結成!【針なし羅針盤】!!
「できました!こんな感じでどうでしょうか?」
リンドーとジェーンの話し合いが一段落したあたりでユゥリが描き終えたクランシンボルの下書きを見せてくれた。
下書きといってもちゃんと着色までされたそれは方位記号をバックに針のない羅針盤が描かれたもの。そしてご丁寧に方位記号と羅針盤の北があからさまにズレて描かれている。
「コレを今さっきで描いたのか?スゲェなユゥリ。オレは文句なしだわ」
「ボクもいいと思うよ。で、リーダーさんは?」
いいに決まってんだろうよ!っと、待て待て待て。ジェーンを貶すつもりはまったくこれっぽっちもないけれど、ユゥリの働きに対して『いい』だけで終わらすのか?この俺が?
ありえないな、そんなことは!この魂の一枚が俺からの『いい』だけで足りる作品だなんてことは断じて否!でも俺の語彙力ではなぁ!!
「ん~~~~~、ユゥリの傑作を讃えるために国語辞典を開きたい!ダメだ、こういうときにバカだと言葉が出てこない!すまんユゥリ、国語45点の俺を許してくれ!」
「思ってたより成績悪くないじゃん、進級の度に土下座行脚してるタイプだとばかり」
「大丈夫ですよリュージさん。リュージさんの熱い想いは伝わって来てますから。ありがとうございます」
なるほどそうだ、俺たちの間に言葉など不要!気持ちを伝える方法が言葉だけだと誰が言った?
よし、それなら今の俺が持つ感情を純粋に爆発させればいいってわけだ!それなら任せろー!!
「この舞いをユゥリに捧げよう……!」
「捧げなくていいから冒険者ギルドにクランの結成申請しに行くよ」
「やだ!捧げさせて!お願い、俺の感情の発露を妨げないで!呼吸を止めたら死んじゃうだろ!?」
人間ってここまで嫌そうな顔できるんだと感心するほどに顔をしかめたジェーンが右拳を握り締めたが俺は止まらねぇからよ!俺が俺であるためにもここは譲れないんだ!
「じゃあ間を取って踊りながら行くか。ミュージックはオレに任せな」
スチャッとインベントリからボンゴを取り出しヒモで首にかけたリンドーが頼もしい笑顔でサムズアップした。なるほどその手があったか、これぞ一挙両得ってやつだな。
「よし、【針なし羅針盤】最初の共同作業は踊りながら結成申請しにいくに決定!いこうみんな、さぁ音を鳴らせリンドー!」
「よしきたリーダー!」
ドン、ドン、ドンドコドッド!
ドン、ドン、ドンドコドッド!
「本気でやるの!?ちょっと待って、一緒に止めようユゥリちゃん!」
「えっと音が鳴るもの……鈴しかありませんけどいいですか?」
「君もか!君もそっちなのか!嘘でしょこの状況でボクの反応がマイノリティなの!?」
いいねぇ、さすがは我が友ユゥリ!君に捧げる舞いとはいえ、共に踊ったらダメなんて決まりはないもんなぁ!
「ヘイヘイジェーンちゃんノれてないんじゃないの~?テンションアゲていこうぜ、Put your hands up!Say!!」
「えーいやかましい!踊らせようとするな!優しい手つきでリードしようとするなぁ!!」
「ならオレの楽器を貸してやるよ、こんなこともあろうかと幾つか用意してたんだ。ほらどれがいい?カスタネットか?タンバリンか?変わったところだとギロなんてのもあるぜ」
「あっじゃあタンバリンを……じゃなくて!なにその小学校の音楽室みたいなラインナップのインベントリは!?」
ギャーギャーワーワー騒ぎながら、それでも俺たちは楽しみながらファーファンの冒険者ギルドへと踊り歩いた。
ヤケクソになったジェーンのタンバリン演奏はなかなか真に迫っていて、闘争本能というかそういうものを刺激する音だったな。こんな才能を持っていたとは、ますます手放せない人材だぜ。
「クランの結成申請窓口はどこだぁ!?」
「こ、こちらです、どうぞ!」
「クランの名前は【針なし羅針盤】、リーダーはこいつ!シンボルは……ユゥリちゃん描いてホラ早く!それでこれが手数料500G!早く受け取って、そして一秒でも早く承認しろぉ!」
冒険者ギルドに着くなりズカズカと踏み入り、気が弱そうな受付のお姉さんに早口でまくし立てるジェーン。その迫力たるや鬼気迫るという表現がぴったりだ。
「ジェーンはなんであんなイライラしてるんだろうな?」
「さぁな。カルシウム不足なんじゃね?」
「ゲームのやりすぎは体だけじゃなくて精神にも影響があるって言いますもんね。私たちも気をつけないと」
「聞こえてるぞそこぉ!」
なんてやりとりの末に無事【針なし羅針盤】は結成を承認してもらった。UIを開けば今まで見ることのできなかった『クラン』のデータが見れるようになっているし、ステータス欄にも『所属:針なし羅針盤』の文字が光っている。
嬉しい。なんか分からないけどものすごく嬉しい。ずっとステータス欄を眺め続けていられそうだ。
でもそんな思いはジェーンに腕を引っ張られることで途切れさせられた。
「いつまでそんなの見てるの、早くファーファンから出なきゃ。ほら行くよ!」
「みんなで冒険したい気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着けよ。もう少しくらい噛みしめててもいいだろ?」
「よくない!あんなドンチャン騒ぎしながら町を練り歩いたせいで目立っちゃってるんだよ、結成してまだ5分も経ってないのにもう変人クラン扱いじゃないかぁ!」
なんと、俺たちのことを遠巻きに見てる野次馬が多いと思ったらそういうことか。俺はてっきり入団希望者か俺たちの踊りに魅せられたファンたちだとばかり。
しっかし、こういう人たちって遠巻きに見て何がしたいんだろうな?邪魔なら邪魔、何かを期待してるなら何をして欲しいのか、ちゃんと言ってもらわないとわかんないんだけど。さすがの俺も人の心が読めるエスパーじゃないし。
「だそうだ、リンドー、ユゥリ。ジェーンは怪盗だからな、こんな所で目立つのは信条に背くらしい」
「それは確かにダメですね。どこか落ち着ける所に行かないと」
「そうと決まりゃとっととトンズラだな。とりあえず走るか、ついてきてくれ」
「よーし、【針なし羅針盤】撤収!」
だっ!っと走り出し冒険者ギルドを飛び出たリンドーの後にユゥリが続く。さて俺もと駆けだしたところで言い出しっぺのジェーンがなぜかもたついているのでその手を引いてあげた。俺ってば超紳士。
「走れ走れ、リンドーたちに置いてかれちゃうぞ」
「君たちはホントに、急にみんなで動き出すんだから……!早くもう一人くらい常識人を加入させないとボク過労死しちゃいそう!」
俺の手を振り払って自分で走り出すジェーンがわめいている。常識人ねぇ、普通の常識人なら犯罪行為でレベルが上がる怪盗の道は選ばないと思うんだけど。
まあそんなのどうでもいいか。常識や考え方なんて人それぞれだもんな、好きなことを好きなようにやればいいさ!それにしてもファーファンから走って逃げるのは二回目だな!
大通りを駆け抜け門を飛び出て、さらにしばらく東に走ったところで少し大きな川にぶつかった。ちょっと上流の方に行けば橋があるのが見えるけど、何もない川の側にリンドーとユゥリが俺たちを待っていた。
「この辺でいいだろ。何はともあれ、クラン結成おめでとさん!せっかくだからこのままリュージの筏で川から海に出てみようと思うんだが、どうだい?」
「あー、うん、まあクランの本拠地を海沿いに作るなら海から見た方がやりやすいだろうしね。いいんじゃない」
「私、リュージさんの筏に乗るの初めてです。いい絵が描けそうですね」
「オッケー、では出でよ二号!」
インベントリの乗り物枠に格納されている筏を川に呼び出して乗り込む。初めてのユゥリとジェーンがおっかなびっくりだったのがちょっと可愛い。
しかしまあいきなり人数が増えたから4人乗れないこともないけどちょっと狭いな。1人につき2メートル四方のスペースだと、寝転がったりはできてもさすがに激しいダンスはできなさそうだ。
「あれ?リュージさん、帆は無くなったんですか?」
「それオレが原因。ハンググライダーで正面衝突したんだわ」
「避けるんじゃねぇぞぉ!って突っ込んできたんだよな。そんですぐに惚れ惚れするくらい綺麗な土下座で謝罪してくるのは笑ったよ」
筏を岸から離して川の流れに乗せたところでお喋りタイム。いやぁつい先日のことながらすっかりいい思い出だ、もうみんな馴染みすぎて数年来の友達感すらあるからな!
「よくまあそんな出会いで友達になれたねぇ」
「そうかな?同じ屋敷に盗みに入ってばったり出くわしたのがきっかけのジェーンもどっこいどっこいだと思うけど」
「うっ、それを言われるとそうなんだけど……」
図星を突かれて言葉に詰まったジェーン。そしたらリンドーが笑いながらジェーンの肩をポンポンと叩いた。
「ははっ、いいんじゃねーの。オレたちみたいなのがマトモな出会いでつるむようにゃならねーって。ユゥリだって初対面の相手に2時間ポーズ取って動くなっつったらしいしな?」
「あはは……描き出すと止まらなくなっちゃいまして、つい……」
「あっそうだ、俺カッコいいポーズいくつか考えたから見てくれよ!どうこれ?カッコよくない?」
太陽との語らいで編み出した渾身のポーズを初披露。大胸筋を前面に出し、それでいて一本足で立つことで軽やかさを主張した意欲的なポーズだ。
「もうちょっとこの筏も広くしないと、クランメンバーも増やせないなぁ……って何そのポーズ?羽ばたくマッチョ?」
「それいいタイトルですね、それで描きます!」
「あっははは!だってよリュージ、そのまま2時間キープだ!」
「まっかせんしゃーい!カッコよく描いてね!」
こうして悠々と川を流れ下る筏の上で、俺たちは賑やかに過ごした。そうそう、これだよこれ。こういうのもやりたかったんだよ、俺。
実はジェーンは中学生なので現状のコンパスでは最年少です。