶち壊しちまった!ぶっちゃけ操縦試験の的にちょうどよかったからワザとぶつかったんだけど、マジすまん!この通り!」
ハンググライダーと帆の残骸を一瞥した後、そうやって操縦者は俺に頭を下げた。それも流れるような美しい土下座で。こやつ、慣れているな?かなりの場数を踏んできた熟練のドゲリストと見たぜ。
「きれいな土下座だな、気に入った!俺はリュージ、この筏は俺の手作りだ。まあ帆のことは気にすんな!それよりもそっちのハンググライダーも手作り?カッコよかったぜ、ぶっ壊れたけど」
「おっ、わかる?そうだよ、こいつはオレが作ったんだ。オレはリンドー!リュージ、アンタいいやつだな」
土下座をやめて立ち上がったリンドーは俺よりも頭半分くらい背が高い。これでも俺、176あるんだけどなぁ。アバターだからどうでもいいっちゃいいけど。
ボッサボサの長い赤茶色の髪にキャスケット帽を被り、吊り上がった目は楽しそうに細められている。体型は細マッチョで、装備は俺のよりよっぽど立派なファー付のジャケットだ。
「オレぁあの山の上に拠点を作っててさ。この辺は飛んでるモンスターもほとんどいないし、標高も手頃でハンググライダーの材料も集めやすいしでちょうどいいんだ。ま、もうちょいデータをとったら違う材料で作るために場所は移すつもりなんだけどな」
「へぇー、俺は筏を拠点化するためにファーファンに向かってるんだ。リンドーも拠点持ってるってことはもう行ったことあるんだ?」
「もちろん!ファーファンで一通りのチュートリアルは終わりって感じだからな。だからワールドマップを見てもファーファンまではほとんど一本道だろ?」
ビ・ギンはレストレム大陸の南西の端っこにある半島みたいな場所。そんでいくつかの村を越えた先のファーファンはその半島の根元にある。
半島という地形に山の配置、敷かれている街道なんかを考えると確かに一本道だ。俺みたいに海を突っ切ろうとしたり山を無理やり越えようとしない限りは、だけど。
「言われてみれば……ビ・ギンからずっと海の上で気づかなかったなぁ」
「え、ビ・ギンからずっと?……リュージ、基礎レベルいくらだ?」
「確か7だったかな。モン魚と戦いだしてから格闘がレベルアップして槍術も習得したんだ。ステータス出すよ」
モン魚と戦うのに使っているオール、武器としての分類は槍らしい。まあ長さも2メートルくらいあるし、棍棒と言うにもねぇ……って感じかな。とりあえずUIをポチポチッと。
リュージ
Lv.7 旅人
HP:67/67
MP:18/18
ATK:9
DEF:8+5
INT:7
DEX:7+2
AGI:8
スキル
木工Lv.3
盗みLv.2
格闘Lv.3
槍術Lv.2
航海Lv.2
採取Lv.1
星見Lv.1
海の上でレベル上げできるスキルは少ないし、こんなもんだろうとは思う。でも俺のステータスウィンドウを見たリンドーは渋い顔をしていた。
「おいおい、ファーファン周辺はスキル構成にもよるけど基礎レベルが20はないとキツいぞ。それに職業も旅人のままだし」
「職業?」
「ああ、条件を満たして村や町にいる特定のNPCに話しかけると職業を変えられるんだ。職業はステータスにそれぞれの倍率で補正を掛けてくれるし、NPCから特別なアーツを伝授してもらえたりするんだぜ」
スキルの有無が関係ない基本的な職業にはビ・ギンでも就くことができるけど知らなかったのか?とリンドーに呆れられてしまった。うん、多分聞いてたけど筏作りが楽しくて頭から吹っ飛んでったな。
しかしアーツか。格闘レベルが上がった時に『正拳突き』と『回し蹴り』を覚えたっけ。わざわざ声に出して言わなくても自分で正拳突きや回し蹴りをしたら勝手にアーツ扱いで威力が上がってるから意識してなかったわ。
「じゃあこの辺でレベル上げするしかないな。しゃーない、気合い入れてモン魚シバくか!」
「いや待てリュージ。もしオマエがよかったらだけど、ちょっとしたパワーレベリングするか?」
レベルが上のプレイヤーとパーティを組み、自分のレベルでは倒せないモンスターを倒して大量の経験値を得る。それが大概のゲームにおけるパワーレベリングだけど、スキルレベルの総量で基礎レベルが変わるレストレムだとどうなるんだ?
そんな俺の疑問が通じたのか、リンドーが詳しく教えてくれる。うんうん、いきなりハンググライダーで突撃して人の筏をぶっ壊した割にはいいやつだなリンドー!
「そうだな、格闘みたいな戦闘スキルは格上と戦えばいい。他のスキルなら難易度の高いことに挑む……例えば採取なら硬い木を切るとか、盗みならあえて成功率の低い鍵開けに挑戦しまくるとか」
「それって脆い木を切るより時間かかるし、鍵開けも失敗したら意味ないんじゃ?」
「そこはオマエ、アレだよ。簡単な課題を鼻クソほじりながら何回もやるより、難しい1つの課題をウンウン考え抜いて失敗する方が得られるものは多いってこったろ。まあ、あんまりにも実力が足りてないとそれはそれで経験値も減るらしいけど」
中学生が小学生用の計算ドリルをやっても大して役にたたないけど、だからと言って大学の数学を教えられても理解しようがない。でもちょっと背伸びして一学年上の勉強をするのは予習として効果がある、みたいな?
「ここからちょっと行ったところに妙に強いモンスターが湧くスポットがあるのをハンググライダーの材料集め中に見つけたんだ。壊しちまった帆の弁償代わりにそこでレベリングを手伝うぜ、あいつならレベル20まではすぐ上がるはずだ」
「へぇ、そんな場所があるのか!いこういこう、すぐいこう!はいこれ予備のオール、帆が無くなっちゃったけど2人で漕げば無問題!」
インベントリからもう一本オールを取り出して手渡すと、受け取ったリンドーはクルクルっと軽く振り回してから俺の反対側に陣取った。
「話が速くていいねぇ、ノリと勢いだけで生きてるって言われたりしないか?」
「週8で言われてるよ。んで、目的地はどっちだ?」
ワールドマップを開いて指を差しながら位置を確かめるリンドー。そのマップに刺されているたくさんの目印ピンはハンググライダーの材料がある場所なのかもしれない。
「こっからなら……北北東に向かってまっすぐだ。星見あるなら方角はわかるよな?」
「よっしゃ!漕ぐぞリンドー、力の限り!!」
「合点承知だ相棒ォ!!」
ぶっちゃけそこまで息も合ってなければ力任せで技術もクソもない勢いだけの漕ぎ方だけど、なぜか今までで一番スピードに乗ってるように思える。
これが帆よりもリンドーの腕力の方が性能がいいからなのか、それとも2人でワイワイ騒ぎながら漕いでるのが楽しいからなのか。
ほら、楽しい時間は過ぎるのが速いって言うからな。毎日が爆速で過ぎていく楽しい人生だけど、今はもっとスピードアップしてる気がするな!
適性範囲より弱いモンスターを狩った場合、経験値は激減します。最初の草むらでレベルMAXなんてのは不可能ではないけどこのゲームに何年かけるつもりなん?って感じですね。




