針の無い羅針盤の導く先は
楽しい時間が経つのは早いもので、どんぶらこ、どんぶらこと俺たち四人を乗せて筏は川を下り海へと出た。
その間に催されていた【針なし羅針盤】の結成パーティーではメンバーの演奏のもとリーダーである俺のポージングショーをしたり、リンドーがハンググライダーの研究中に発見したレストレム世界でだけバカみたいに飛ぶ紙飛行機を披露したり、ジェーンが簡単な手品を見せてくれたりとなかなかの盛り上がりだったぞ。
「わ、私も何か宴会芸を覚えてきますね!」
「んー?俺たちは好きでやってるだけだから無理しなくてもいいよ。手拍子でもしてくれたら俺がそのぶん踊るからさ」
「そーそー、それにユゥリはオレたちにゃマネできないレベルの絵を描けるっていう特技があるんだからよ。こーゆーのはオレらに任せといてもいいんだよ。でも拍手と笑顔はお願いな?」
楽しいことに一生懸命になるのはいいけど、無理をするのだけはダメだ。人間は無理をするといつかどこかで絶対に壊れる。そうしたらもう楽しむとかそんな話じゃなくなっちゃう。
やりたいならやればいい。だけど少なくとも俺は見て笑ってくれるだけでも充分なんだ。それを忘れないで欲しい。
「宴会芸はおいといて、これからどうするの?お互いに好きなことをやって気が向けば手伝ったりするのがクランの方針なのはいいんだけどさ。でもとりあえずの目標みたいなのはあってもいいと思うんだ」
真面目なジェーンの提案に俺たちはふむと考えた。本当に好き勝手バラバラにやるんならクランの意味ないし、その意見は的を射ている。だから一人一つ案を出すことにした。
「そーだな……好きなことやるにも強くなきゃならねぇし、オレはメンバーのレベル上げがいいと思うぜ。ひとまずレベル35くらいを目途にしよう、それぐらいなら上位職業にもつけるはずだ」
「いきなりだけどボクはメンバーを増やしたいかな。できるだけ普通の、一般的な、常識を持った人がいい」
「私はクラン本拠地のデザインをします。何度もお引越しすること前提で、それでも皆さんが好きなことをのんびりできるようなのを作りたいですね」
「筏をでっかく、立派にしよう!!」
強敵を求めてさすらうにしろメンバーが増えるにしろ、筏二号じゃ居住性も耐久性も心もとない。最低限でも帆とダンスステージは欲しい!
お互いの意見を出し合い、それぞれがそれぞれに納得できるところがある。じゃあどれから手を付けるべきなのか、優先順位をつけるのはリンドーとジェーンに任せた。ユゥリもそれでいいらしい。
俺はリーダーだけど難しいことを考えるのには向いてない。俺の仕事はみんながやりたいことに対していいね!と背中を押すことと見つけたり。最終的に意見が割れた時には俺が独断と偏見で選んでいいという権利ももらったしな!
うむうむと頷いているうちに我らが頭脳である二人はちゃっちゃと話をまとめた様で、リンドーがパンパンと手を打って俺たちの注目を集めた。
「じゃあ当面はレベルを上げつつ行動範囲を広げることとする。現状メンバーのレベルがリュージ20、ユゥリ19、ジェーン22、オレ25。踊りとか盗みとかそれぞれの職業にあわせたスキル上げは個々でやってもらうとしても戦闘関係のスキルはみんなでパーティ組んでやった方が絶対に効率がいい」
「それとメンバーの勧誘は好きにやっていいけど、加入前に少なくとも一度はリュージと会うこと。まあ、これのテンションについていけないとこのクランでやっていけないからね……」
妥当な方針だと思う、メンバーの増員は特に。世の中には静かな方がいい人や一人だからこそ燃える人もいる。クランの空気に合わない人が入っても辛いだけだろうし、最初の時点でミスマッチを避けれるならそれがいい。
本拠地についてはもう少し進んだところにお試しで作ってみようということになった。リンドー曰くファーファンからは東に行くか北に行くかみたいな感じになるそうだけど、俺たちはこのまま東に向かって海沿いに進む。そんでいい感じの岸に拠点を作る、と。
「筏の改造は……個人的には勝手にやれば?って感じなんだけど、まあいちおうクランリーダーの命令だからレベル上げの時に素材集めも兼ねちゃおう。真面目に考えると金属加工ができるメンバーが欲しいね」
「オレは革や木なんかの軽工業ならそこそこなんだがな。リュージもそうだろ?」
「うん、俺も木工系しかない」
針金を曲げたり鉄板を切り貼りするぐらいならともかく、本格的な金属加工をするには鍛冶屋系列のジョブに就かないといけないという。メンバーが4人いるんだから誰かがやればいい話なんだけど、取得できるスキルに上限があるゲームシステム的にも興味ないスキルでレベルを上げちゃうのは嫌だよな。
「レベルも資材も人材も足りないものだらけだけどよ、そーゆー課題をクリアしていくのもオレは楽しいと思うぜ。ま、少しずつやっていこうや」
「リンドーの言うとおりだね。じゃあそろそろいい時間だしログアウトしようかな。リュージ、筏を岸に寄せてくれる?」
「あいよ了解」
海の上でログアウトした場合、次のログイン時の場所は筏や船の持ち主以外は一番近い陸地か、あまりにも陸地が遠い場合は最後に立ち寄った町になるそうな。
だけど自分が最後にみた風景とログイン場所が違うと混乱するからね。できるならちゃんと上陸してからログアウトした方がいい。
「じゃ、そんな感じでヨロシクな」
「何かあったらUIのクランページにメッセージを入れて連絡を取ろうね」
「はい。それではみなさん、また」
適当な岸につけ、降りていく皆を筏の上から見送る。そして最後にリーダーとしての締めの一言。
「よーし、今日のところは【針なし羅針盤】解散!」
俺の号令にみんなはそれぞれ手を振ったりお辞儀をしたりしながらログアウトしていった。
俺しかいないから静かなのは当たり前なんだけど、それにしてもさっきまでとは打って変わって波が筏にぶつかりチャプチャプいってる音がやたらと大きく聞こえる。
「考えることもやることもいっぱいだなぁ。でも楽しかったし、これからはもっと楽しくなりそうだ」
みんなで楽しんで、強くなって、筏も大きくして。そしてそのうち俺は水平線の先に漕ぎ出してあの憎き嵐をも乗り越えてみせる。
「儚く散った一号と俺の無念、忘れてないからな。いつかいくぞ、みんなでワイワイ騒ぎながらよ!」
決意を新たに俺もログアウト。そろそろ晩飯の時間だからいつまでもゲームしてたら母ちゃんにシバかれちゃう。母ちゃんのゲンコツとビンタは身体の芯に響く。思い出しただけで震えそうだ、早く帰ろっと。
そうして俺たちはいわゆる修行期間に入った。
だいたい一週間くらいみんなでレベル上げをしたりあちこち走り回ってマップを埋めたり集めた素材で筏を強化したり、個人ではあらゆる場所で踊り狂いスキルアップしたり上位職業の情報を集めたりと大忙し。
だけどその間、俺たち【針なし羅針盤】はみんな笑っていた。
時には筏の改造案で意見が割れたり、入団希望者がお試し期間だけで去っていくのにジェーンが遠い眼をしたりしてたけど、おおむね誰も彼もが楽しそうに笑っていたとリーダーのリュージ君はここに断言します。
さあ、針の無い羅針盤が次に示す俺たちの行き先はどこになるんだろう?楽しみでしかたないな!
リュージのテンションについて行ける人は貴重です。アレについて行ける以上、はたから見たらジェーンも大概変人です。