006 黒き炎の行先は
6話でございます、ちょっと短めです。
AMI歴12年4月 栫家 風香の部屋 宮代伊織
緊張した面持ちの風香ちゃんを残りの僕たち3名で見つめる。
しばらく俯き加減で躊躇していた風香ちゃんだけど、意を決したように話し始めてくれた。
「3年生の時、玲ちゃんがまだ1組だった頃は、はっきり言ってそれどころじゃ無い状況だったから、黒布くんに対しても特に目立ったイジメとかは無かったの」
前にも触れたけど、3年生時のクラス分けで当初玲ちゃんは風香ちゃんと一緒に1組に、僕は亮人くん奏ちゃんと同じ2組になったんだ。因みに僕は奏ちゃんは幼馴染だったけど、亮人くんとはこの時が初対面だった。まぁ2組も2組でひと悶着あったんだけど(主に亮人くんと僕の間で)、1組は酷い事になっていたらしい。
何がって、玲ちゃんが原因だ。
僕と違うクラスに分けられた玲ちゃんは荒れた・・。クラス分けが発表された当初は、先生とか下手したら校長室にまで乗り込んで長々抗議をしていたのだ、恐れ知らずと言うか無謀と言うか、当然一生徒のそんな要望を学校側が受け入れるハズも無く、玲ちゃんは渋々1組で授業を受ける事になったんだけど。
荒れたとは言っても別に登校拒否になったり授業をボイコットしたり騒いで授業を中断したりするようなそんな分かりやすい反抗的な態度をとっていたわけでは無いのだけど・・・
ただ只管に玲ちゃんは授業中終始不機嫌だったのだ。
生徒が一人不機嫌になった位なんだと思うだろう、普通なら僕だってそう思う。だけど玲ちゃんは不幸なことに普通とは程遠い存在なのだ。
玲ちゃんが不機嫌だと言うそれだけで、クラス中の空気がどんよりとお通夜のようになる、それどころか玲ちゃんの周辺の席になった生徒たちは常に玲ちゃんの不機嫌さの重圧を受け続け、時折発せられる押さえきれない怒りを感じた時には命の危機すら感じていたそうだ。
その間風香ちゃんは可能な限り一生懸命に玲ちゃんをなだめようとしたが無駄だったらしい。
玲ちゃんが抱く強い感情は、その場を支配する力がある。
個々の空気が読める読めないとか、表情から感情が察せられるとか、そう言うレベルでは無いのだ。周辺の人間は玲ちゃんが強く抱いた感情に”引っ張られる”のだ。
今朝の山田くん達のように、玲ちゃんの怒りを向けられた人間は、何処を向いていようが、何を見ていようが否応なく玲ちゃんの感情がダイレクトに伝わってしまい、その上圧倒的なその生命としての格の違いとか、絶対的な捕食者を前にした無力な獲物でしかないと言う事実をありありと思い知ってしまうのだ。
その場で玲ちゃんの機嫌を損ねたら死ぬ、少なくとも怒りを向けられた当事者はそれを事実だと思い込んでしまう、日常で全く意識した事の無い自身の死への恐怖、そんなものを突然味わされるのだ。
結果どうなったかと言うと、玲ちゃんの近くに座っていた生徒が、一人また一人と登校拒否になってしまった。
これには先生たちも本当に困っただろう。同じ場にいて、原因が玲ちゃんにある事は明らかなのに、それでもその原因が玲ちゃんにあると断言出来るような証拠は何一つ無いのだ。玲ちゃんはただ不機嫌だっただけだ。どう考えたって周辺の生徒の登校拒否と玲ちゃんを結びつけるような物証なんてありはしない、いくら玲ちゃんを注意しようと、原因がはっきりしている不機嫌なんて本人だって押さえられない。
仮に授業中の風景をビデオ撮影でもしてみたら、何事も無く平和な授業風景だと思われるだろう。だけど実際にその場にいた人間なら分かる。この惨状の原因が玲ちゃんにある事を。玲ちゃん周辺1席以内の8人が残らず登校拒否になり、ついに周辺2席圏内の生徒が登校拒否になりはじめた所で学校側が折れた。
玲ちゃんの要望を聞き、2組に編入する事を決定したのだ、いささか遅きに失した感は否めないが。
それまでの間の一月半、1組の生徒は地獄のようなストレス下で緊張の日々を送っていた・・・そうだ。
勿論玲ちゃんは、自分の感情が他人に与える影響を自覚している。
それ故、普段の玲ちゃんは、可能な限り自身の負の感情を抑え様としながら生きている。
常に僕の傍にいて、可能な限り周辺の煩わしさから意識を逸らし。僕を愛でる想いで感情を満たそうとしているのだ。
因みに当時の玲ちゃんは授業が終わったら速攻2組に飛んできて休み時間中は定位置に張り付いていたんだけど。当時の僕はトイレに行く間も与えられずに困ったものだった。
その後2組に編入された時には、有無を言わさず僕の後ろの席に配置される事になった、もう学校側も相当懲りてしまったようだ。
とまぁそんな玲ちゃんがクラスを去ったあとには、人心の荒廃しきった1組生徒が残された。登校拒否だった生徒も玲ちゃんがクラス替えになったと聞いて、一人また一人と復学していったが。玲ちゃんと言う重しを急に失った1組では、特に柄の悪い生徒が今まで押さえつけられていた鬱憤を晴らすかのように反発、荒れた行動をとりはじめたのだ。言わずもがな黒布くんに対するイジメの再開である。
「そんな状況ではじまった黒布くんに対するイジメは、1、2年生の時のより酷かったらしいの、前も黒布くんと同じクラスだったと言う委員長の小野寺さんが教えてくれたんだけど」
間接的ではあろうと、まさか玲ちゃんが原因で黒布くんへのイジメがより悪化していただなんて、思いもよらなかった話にさすがの玲ちゃんも困惑した表情だ。
「私はオークの事とか分からなかったし、席が近くで掃除当番とか一緒になった時も、黒布くんに普通に話しかけてたの、私達以外の人は黒布くんに押し付けて掃除当番をサボってたって事情もあるんだけど」
あーそれはダメだ、その後の展開が目に見えるようだ。
「そんな私たちを見た山田くん達が・・・その・・・」
「風香ちゃんにも目を付けたんだね?」
「うん・・・でも私はホラ、玲ちゃんの友達だって皆分かってたから、手を出されたりはしなかったし、黒布くん程酷い目に遭わされてた訳じゃ無いんだけど」
そうなのか、でも風香ちゃんは僕達にそんな素振り見せなかったし。
「でも何かアイツ等に言われたんじゃ無いの?
「べっ別に、そんな事は・・・」
これは、隠そうとしてるけど、アイツ等に何か言われたり陰険なイタズラをされたりはしてそうな感じだよねぇ・・・
「でもね、黒布くんがね、ヒクッ、何度も何度も私に謝るの『僕のせいでごめんね、ごめんね』って、黒布くんは何も悪くないのに、何度も何度も私に謝ってくれたの。私もね、黒布くんは悪くない謝る必要は無いって何度も言ったけど、黒布くんは私に謝るばっかりだった・・・私本当に悔しくて黒布くんにも悪くて・・・うっ」
とうとう風香ちゃんは本格的涙を流しはじめてしまった。
「なんで、風香ちゃん、僕たちに言ってくれれば・・・」
「だって、ヒクッ、だって言えない、言えないよぅ」
くそっ、僕は馬鹿だ、すぐ隣の教室で、大事な幼馴染がこんな理不尽な目にあってる事に全く気付かないでのほほんと学校生活を楽しんでいたのだ。
もっとちゃんと風香ちゃんの事を気にかけていれば、風香ちゃんと話している時違和感を感じていたハズ、風香ちゃんはこの2年間言い続けていた『皆と同じ2組が良かったな』と、ちゃんと考えていれば気付けたハズだ、あれは寂しさから出ていた言葉じゃなかったんだ、言うに言えない風香ちゃんの精一杯のSOSだったんだ。
「風香ちゃんごめんね、気付いてあげられなくて」
黙ってフルフルと首を振り続ける風香ちゃん。
「山田達には、二年分の落とし前を付けさせる必要があるね」
風香ちゃんにこんな思いを抱かせてしまった自分の無力さに、無能っぷりに対する怒りと。苦しみを与え続けていた山田達に対する怒りで、僕の心の底に黒い炎が燻りはじめている。
ふと気付く。
黒布くんはこんな思いにずっと耐えていたのか。
1年からずっと、こんな思いを抱き続けてきたのか。
そして黒布くんにとってその原因を作ったのは奏ちゃんなのだ。
こんな思いを抱き続けていたのなら、許せるハズが無いだろう。
安易な考えで、黒布くんと奏ちゃんの仲を取り持てないかなと考えていた自分の浅はかさを思い知る。
「風香ちゃん、気付いてあげられなくてゴメンね。でも一つ約束して欲しい、これからは何かあったら隠さずに僕たちに教えて欲しい、お願いだよ」
そっと抱きしめた僕の胸の中で、風香ちゃんは何度も頷いていた。
あぁ、強くなりたいな。
力も、心も、もっともっと強くなりたい。
せめて僕の周りにいる人たちを、苦しみから遠ざけられるような強さが欲しい。
昔から玲ちゃんの持つ強さに対する憧れはあった。
でも心の内から湧き上がるこんな渇望を抱いたのは初めてだった。
===============
昔、祖父に言われた言葉を思い出す。
伊織 聞きなさい。
宮代流を修めるにあたり、一つ覚えておいて欲しい事がある。
怒りや憎しみから、その力を振るう事があってはならない。
怒りや憎しみで振るわれた力は、やがて自分自身へと返って来るだろう。
いかなる感情もその身の内に納め、純粋な思いと意思の力へと転化せねばならない。
それが出来ずに感情のまま力を振るうようになれば、それはお前の身を滅ぼすであろう。
当時の僕には祖父の言う事に共感も反発も出来なかった。
ただそう言うものかと言葉の通り受け取っただけだった。
でももし今、風香ちゃんに惨めな思いをさせていた山田達を目の前にしたら。
僕は初めて祖父の言いつけを破ってしまうだろうと思った。
===============
ひとしきり泣きじゃくった後、風香ちゃんは目を真っ赤にしたまま微笑んでくれた。
「皆ありがとう、うん、ようやく少しスッキリしたよ。これからは何かあったらちゃんと皆に言うから」
「うん、しかし山田達許せない・・・やっぱり朝の時に殺処分しておくんだったよ」
無言で頷く玲ちゃんも完全にお怒りモードだ。
もしこの場に山田達がいたら、恐怖で震え上がって声も出ないだろう。
それどころか意識を保っていられるかも怪しいレベルだ。
もうこうなってしまっては、アイツらがこのまま学校へ通い続けるのは不可能だろう。
登校中に玲ちゃんに近付いただけでその場から動けなくなるに違いない。
運良く学校まで来れたとして、同じ教室に入る事も出来ずに家に逃げ帰る事だろう。
実質このまま登校拒否から即転校手続きだろうな。
結局僕がこの思いをアイツ等にぶつける機会は巡ってこないのだ。
それが良い事なのか悪い事なのか。
この腹の底に燻る黒い炎は、このままジリジリと僕を炙り続けるだけなのか。
気付いたら僕の事をじっと見つめていた玲ちゃんが手のひらを向けてきた。
僕は呼吸を整え、いつものように玲ちゃんと手を合わせ、気を練り始める。
吸気と共に体内に気を取り込んで練り上げ、呼気と共に練り上げた気を玲ちゃんへ渡す。
そうしていると、段々と腹の底の炎が別の熱を持ち出したような気がした。
怒りで高揚していた気持ちが大分落ち着いてきてくれた気がする。
「ありがとう、玲ちゃん」
「ううん、私も一緒」
あぁそうか、玲ちゃんも僕と同じ気持ちだったんだ。僕と同じ炎が燻っていたんだ。
そう思うとふと身体の力が抜けた。
「いつもの伊織に戻った」
「玲ちゃんもね」
そんな僕たちのやり取りを、風香ちゃんが憧憬の眼差しで見つめていた。
「玲ちゃんお願いがあるんだけど・・・」
「何?」
「難しいのは分かってるけど、山田達への怒りを何とか抑えてくれないかな?」
「ん・・・伊織は自分の手で何とかしたいのね・・・」
「うん、ダメかな・・?」
「分かった、努力する・・・でもその為にもこれから一層伊織には傍にいて貰う必要がある」
「今以上って、どうしたらいいのさ・・」
トイレにまでついて来ようとはしないよねさすがに・・・
「ふふふふ・・伊織ちゃんがやる気だねーこれはこれからの展開が楽しみだね!」
そして羽依の言葉はちょっと悪趣味だと思います。
お兄ちゃんは悲しいよ。
あー、しんどい。プロットの段階だと「風香イジメを受ける」の1行で済んでしまっていた部分が、実際作品に落とし込むとこんなしんどい作業になっちゃうんですね。
あと玲の人外設定がつまびらかにされてしまいましたが、どうなのかねこの娘の設定、果たしてこれでヒロインたりえるのだろうか(を
ここまで当作品をお読みいただきありがとうございます!
この作品を読んで少しでも
『楽しい』『続きが気になる』『この伏線ちゃんと回収されるの?』
などと思って頂けたのでしたら、感想やブックマークをお何卒よろしくお願い致します。
ページ下の評価システム【☆☆☆☆☆】をご活用いただければと思います。
ご評価頂けますと作者の励みになり、モチベーションの持続にも繋がりますので、
どうかよろしくお願いいたします!