人間が持つ最高の道具は己の手
今日は二話投稿の気分なので更新です
目的の林までは何事もなく着いた。盗品もインベントリに入れておけば衛兵は分からないし、何かの拍子でバレたところで空の木箱や樽なら罰金もたかが知れている。
それより木だよ木。序盤で手に入る木だから質的には大したことはないんだけど、そんなこたぁどうだっていい。後々に良い物が手に入ったら作り直しゃいいんだから。
というわけで伐採開始!斧なんてないから使えるのは己の肉体のみという男の伐採方法だぜ!
斧ってどこで売ってるんだろうな?ビ・ギンの雑貨屋にもなかったし、鍛冶屋のオッサンは武器と防具しか売ってなかったし。木は殴ってたら折れるからいいんだけど。
「セイヤ、セイヤッ!セイヤ、セイヤッ!!」
空手なんて習ったこと無いが自分が思う正拳突きを一発一発かけ声とともに木へとぶつける。筏一号を作るときに淡々と殴り続けてたら心がおかしくなりそうだったから、こういうのは面白おかしく賑やかにやんないと。
それに木を殴ってると地味に格闘スキルが上がるんだよね。だからこれも修行の一端と思えばちょっと楽しくなってくる。
たまにすれ違うプレイヤーが俺の方を不思議そうに見てきたりするので、そんな時はニカッと笑って元気よく挨拶をする。もちろん正拳突きは止めない。そうしたらなぜかだいたいの人は曖昧な笑みを浮かべてどこかに行ってしまうので少しさびしい。
一人だけ俺のマネをして一緒に木を殴り、一本へし折っていった人がいた。その時の一体感?連帯感?はスゴくよかったので固く握手してから笑顔で別れたよ。
一本の木を殴り折ると直径50センチ、長さ2メートルくらいの丸太がランダムで2、3本手に入る。多分もっと長い木を折ったら一度に手に入る量は増えるはず。
んでスタンダードな丸太を床状に並べるタイプの筏を作ろうとすると、俺が寝っ転がったり帆を立てたり物を置いたりするすスペースが要るので縦横4メートルは欲しい。丸太の上に板を張ったりする事を考えると結構な数がいる。
だからとにかく殴るべし殴るべし。衝撃はあるけど拳が痛くなったりしないし、遠慮なく殴れ殴れ。たまにスライムとかも出てくるけどついでにそいつも殴れ蹴れ。
「セイヤッ!ハァッ!!……よし、目標の丸太40本ゲット。こんだけあれば筏作って帆を作って、オール作ってもまだ余るだろ」
インベントリもカツカツとまではいかないまでも、これから作る物や用意する物を考えると少し心もとない。多分このゲームで一番プレイヤーを悩ませるのはインベントリ枠だと思う。
材料が手に入ったら今度は製作だ。簡単なものや耐久値の回復ならフィールドでもできるけど、ある程度以上の製作になってくると工具や作業場が要る。もちろん金欠の俺は道具も、ましてや個人の作業場なんて持ってないからビ・ギンで借りなきゃいけない。
「ちゃーっす。おっちゃん、作業場借りるね!」
「おう、好きにせい」
ビ・ギンにある木工所の作業場を借りるため、NPCのおっちゃんに一声かけておく。普通に考えたら当たり前なんだけど、黙って勝手に作業場を使ってたら泥棒扱いされるんだわ。された。工具でボコボコにされて衛兵に突き出されてなぁ、だから金欠なんだよな。
ノコギリ、トンカチ、定規……いろんな工具や道具が置かれている作業台の上に一冊のノートも添えられている。
レストレムのクラフトは完全に一から百まで手作りってわけじゃない。完全な手作りもできるにはできるけど、そんなの強要されたら俺は綺麗な板一枚作る前にこのゲームを辞めるね。
「さてと、まずは板でも作りますかね」
作業台の上に置かれているノートをめくると、見開きの左側に作れる物の名前と必要な素材が書かれている。そこにある『木の板』をタップすれば、見開きの右側に『何個作るのか』『必要な素材数』『質の良い物ができる可能性』が表示された。
こんな風にある程度の物ならこのノート、いわゆる『レシピ帖』をちょいちょい弄ればあっという間に指定個数が作られるし、俺が作ろうとしている筏みたいな大きなものはビルドモードなるシステムを使えば釘なんか無しに素材をペタペタ貼り合わせていくだけでも作れる。
それでもちゃんと骨組みを作って要所に釘やロープを使い、適切に横木や柱なんかを入れてやれば耐久力はグンと上がるって寸法よ。
「製作関係のスキルも鍛えられるし、材料調達で格闘と盗みのスキルも上がる。そして冒険のロマンまで追いかけられるなんて、筏作りってスゲェよな」
やってみないと分からない楽しさはある。俺、この間まで海より山派だったもん。でも今は海の方がいい。筏サイコー。嵐はクソ。
板をベベベっと作り、その板と空木箱で収納箱とやらも一つ作っておく。これを筏に備え付ければインベントリを圧迫するアイテムも保管できるから。
「オールは手作りの方がいいかな。丸太と板で作れるやつ、びっくりするくらいダサいし」
丸太を一本取り出して、作業場の隅に鎮座している糸鋸盤のオバケみたいな工具でいい感じの棒状に加工する。この糸鋸盤は電動ではなく魔動、要するに魔力で動くので使うとMPを消費する。大した消費量じゃないけどね。
そして作った棒を魔動鑢で持ちやすいよう角をとり、オールなので水を掻きやすいよう片方の先端は平らにするのも忘れない。
「うん、いいんじゃないか。しかもこれ攻撃力は大したこと無いけど武器にもなるぞ。これなら一号のときにも作ればよかったな」
無計画に飛び出したあのときの俺を反省。でもあのときの俺がいたから今の賢い俺がいるので感謝も忘れない。サンキューあのときの俺!
そして次は帆を作ろうとしたところで重大なことを忘れていたのに気づいた。帆を作るための布が無ぇ。
しょうがない、いったん作業を中断して盗りに行くか。鍵開け(弱)がどれだけのものか試したいし、適当な民家にでもおじゃましてシーツか何か貰うべ。
木工所のおっちゃんNPCにお礼を言って作業場を離れ、どこでもいいとはいえ盗みに入るので多少は人通りの少ない方へ。
適当に並んでいる家の一つに目をつけ、堂々と玄関をこじ開けるのは衛兵にケンカを売りすぎなので裏手に回る。
そしたらなんと都合よく勝手口があるじゃないか。もはやこれは鍵開けチュートリアルのために作られた家に違いない。
「あれ、そういえばどうやって開けるんだろ?針金とか要るのかな?」
目の前の勝手口は多分かんぬきか打掛錠ぽい。いや構造がわかったところでどうしようもないんだけど?鍵開けさーん?
とりあえず揺すったり叩いたりしても鍵は開きそうにない。壊せるものならダメージを与えれば耐久値のゲージが見えるはずだから、叩いても何もでないこの勝手口は少なくとも今の俺では壊せないみたいだ。やっぱり道具が要るのか?
まあできないものはしょうがないので一号を作った時と同じ様に道すがらその辺の洗濯物なり何なりを貰い、雑貨屋で針と糸をなけなしの金で買おう。
「すいませーん、針と糸くーださい!」
「針は1つ5G、糸は白しかないし1束10Gだよ」
「それじゃまずスライムの素材を売って……お、針と糸を3つずつ買ったらちょうど所持金ゼロだな。あっははは、じゃあ3つずつちょうだい!」
これにて晴れて一文無し、ゲーム開始から金策せずに筏作りに突っ走ってたから当然っちゃ当然か。お金が必要になったら適当にモンスターをシバいて素材を売ったらお金が入るんだから何も困らないけど。
鍛冶屋には武器防具を売る親方と、その横で鋏とか包丁とか斧(武器じゃない)とかを売る弟子がいます。鍛冶屋=オッサンのイメージがあったリュージは親方にだけ話しかけてたんですね。
ちなみに同じ勘違いしてるプレイヤーもいますが、彼らは初期装備の剣で木を切ってます。拳で殴るか普通?