夜の海 筏の上で 踊る阿呆
休暇中に資格講習受けなきゃいけないのって何でなんすかね
今日も今日とてレストレムで筏ライフを楽しもう。筏を拠点化するためのアイテムが待つファーファンまでまだまだ距離はあるからゆっくりのんびりね。
暇にあかせてUIをいじり倒してると、メモ帳機能があることに気づいた。手書きもホログラムキーボードでのタイプもできるのでなかなかに便利だ。
「ステージを作る、ロープの配置を考える、ユゥリ……というか客用にイスとかを作る、帆に描くシンボルを考える……ハンモックも作りたいな」
せっかくだからメモ帳に今後の予定兼欲しい物リストを書き込んでいく。ノリと勢いはいいけど細々としたことをすぐ忘れるってよく言われるから思いついたことはメモっとこう。まあメモったこと自体を忘れることもあるけどねアッハハハ!
ひととおり書き終わったメモ帳を閉じ、ごろんと仰向けに寝転べば満天の星空に吸い込まれそうになる。レストレムの現在は夜でございます。星明かりと月明かりもおかげで松明すらない筏の上でも手元を見るのに不便はないな。
しかしまあ地球で見れる星をそのまま映してるらしいけど、こんなたくさんの星なんて見たことねぇや。見えすぎて逆にどれがどの星なのか全然わからん。
そもそも星なんて北極星と北斗七星くらいしか知らないし。星の名前は他のゲームで出てたのをいくつか知ってるけど、それがいつ頃にどのあたりでどういう風に見えるのかは全く知識にない。
「あっ、流れ星だ」
【『星見』スキルが解放されました。『方角知覚』を習得しました】
流れ星を見たのと同時にメッセージが視界の端に出てきた。『星見』?なんだそのスキル、知らないな。
UIからスキルのページを開いて確認してみると解放スキル一覧には『木工Lv.3』『盗みLv.2』『格闘Lv.2』『航海Lv.1』『採取Lv.1』『星見Lv.1』とあった。木材を採取するために木を殴っていたのに採取より格闘の方が高レベルなのはご愛嬌。
ちなみに俺自身のレベルは5です。スキルのレベル総数が一定に達するとプレイヤーのレベルが上がって基礎ステータスも上昇するって仕組みね。だからいろんなスキルに手を出しすぎるとプレイヤーレベルが上限に達した時にスキルが全部中途半端になっちゃうよ、と。
「そんで?星見の詳細説明はーっと」
『星見』
星の動向、瞬き、明暗を読み解き理解することで大いなる知恵と力を得るスキル。一部を除き日中や星が見えない状況では効果を発揮しない。
運命に干渉することも、星座の化身たる召喚獣を呼び出すことも可能とするが、習熟には高度な天文学と魔法の知識が必要となる。
各地の天文台で教えを請うことができれば、その真髄を身につけることができるかも知れない。
ほえー、なんかスゴそうなスキル。でも解放されたばっかりだとどっちが北かとか方角が分かるようになるだけか。
「まあたまたま流れ星を見ただけでトンデモ魔法が使えるようになったら苦労しないよな。方角が分かるのは筏ライフだと便利だし、良い拾いもんしたくらいに思っとこ」
マップを見れば現在位置は分かるんだけど、いちいちマップを出すのめんどいし。筏が進む方角を目的地にキッチリ合わしとけば帆をいじって微調整する回数も減るってもんよ。
思いがけなく使えるスキルを貰っちゃったな。やっぱ俺ってば神に愛されてるわ。もしくは筏が神に愛されてる。
でも星見じゃなくてもいいから魔法は使いたいな。せっかくファンタジーなゲームをやってるんだし、それに筏っていう狭い足場の上でモンスターと戦うなら、木の伐採で鍛えた拳と手作りオールがあるとはいえリーチの長い攻撃方法も欲しい。物理が効かない敵も出るかも知んないし。
「そういやそろそろモンスターが出てくる海域に入ったかな?」
マップを開いて現在地を確認すると、ちょうど攻略サイトで調べたエリアに入ったところだった。要するに安心安全初心者ゾーン、言い換えると刺激も旨味もほとんどない場所を抜けたんだな。
ビ・ギンからしばらくのところまではモンスターの出現率が抑えられていて、海にいたってはエンカウント率ゼロ。俺が見たモンスターは木をへし折ってるときにたまに出てくるスライムと、俺の膝くらいまであるデカいウサギだけだったなぁ。そのくせ雷雨や嵐は普通に起こるのはなんとかならんのか。
つまりアレだ、始まりの町にいつまでも留まられるとプレイヤーたちでビ・ギンが溢れちゃうからとっとと散らばってどっか行けってことだろ。
「スライムもウサギもこっちから手を出すまで敵対しないのがよかった。おかげで毎回先制攻撃できて楽に……あん?」
スライムをサッカーボールみたいに蹴ったら飛んでいかずに弾けちゃったのを思い出してると、筏の端の方で微かに音がする。ミシ……ミシ……みたいな。
武器としてオールをひっ掴み、音の鳴る方に近寄って筏の縁をジーッと眼でなぞっていくと……いた。
大きさは俺の腕くらい、ガバッと開かれている顎には鋭そうな牙がビッシリ。そんな魚が筏二号に食らいついていた。
「てめぇ、俺の子どもといっても過言じゃない筏二号をご賞味なさるたぁ良い度胸だ……食らえ、怒りのオールチョップ!!」
2メートル弱のオールを勢いよく思いっきり魚に叩きつける。普通の魚ならペッチャンコの魚だったものになるところだが、そうはHPというゲームシステムが卸さない。
シャギャァ!みたいな声を上げてHPゲージを1/4くらい減らしたモンスター魚、略してモン魚がビチビチ跳ねながら筏の上に躍り出た。
「ほう、敢えて水から上がるとはやりおるな。ならば俺も全力で相手しよう、容赦はせんぞ……元からする気もねぇけどなぁ!」
取り回しを良くするためにオールの真ん中を持ってドッコンバッコンとモン魚をタコ殴りにタコ殴る。ハッ、おとなしく海の中にいれば逃げれたものを。わざわざまな板の上に料理されにくるなんてドMなのか、おぉん?
「シャァギィ!」
「バカが、絶好球なんだよぉ!」
モン魚が全身の力で跳ねて飛びかかって来たのをオールの水を掻く平たい部分でジャストミート。どうせそんな攻撃しかできないだろうと思ってたよ俺は。
カッキーン!ではなくドグシャァ……みたいな音を出し力尽きたモン魚は光になって消えた。そして俺の足元にはなぜか丁寧に大きな葉っぱに包まれた【魚肉(3)】というドロップアイテムが。
「そりゃ切り身を直接落とされても困るんだけどさ、こう、なんだろうなぁ……まあいいや、葉っぱは神様からのサービス品ってことで」
よくよく考えたらグチャグチャになっただろう魚をキレイに整えた上で捌いて切り身にしてくれたんだから、これはもうスーパーの鮮魚コーナーの人以上のサービス精神だと言わざるを得ない。
レストレムの神様はサービス精神旺盛なんだな、素晴らしい。だったら勝利の喜びと神への感謝を兼ねていっちょ舞うか!
「あソレソレソレソレ!ソレソレソレソレ!ソレソレソレソレぇぇぇぇ、フッフー!!YO、マジ感謝、今日も生きてる!昨日の俺よ、よくやった!フゥー!!」
俺の知ってる中でもやり過ぎなくらい自分を褒め讃える自己肯定感をむやみにアゲてくれる曲。それを月と星に見守られながら踊ると思ってたよりテンション上がるなぁ~!
「あソイヤソイヤソイヤソイヤ!ソイヤソイヤソイヤソイヤ!ソイヤソイヤソイヤソイヤぁぁぁぁ、ウェーイ!!OH、マジ最高、俺の人生!波乱万丈も乗りこなすぜ!イェーッ!!」
月明かりをスポットライト、星々をオーディエンスに誰に憚ることなく気の済むまで歌い踊る。いい、最高に非現実してるよ今の俺!
何でもできるゲームなんだから、モンスター倒してアイテム売ってまたモンスター倒して……それだけじゃあもったいないだろ。
木を拳で折って、布を盗んで、魔力で動く道具でパーツを作って、筏を組み立てて。
友達を作って、海に出て、歌って踊って、星を眺めて、モンスター倒して、また歌って踊る。
楽しいなぁ、楽しいぜ。それにこれからもっともっと楽しくなるんだろうな。行こう筏、この世界を楽しみ尽くすぞ!
『星見』の発生条件は流れ星を観測すること。なのでスキルレベルの配分に余裕がないビルドをしてるプレイヤーはおちおち夜空を見上げることもできないという。