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何でもできるが売りのゲームで筏を組んで海に出た  作者: 赤鯨
嵐にもめげぬマイソウル
3/18

よろしく二号。そして友達

もうすぐ解放の日(休暇)が近いので更新です。

「アイアム一文無し・無し~♪着の身着のまま筏を作るぜ~♪Fooo(フゥゥー)↑↑」


作業場に戻り、ご機嫌に歌いながらチクチクと布を縫い合わせる。レシピ帖経由で布を作ると大きさの微調整ができないし、糸も針もすぐ無くなっちゃうからここは手作業でやる。


しかし漫画の主人公はよく「何も持っていないお前にはわかるまい!」とか「護るべきものがあるから強くなれるんだ!」とかいうけど、失う物が何もないのはそれはそれで楽しいし強くなれると俺は思う。


ちなみにこの作業場、基本的にプレイヤーごとに別空間になってるから大声で歌っても問題ない。そうじゃないと作業場がプレイヤーで溢れかえっちゃうもんな。


そんな感じでしばらく熱唱しつつ布を繕い、出来上がった大きな帆布と丸太を組み合わせて一本の帆が完成した。


「さーって、木材もできたし帆もオールも収納箱もできた!よっしゃ、筏二号組み立てっぞー!」


筏みたいなインベントリに入れられない大きい物はスペースの限られる作業場では作れない。十分な広さがある場所か屋外に出ないとビルドモードが使えないんだ。


もうすぐまた海に出られることに心を弾ませると足取りも弾む。鼻歌を歌いながら軽くスキップすればもはやこの世の道は全て俺のために敷かれているんじゃないかと思うくらいだ。まあこれから道無き海の上を行くんだけどな!


ビ・ギン近く、嵐にやられた俺が流れ着いた海岸の一部をお借りしていざ筏組み。一号は中央がぽっかり空いた口の字型で後側に帆をぶっ刺しただけだったけど、二号は板と釘もふんだんにあるから全面板張りにしてみよう。


というわけで早速ビルドモードを起動。そうしたら『これをここに置きたいなぁ』と思ったところにインベントリから直接バシィっと素材が配置されるのだ。超能力で積み木やってる感じといえばわかるかな?俺はわからない。感覚でやってるし。


ビルドモードを使って丸太を組んで骨組みを作り、その骨組みにロープでまた丸太を縛って並べる。さらにその上から板を釘で打ちつければ……ほら4メートル四方の床のような筏ができた。


そのままだと筏というか壊れたログハウスの一部みたいな感じがするけど、中央にマストをぶっ刺して帆を畳んだり向きを変えたりするためのロープを取り付けたら立派な筏の完成だ。あとは適当に収納箱や樽を置くだけでいい。


「あのー、それ、何を作ってるんですか?」


我ながら良い出来だと自画自賛していると、後ろから控えめな声で話しかけられた。振り返って見ると女の子が物珍しそうに俺と二号を見ている。


「筏さ、見てわかんないかな。あ、そうか。余りにも素晴らしい出来でただの筏だとは思えなかったのか、これは失敬失敬!あなたの常識の中にある筏を超えた筏を作ってしまい申し訳ない!で、あんた誰?俺はリュージ」


「は、はぁ……あ、名前ですね。えーっと、ゆり……じゃなくて、ユゥリ、です」


アバターの見た目は俺と同じかちょい下くらいで、声はちょっと高いけどキンキンするような感じでもない。もみあげは長いけど後ろ髪は短めな金髪に近いベージュの髪。


ヘアスタイルを除けば同じ学年に2、3人は似たような子がいるような気がする。そんな感じの顔。俺も人の顔をどうこう言えるようなイケメンじゃないけど。


「ユゥリは俺に何か用?」


「いや、本当に何してるのかなーって思っただけなので……でもなんでまた筏を?」


「海に出て冒険したいから。そういう映画を観てさ。ちょっと雑に作った一号は嵐に呑まれて海の藻屑になっちゃったけど、二号(こいつ)で再チャレンジするんだ」


二号は釘を使って板張りにしたおかげか耐久値が一号よりも格段に上昇してる。さすがにまだ嵐を正面突破はできないだろうけど、頼もしい相棒には違いない。


「なんかカッコいいですね……あの、リュージさんの絵を描かせてもらってもいいですか?私、このゲームで旅しながら絵を描こうと思ってて」


スケッチブックと鉛筆を取り出して照れながら笑うユゥリ。やりたいこと、好きなことを照れる必要なんてない。けど、ユゥリはきっと勇気を出して聞いてくれたんだな。


「いいよいいよ、全然いいよ!思う存分描いてくれ、どんなポーズがいい?オール持った方がいいか?筏は海に浮かべる?」


「あ、じゃあ今から出発!みたいな感じで半分海半分浜でお願いします。それでリュージさんは筏に乗ってもらって、オールで砂浜を突いて離れようとする……ああ、そうそうそう、いいですね。目線は水平線の方で、はいそうです。そのままちょっと2時間くらい待ってもらっていいですか?」


「大人しそうだと思ったら、ユゥリけっこうムチャ言うねぇ!でも俺は応えちゃう!描き終わったら絵を写真に撮らせてくれる?」


「いいですよ、だから黙って。できるだけ動かないで」


声のトーンがガチのそれだった。こういう自分の世界に没頭してる人の邪魔をするのはいけない、冗談半分にプラモデル作ってる兄貴の邪魔してたらシバかれたことあるからね。リュージは失敗から学ぶ男なのだ。


それにしても今の体がゲームアバターでよかった。我がリアルボディだともうオールを持つ手がプルプルしてるだろう。


出来上がりがどうなるのかを楽しみにしながら、俺は不自然に疲れない体に感謝を捧げつつ暇つぶしに好きな歌を脳内再生するのであった。



「…………はい、できました!もう動いてもらっていいですよ、リュージさん」


途中からあえてうろ覚えの曲を脳内再生してた結果、あれ?ここの歌詞どうだったっけ?と10分くらい悩んでたところで終了のお知らせがきた。


「マジで?見せて見せて!」


「上手く描けたと思うんですけど、どうでしょうか」


手渡されたスケッチブックには、砂浜から冒険を始めようとする俺と筏二号の勇ましい姿が白黒の鉛筆画で描かれていた。


鉛筆一本、白と黒の濃淡だけで描かれたその絵には色が無くても、いや、色が無いからこその迫力がある。


砂浜に寄せる波も、その波を砕き今にも滑り出そうとする筏も、帆が落とす影も、オールを持って不敵に笑いながら海に視線をやる俺の表情も。


そのすべてをユゥリは色ではなく鉛筆に込める力や線の密度、タッチの仕方で表現したのか。アバターの外見を信じるなら、自分と大して歳も違わないようなこの女の子が。いや、歳なんて関係ねぇ!


「スゲェ……俺、そんなに頭よくないからどんな言葉を使えばこの感動を伝えることができるのかわからねぇよ。バカ丸出しの感想で悪いんだけどさ、スゲェなユゥリ!」


まさか自分の感情を言葉にできないなんて、もうちょっと国語の勉強をしとけばよかった。今からでも紫式部と清少納言に弟子入りしたいくらいだ。


「そんな、大げさですよ。リュージさんが本当に動かずポーズをとってくれたおかげですし、ゲームの鉛筆だから芯のすり減りとか考えなくてよかったし……」


「いーや、そんなことはない!この絵はユゥリがスゲェから描けたんだ。もちろん俺と筏二号がモデルとして良かったってのもあるけど!でもたとえ俺が2人いても、俺じゃこの絵は描けない。つまりユゥリは俺よりスゲェ、だから俺は誰がなんと言おうが全力でユゥリのことをスゲェって言うんだ。な!」


そりゃ世界にはユゥリより上手い絵を描く人がいっぱいいるんだろう。でもだからといってユゥリがスゴくないということにはならない。


少なくとも俺はユゥリをスゴいと思う。その気持ちに嘘偽りは一切無い。亡き筏一号に誓ってもいい。


「リュージさんも……スゴい人ですよ。テンションは少しアレですけど、こんな全肯定して褒めてくれる人は初めてで……親でもここまで褒めてくれません」


「おう、『お前スゲェな』ってよく言われるよ。まあ大概ドン引きされてるか指さされて笑われてるかだけど」


「そうなんですか?でも私はリュージさんのことを本当にスゴいと思います。リュージさんが私のことをスゴいと言ってくれたように、誰がなんと言おうとそう思います」


一緒ですね、とユゥリが言い。

一緒だな、と俺も頷いた。


「そうだな。俺たちはスゴいんだ!」


「そうです。私たちはスゴいんです!」


俺たちは声を上げて笑った。始まりの町のすぐ近くにある海岸で、何の遠慮もなく大いに笑った。


お互いにスゴいと言い合える相手がいるのなら、きっと自分は本当にスゴいのだ。俺がスゴいと思う相手(ユゥリ)が、俺のこともそうだ(スゴい)と言ってくれるのだから。


普段から俺は俺のやることを恥じたことなんてないけれど、今はもっと大きな自信が湧いてくる。その心地よさに笑いが止まらなかった。ユゥリと出会えたことは本当に幸運だ。


でも、出会いがあれば別れもある。使われすぎて擦り切れた言葉だけど、それはつまり真実だということだ。


「リュージさん、おかげで良い絵が描けました。筏が完成して出発間近だったのに引き留めちゃってごめんなさい」


「俺こそおかげで良い絵が見れたよ。なぁ、フレンド登録してくれるか?また他の絵が描けたら見せて欲しいんだ」


「もちろんです。海の絵が描きたくなった時には筏に乗せてくださいね」


「おう、頑張って絵が描きやすい居心地のいい筏に改造するよ」


UIからフレンド機能を選択し、ちょっとした操作をすることで俺とユゥリはフレンドになった。


こんなことをしなくても俺はユゥリを友達だと思ってるけど、登録したらメールや通話ができて連絡が便利になるからな。ついでに絵も写真機能で撮らせてもらった。大事に保存しよう。


「じゃあまた。どこかで会おうな」


「はい、楽しみにしてます」


俺はオールを漕いで海に筏を滑らし、ユゥリは砂浜から道に戻り歩いていく。


次に会う時にはどんな絵をどれだけ見れるだろう、楽しみで仕方ないな。オールを握る手に自然と力が入っちゃうぜ。

ユゥリは美術系の学校を目指してる高校一年生です。進路を決めるにはまだ早いよと、遠回しに美術系はやめろと言ってくる両親に辟易してたりするかも知れません。

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― 新着の感想 ―
[一言] うろ覚えの歌ってどう頑張っても自力じゃ思い出せないですよね……そして思い出そうとしてる間にサビとかがループして他も全部忘れたりする。 自他ともに全肯定出来る人間は身近に一人いるだけでメンタ…
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