さよなら一号
テンションMAXで楽しければオールオッケーな主人公が筏を組んで海を冒険したり、筏を作るためにいろいろしたりする話です。筏っていいよね、船とはまた違うロマンがあるよね。
書きためは10話分くらいしかないので気が向いたら更新です。
海だ!筏だ!大・冒・険!だぁぁあああ!!
「あああああああ!!折れる!一本しかない帆が折れるぅ!ぶぅぇっ!うぇほっ、ゴホッ!死ぬ、死んじゃうっ!」
現実世界はまだ四月。高校二年生に進級したばかりの俺、稲村隆二こと【リュージ】はフルダイブVRゲーム『レストレム・オンライン』の海上で大嵐に呑まれていた。
冒険者になってモンスターと戦うもよし、その冒険者たちを支える生産職になるもよし。道行くキャラバンを襲う盗賊になってもいいし、レストレムの世界を見て回る観光客になるもよし。
スキルのレベルを上げればなんだって出来ると謳うこのゲームで、俺はとりあえず筏を作って海に出た。この間、水没した世界を筏に乗って冒険する的な映画を観たからだ。
そしたら陸地が見えなくなったあたりで突然の大嵐に巻き込まれ絶賛死にかけている。俺の人生はなんて波乱万丈なんだろう、ワクワクするな。今はそんな場合じゃないけど!
「やめろよぉ、その帆を作るために俺がどれだけ頑張ったと思ってんだよぉ!また俺に素手で木を殴り続けろっていうのかよぉ!ロープや布だっていろんな所から一生懸命盗んできたのに!俺がどんな悪いことしたっていうんだ!?」
心を込めて作った我が子同然の筏が波に煽られて信じられない角度に傾く。波の頂点では憎い黒雲しか見えないし、波と波の谷では逆に海面しか見えないときたもんだ。
耐久値がある限り壊れない筏はそのゲージを爆速で減らし、もはや風前の灯火。応急修理しようにも波風が強すぎてしがみついてるのが精一杯、UIを開くことすらできやしない。
「許さねぇ……具体的に何を許さないのか聞かれたら困るけどとりあえず許さねぇ!いつか、いつの日か絶っっっっ対に涼しい顔して嵐の中を突き進んでやるぁああああ!!」
俺の決意に対する返答とでもいうようにひときわ大きな波が俺と筏を呑み込んだ。
大量の海水に押し潰される圧迫感と呼吸が出来ない息苦しさを感じると同時に筏の耐久力はゼロとなり、また俺の体力も尽きる。
(死ぬときの辛さは結構リアルなタイプかぁ……)
蘇生受付時間としてゆっくりと暗転していく視界の中、割と苦しく俺は死んだ。
始まりの港町ビ・ギン。レストレムをプレイするなら唯一誰もが絶対に訪れることになる町。
チュートリアル会場兼最序盤の拠点であるちょいと大きめなこの町が接する海岸に、俺はうつ伏せで流れ着いていた。
「流木の気分を味わえる新感覚RPGレストレム・オンライン、好評発売中……って感じかな」
むくりと立ち上がり服を手で払ってみるが、濡れてもなければ砂もついていない。まあゲームだもんな、どうでもいいところは省略してデータ量を削減したいよね。
海岸に居たところでどうしようもないのでビ・ギンの町に向かって歩き出す。唯一の財産といっていい筏はクソ嵐のせいで海の藻屑になっちまったし、また無一文からのスタートか。
「とりあえず次の筏を作ろう。木と布とロープだけだと耐久力がゴミだったし、金属使いたいなぁ。金属加工のスキル習得してないから無理だけど」
いきなり手荒い洗礼を受けてしまったが、序盤で即死イベントに巻き込まれたりショボイ素材をやりくりして手探りの試行錯誤するのも楽しいもんだ。ゆっくり場当たり的に進んでもいいじゃない、ゲームだもの。
攻略情報は行き詰まった時にしか見ない、でも行き詰まったらためらいなく見る。それがこの俺、稲村隆二である。
「まさかこんなに早く戻ってくることになるなんてなぁ。予定じゃ今頃は無人島の一つでも見つけてはしゃいでたはずなのに」
ビ・ギンの出入り口である石造りの門を潜ると、楽しそうにワイワイ騒ぎながら出て行くプレイヤーのパーティとすれ違った。うんうん、俺もあんな感じに大はしゃぎして衛兵に追っかけられながら賑やかに出て行ったもんだ。
たいていのことは何でもできるが売りのレストレム・オンラインでは普通に犯罪行為も犯せる。
と言ってもいきなり町の中で範囲攻撃魔法をぶっ放したりとかはできず窃盗程度だけど、クエストの進め方によってはNPCの暗殺依頼もあるらしい。ちなみにプレイヤー同士の戦い、いわゆるPvPは『決闘』システムを使わない闇討ちだとえげつないほどのデメリットがあるとかなんとか。
そんな犯罪行為が見つかると衛兵に追いかけ回され、とっ捕まると犯罪に応じたペナルティが課される。罰金や持ち物没収がほとんどだけど、あまり派手にやらかすとスキルレベルをランダムに下げられることもあるそうな。
まあ逃げ切れば問題ないんだけどね!捕まらずに町の外に逃げて一定時間が過ぎればNPCたちは犯罪のことを忘れてくれるし。忘れてくれないこともあるそうだが。
「ひとまず必要なのはロープだな。木材は最悪森で木を殴ってたら手に入る。樽とか木箱も欲しいけど一号を作って所持金ほとんど無いし、またどっかの倉庫で頂戴すっか」
筏一号はとにかく早く海に出たくて雑に作ってしまった感は否めない。どうせ幾先々で補強したり乗り換えたりするだろうけど、耐久度があるに越したことはないのだから二号はもう少し頑丈に作ろっと。
石畳の道を迷うことなくてくてく歩けば、港町らしい桟橋に隣接したレンガ倉庫にたどり着く。一号を作るときにもお世話になった場所なので侵入方法はバッチリよ。
倉庫の裏手に回れば放置された空木箱や樽の残骸が積み重なっているので、それを踏み台にすればちょっと高いところにある採光窓に届く。
そしてまたこの窓がいい感じに壊れているので簡単に窓枠ごと外せるんだわ。しかも内側にも荷物が山と積まれているから脱出するのも楽チン。至れり尽くせりで盗みに入らなきゃ失礼なくらいだな。
「はーい失礼しまーす。ちょっとした物しか盗っていかないから勘弁ねー」
そもそもインベントリ枠が貧弱なので大した量は持っていけない。このゲーム、持ち運べるアイテムの量がステータスとインベントリ拡張アイテム依存なんだよ。ある程度の筋力もしくは性能の良いマジックバッグがないと、回復薬みたいな消耗品だけでかなり枠が圧迫される。
そんなわけで倉庫の隅の方に巻いて置かれていたロープの束と、同じ場所にあった釘の入った箱をインベントリにポイ。ここまで至れり尽くせりだと確信したね、この倉庫は盗みに入られるために作られたんだと。
お次は適当な樽を4つほど物色し、盗品は普通の店だと売れないので中身は床にぶちまける。ブドウとイチゴの子どもみたいな大量のベリーが床に広がった。あらやだ、けっこういい匂い。
そして空になった樽を確保したら入ってきた窓から脱出!ついでに侵入するときに足場にした空木箱もインベントリにシュート!やることやったらクールに去るぜ!
【盗みがレベル2になりました。鍵開け(弱)を習得しました】
「お。やった、盗みのスキルが上がった」
ポロンと軽いサウンドと共に盗みスキル上昇のメッセージウィンドウが現れて、少し経つとスーッと消えていった。
レベルアップしたことで鍵開け(弱)が出来るようになったらしい。店や豪邸は無理だけどしょっぱい鍵くらいなら開けられるってことかな、後でちょっと試してみよう。
ロープや樽、釘までなんかは確保できたしあとは木だな。ビ・ギンを出てすぐの所にちょっとした林があるから、そこまで木を殴りに行こっと。
よい子のみんなはどれだけ無防備な場所でも盗みに入っちゃダメ絶対。
盗まれる方が悪い、はそういう世界観のゲームでしか許されません。だからリュージは許されます。