口も足も達者です
「ていうかさ、怪盗を名乗る割にはなんか地味じゃね?」
特に何をするわけでもなくただ音を殺して廊下を歩いているだけの状況に素直な疑問をぶつけてみる。わからないことを正直に聞けるのが俺の良いところだ。
「う、うるさいな……そうだよ、まだまだレベルが足りないから派手なことできないんだよ!今は修行中、下積み時代なの!」
「怪盗業界にも下積みがあるのか。わかった、これからは怪盗見習いゴンベちゃんって呼ぶよ」
「日常系4コマギャグマンガのタイトルみたいなあだ名はやめろぉ!!」
うーん、この打てば響くようなキレのいいツッコミ。実に素晴らしい逸材だと思わんかね?学校の同級生はもう俺が何をしても「リュージだからしゃーねぇよ……」しか言わなくなったもん。
まあ無視や無関心ごときで俺を止められると思ったら大間違いだけどな。俺は俺のやりたいことをやってるだけだ、他人の気を引きたいわけじゃない。
「……静かに。寝息が聞こえる。ここ、寝室みたいだから騒がないでね」
「おっ、そうか。じゃあお邪魔しようぜ」
「ねぇ人の話を聞いてた?」
どうしようもないバカを見る目で俺を見つめるジェーン。そう熱い視線を送られたら照れちゃいそうになるけど、ソレはソレとしてバカはお前じゃね?
「寝てる住人の枕元で堂々と盗みを働く。その方がスリルあるじゃん?見つかっても大したことにゃならないゲームの世界で何をビクビクしてんだよ。怪盗ってのはコソ泥じゃないんだろ、派手にいこうぜ派手に!」
現実じゃできないことがお手軽にできるからゲームは面白い。なのに縮こまってお行儀よくしてるだけじゃもったいないだろう。
呆けたように俺を見ていたジェーンはやがてその表情を不敵な笑みへと変えていく。ああ、いい顔だ。俺、そういう顔してる人だぁい好き。
「まさか君みたいなのに気づかされるとはね。いいよ、その挑発に乗ってあげる。そうさ、怪盗に必要なのは冴え渡る頭脳と大胆不敵な度胸、そして盗みを楽しむ遊び心だ!」
言うが早いかサッと針金みたいなピッキングツールを取り出したジェーンが寝室の鍵を呆気ないほど簡単にこじ開ける。自慢するように誇らしげな表情を見せた彼女に俺も満面の笑みを返そうじゃないか。
音を立てないよう慎重かつ大胆に扉を開け、スルリと身を滑り込ませる。シンプルながら金を持ってることが分かる家具の中でも、どうしたって目を引く大きなベッドの上でオッサンが気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「金目の物は多いけど、どうせならびっくりするようなものを盗みたいよね」
「オッサンの服でも剥いでいくか?朝起きて裸だったら絶対に驚くぞ」
「そういうびっくりじゃなくて、うーん……これを盗んできたんだぞ!って自慢できるようなやつ?他の人の度肝を抜けるやつ?みたいな?」
なるほど、だとしたらオッサンの服を剥ぐのは無しか。度肝は抜けるだろうけどただの変態だもんな。なんかキレイなねーちゃんの服を剥ぐよりも変態としてのランクが高い気がするし。
「じゃあオッサン本人を盗んでいく?町中大騒ぎにできると思うぜ」
「それは怪盗じゃなくて人攫いの所業だよねぇ!?」
注文の多いゴンベちゃんだなぁ、人の意見を否定してるだけじゃ何も生み出せないんだぞ?
「それなら……」
「ん、んん……うるさいのぅ」
少々エンジョイしすぎたか、意外と勘のいいオッサンがむくりと上半身を起こして寝ぼけ眼を擦っている。あらやだ大ピンチ。さぁて、どうしよっかなぁ。
「あっ、あばばばば!ど、どうしよう!?か、隠れ、いや逃げっ……」
「面白いくらいうろたえてんねぇ。ま、任せろって」
まだまだ土壇場慣れしてなさそうなジェーンをポイっとドアの方へ追いやり、俺は前に出た。こういう時ってのはなりふり構わず一目散に逃げるかいっそ堂々と開き直るかだ。迷った時点で負けなのよ。
「な、なんだ貴様らは!屋敷の者ではな……」
「ハッピーバースデー旦那様ぁーっ!!我ら旅のサプライズおめでとう団!あなたの良き日を祝わせてもらうべく、幾多の障害もすり抜けここに参上!いやぁ私どもの気配に気づくとはさすがファーファン一の大旦那、憎いねこの色男!いよっ、ミスターレストレム!こちらお祝いの食べかけジャガイモになっております、それではあなたのこれからに幸多からんことを!グッドラック、コングラッチュレーション!!ばっははーい!!」
「お、おお?うん??」
「走れ、今のうちに逃げるぞゴンべちゃん」
「ええ……」
何が起こったのかイマイチ理解できてなさそうなジェーンを小脇に抱えて部屋を出る。そしたらあとは振り返ることなく足を止めることなく走り去るのみ。後ろの方で正気に戻ったっぽいオッサンがなんか叫んでるけどまあもう大丈夫だろ。
廊下を駆け抜け、台所を過ぎ去り、勝手口を蹴り飛ばすように飛び出て勢いのままに塀も乗り越える。
逃亡は初手でどれだけ時間を稼ぎどこまで逃げ切れるかが勝負。どこまでこの件が広まるかはわからないが最悪衛兵が動き出すことを考えるととりあえずいったんファーファンを出た方がよさそうだな。
「ちょ、リュージ、いい加減自分で走るって!」
「ああごめん忘れてた。本気で逃げる時って周りを見なくなるから」
暗闇の町を全力疾走し、気づけば町の門まであと少し。衛兵が常駐している門を女の子担いだまま通るわけにはいかんわな。それこそ人攫い扱いされちまう。さすがにまだ情報は行き届いてないだろうし、何気ないふりをしながらゆっくり通らせてもらうべ。
「あのさぁ、もしかしてさっきの、意味不明なことをまくしたててNPCの会話AIを混乱させたの?」
「あん?まあ、人間って構えてないととりあえず言われたことを理解しようとしちゃうから結構使えるんだよアレ。NPCに効くかはわからなかったから一か八かだったけど」
「普段何をして生きてたらあんなのをよく使うことになるのさ」
「何の変哲もない高校二年生だけど?」
「先生かわいそう……」
いやいや、あの先生は憐れむような相手じゃねぇよ?進級するときに他の先生が俺の担任になるのを真剣に嫌がってる中で嬉々として手を挙げた変人って言われてるらしいし。実際、俺が何かして逃げても俺より足が速いからすぐ捕まえてくるし、終始ニコニコ笑顔だし。母ちゃん以外で命の危機を感じた人間は初めてだった。
でもあの人、嫌いじゃないんだよなぁ。俺がやったことが面白かった時にはちゃんと面白かったって言ってくれるし。まあそれはそれとしてお仕置きしてくるんだけど。でも頭ごなしに否定されるのに比べりゃあね。
っと、喋ってるうちに門を越えたな。東の空がうっすらと明るくなってきてるし、今宵もなかなかいい夜であった。
「この辺でいいか。な、フレンド登録しようぜジェーン!」
「あ、初めてボクの名前をちゃんと呼んだ……はぁ、まぁいいよ。なんだかんだで楽しかったと言えなくもなくもなくもない冒険だったからね。鍵開けが必要になったら呼びなよ、君よりは上手く開けられると思うからさ」
ポチポチとUIを操作してフレンド登録完了。ふはは、鍵開け要員兼ツッコミ役と縁を結べたのは大きいぞ!やっぱツッコミ入れてくれる人がいると引き締まるんだよな~、もっと面白いことしなきゃって気持ちになるっていうか。
「さーって、ファーファンでやることもやったし、そろそろ筏を改良して海に出るかな」
「その何気なさそうな一言でボクの脳を混乱させるのやめてもらっていい?え?筏って何?」
「あれ、言ってなかったっけ。俺はレストレムの海を筏で旅してんだよ。今回は友達にファーファンにだけは行った方がいいって言われたから来ただけ」
ビ・ギンを出てからのあれこれをかいつまんで説明すると、ジェーンは大きくため息をついた。どうやら彼女にはため息をつく癖があるようだがそれはいけない、ため息をつくと幸せが逃げてしまう。俺が楽しませて幸せな気分にしてやらねば。
「フッ、ホッ、ハッ!」
「待って待って、なんで唐突にポーズを取り出したの怖い怖い!」
「これは筏の上で太陽に向かいながら考えたカッコいいポーズベスト3だ。どうだ、幸せな気分になってきただろう!」
「ねぇ君ホントにホモサピエンスだよね!?思考回路がボクと違いすぎて不安になるんだけどなんかAIがバグったNPCとかじゃないよね!?」
失礼な、俺は父ちゃんと母ちゃんの息子であり兄貴の弟でもある立派な人間だぞぅ。ちゃんと戸籍も住民票もあるし生まれた産婦人科の名前だって言えるとも。学生証と原チャの免許だってあるぞ。
「あーもう、とりあえずボクが言いたいのは君が筏でフラフラしてたら呼ばれても簡単には行けないよってこと!ただでさえこのゲームはファストトラベルできる場所が限定されてるんだからね!」
「あれ、そうなの?」
「そうだよ。基本的には各地方の主要都市と自分の拠点、それとクランの本拠地にしかワープできないんだから」
へー、今時のゲームにしては珍しいな。まあ俺の場合は拠点を筏にすればいいだけの話だし、最前線で攻略してるやつらだってエリアが進むたびに適当な拠点を建ててリスポン地点にしてんだろ。そう考えればそこまで不自由ってこともないかも?
ん?ちょっと待てよ?
「なあ、クランってギルド的なアレのこと?」
「そうだよ。クランの定員は16名で、クランが4つ集まると同盟」
「そうかそうか、ふむふむ…………よし、クラン作ろう!」
とりあえずメンバーは俺とジェーンとリンドー、ユゥリ。みんなに入ってくれるかどうか聞かなきゃいけないけど、少なくともリンドーはオッケーくれると思う。
本拠地を作ってさえしまえばみんなが好きな時に集まれるってことだろ?俺の筏は移動式なうえに俺の動きに付随してくるから問題ないよな。