『表現の自由』という言葉の怖さ
久しぶりの更新です
「どうだった、アタシの踊りは?何か感じるものはあった?」
観客の拍手喝采を涼しい顔で受け止めながらステージから降りたキャスリン師匠は、俺のテーブルに来てまたもカッコよく胸の谷間から取り出した煙草に火をつけた。
「スゴかったです!なんかこう、俺のハートがガッとなってギュインギュインしてフゴォォオオ!ってなりました!」
「フフ、アンタの感性嫌いじゃないわ。そう、歌や踊りで伝わる情熱は言葉にできるものじゃないの。今日感じた情熱を忘れないで。そして自分で表現するのよ。わかった?」
【職業を『踊り子』に変更しますか? YES/NO】
にっこり笑う師匠に優しく頬を撫でられたと同時に転職可能を知らせるウィンドウが出た。答えはもちろん、YESだね!
ポチッとYESを押し、これにて今日から俺はダンサーだ。ステータスにもDEXとAGIに補正がかかってるみたい。
「ああそうだ。リュージ、アンタ槍も使えるみたいだね?手を見たらわかるよ。ちょっとおいで」
「へい師匠、なんなりと」
ちょいちょいと手招きする師匠についてステージへ。そこで2メートルくらいの棒をポイと渡される。
そして自分の棒をステージにあるポールダンス用の穴にぶっ刺した師匠。おや、これはもしかしてそういうことですかい?
「ポールダンスに必要なのは体幹と重心操作。それが完璧ならこういうこともできるのよ」
ヒョイと鯉のぼりのように立てた棒から真横に体を持ち上げた師匠。さらにそこからグルングルンと鉄棒を90度傾けてやってるみたいに回りだす。
重力なんか関係ねぇんだよと言わんばかりのアクロバティックな動きにオラわくわくすっぞ!
「なあ師匠、それ俺にもできるんだよな!教えて教えて、俺もやりたい!」
「慌てなくても教えてあげるよ。ほら、ここに棒を刺して……そう、握り方はいいわね。ここに力を入れるの。いい?大事なのはできる自分をイメージすること。綺麗に踊る自分を想像できない踊り子が、他人を魅了なんてできないのよ」
「すげぇよ師匠!俺、回ってる!」
なにがすごいって全然目が回らない!やろうと思ったら無限に回り続けることができるんじゃないか?うはは、たーのしー!
【『フラッグ・スピン』を習得しました】
おお、新しいアーツまで覚えたぞ。最高だぜ、師匠!
「その技はアンタが棒、槍を扱う技術があったから簡単にできたの。いろんな技術や知識を経験し吸収しなさい、表現の幅を広げてくれるわ。わかったらさっさとチンケな見せ物小屋なんか飛び出して、広い世界を見にいきな!」
「ありがとう師匠、いつかきっと大海原に名を轟かす最高のダンサーになってみせるから。そんじゃあね!」
出会いと別れは表裏一体。教えを受けた時間は短くても間違いなく我が恩師である女性にさよならを告げて俺はいく。
外に出ると街はすっかり夜になっていて、大通りや営業中の店出もなけりゃ灯りはなくひっそりとしている。でも俺、知ってるんだ。夜には夜の楽しみ方があるんだって。
この時間、普通の民家では狭い家に数人の住人が休んでいるから忍び込むとバレやすい。しかしある程度の大きさの商店や屋敷なら、夜の番をしている人間がいたとしてもせいぜい1人か2人。建物の広さもあって、なかなかバレないもんなのよ。
「つまり……怪盗紳士リュージ君の出番だぜ」
今夜の獲物はここ、一家数人で住むにはかなり広いけど使用人を何人も雇うにはちと狭い、そんなお手頃なお屋敷です。ちなみに全部俺の勝手な推測だから入ってみたら使用人がウジャウジャいるかも知れない。ま、それはそれで面白いか。
それなりの庭もあって実に侵入しやすい。塀がそこまで高くないんだよなぁ、インベントリから木箱を一個取り出して踏み台にすれば簡単に入れちった。
さすがに玄関を正面突破は無理だし、勝手口なり手頃な窓なり探しますかねー。鍵開けの練習もしたいし、勝手口にするかなぁ。
そろりそろりと忍び足で屋敷の裏手へと回り、灯りはないのになぜかだいたいの物の形がわりとはっきり見えるゲーム特有の視界の中でお目当ての場所へと近づいていく。
「この角を曲がった所かな……おう?」
「チッ、見つかったか……って、あれ?」
あっぶね、勝手口の目の前で知らない人とごっつんこするところだった。まあこんな時間にところにいるってことはプレイヤーだよな。相手の身長は俺より頭半分くらい低くて、服装は暗くて細かいところまでは分からないけどメガネとマントをつけていて短パンをはいているのはわかる。
「屋敷の人間じゃないね。君は何者だい?」
「俺はリュージ。通りすがりのくせ者だ」
「そう言われるとボクもくせ者以外の自己紹介ができなくて困るんだけど……まあいいや、ボクはジェーン。怪盗ジェーン・ドゥだよ」
ジェーン・ドゥ、ジェーン・ドゥ……どっかで聞いたことあるような。なんだったけ、えーっと、確か……
「あっ、名無しの権兵衛(♀)じゃん!」
「そうなんだけど君の言い方には風情がないな!怪盗『名無しの権兵衛』って、そんなのもうただのコソ泥だよコソ泥!!」
「まあまあ、夜中にひっそり盗みに入るなら怪盗もコソ泥も大差ないって」
「ちーがーうー!怪盗はもっとスタイリッシュでカッコいいの!同じ盗みでも格が違うの!!」
キーキー喚く名無しの権兵衛ちゃんを見てると、何かこう、楽しくなってくるな……!
ユゥリは誉めて肯定してくれるし、リンドーは一緒になって悪ふざけしてくれる。でもこうやって反発してるのに律儀にツッコんでくれるのもすごくいい。
「なあゴンベちゃん。ここで知り合ったのも何かの縁、一緒にこの屋敷を家捜ししないか?」
「いまだかつてないくらい爽やかに共犯を唆してくることに感動すら覚えるよ。……はあ、非常に腹立たしいけど断ると何されるかわかんないし。でも邪魔だけはしないでね?」
「ああ任せろ。こう見えても俺はダンサーなんだぜ」
「過去イチの不安材料をありがとう!?」
そんなに声を出してちゃ見つかっちまうぞ?ゴンベちゃんと家の人に追いかけ回されるのも楽しそうだけど。
「ていうかゴンベちゃんにツッコミ入れなかったな」
「あえて無視したんだからほじくり返さないでくれる?……ホラ、鍵開けたよ」
失敗の可能性なんて考えてもいないのか事も無げに勝手口の鍵を無力化してしまったゴンベちゃん。もしかして怪盗を名乗ってるのはダテじゃない?
鍵開けも自分でできるに越したことはないんだけど、メチャクチャ鍵開け上手い人との繋がり欲しくない?俺はメッチャ欲しい。
「天運、地運、人運のすべてが揃ったとき人は無敵になれる……そうか、今の俺は無敵ということか」
「ねえ、こないの?置いていくよー?」
「いくいく、ちょっと待って」
ゴンベちゃんの後を追って勝手口から中に入ると、そこは台所だった。ジャガイモや玉ねぎがぎっしり入った木箱やらから漂う生活感が素晴らしい。
とりあえずジャガイモを数個いただいてガリボリ齧ってみる。満腹値はないけれど食べるとバフ効果がつくものがあると聞いたんだ。でも生のジャガイモには無いみたい。普通にただのイモ。
「おもむろに無言で生のジャガイモを齧るってどんな思考回路してるの?美味しい?」
「うんにゃ、生だから不味い。まだ玉ねぎの方が美味しかったかも」
「ああ、味覚はまだ普通の人間なんだ……」
言外に俺が普通の人間じゃないと言われたようだけど、そこに関して言うことは何もない。人生16年も生きていれば自分が客観的に見てどうなのかくらいの自覚はあるとも。その程度、小学校のころから通信簿にずっと書かれてきたわ!
余りに自由過ぎて私の教師人生20年程度の経験ではもうどうしようもなく……というのがリュージが小学校1年生時の通信簿に書かれていたコメントでした。




