5月4日
「なぁ紅音。今日も良かったら付き合ってくれないか?」
「え、今日も?」
「ああ。ほら。まだ喫茶店の回数券残ってるしさ」
「でもそろそろ部活行かないと」
紅音は文芸部だ。
文芸部、といっても、実際ただの本好きのコミュニティで、放課後チャティングが唯一の活動である。
「いいじゃん」
「……まぁいいけど、なんか恭介最近急に妙に私に構ってくれてない?」
さすがに怪しまれてるか。
「そうかもな」
「……まぁ良いけどさ」
紅音は不思議そうな顔をしつつも、了承してくれた。
♪
陶器がぶつかる音が店内に響く。
「ここのコーヒーなかなかおいしいよな」
「そうだね……」
と、紅音が唇に指先をあてて、なにやら考え込みだす。
「紅音? どした?」
しばしの無言。
そして、紅音はおもむろに口を開いた。
「ねぇ、恭介くん」
「ん?」
「赤毛同盟って知ってる?」
♪
赤毛同盟。
「……ホームズの?」
「そう。ホームズの中では割と有名な話なんだけどね」
恭介も、一度は読んだことがある。
あらすじはこんな感じだ。
探偵ホームズの下に一人の依頼者がやってくる。
その依頼者は、奇妙なバイトがあったという。それは立派な赤毛の人のみができるというもので、数時間百科事典を書き写すだけで、多額のお金がもらえる、というものだった。だが、しばらくすると、そのバイトは打ち切られてしまう。
いったい、あのバイトはなんだったのか、というところが謎なわけだ。
「確か、めちゃくちゃ楽な仕事で、多額なお金がもらえるって話だろ? で、どんな裏があるのか……っていう」
「そのとおり。まぁ上手い話には裏がある、って話だったわけよ」
「ああ、それがどうした?」
「ここ何日か。私は恭介くんにご馳走になったり、図書カードもらったり……話が上手すぎると思わない?」
「……つまり、下心があるんじゃないか、ってこと?」
「下心……とは限らないわ」
出た。紅音の探偵気取り。過去にもこんなことがあったな……。
「じゃぁ他にどんな理由が?」
「恭介くんは、私を部活に出させたくないんじゃない?」
「……」
頭が痛い。
「放課後、立て続けに私を誘って、部活に出させなくする。そして、残った文芸部員たちで、なにかの計画を進めているのよ。最近ユキとこそこそ話してるじゃない? 怪しくない?」
「……」
「これは壮大なドッキリ計画なのよ!」
紅音が自信たっぷりに言った。
3○分探偵を思い出すな……。
「紅音……。それは違うよ」
「言い逃れはできないわよ! 証拠もあるんだから!」
「証拠?」
「ええ。恭介くん、回数券はもらった、って言ってたわよね」
「ああ」
「おかしいのよ。いい? この店の回数券は、毎月色が変わるの。青色は5月のカラー。つまり、これをくれたお母さんの友達は、5月1日に買ったことになる。でも、これをくれたのは引越しで、使えなくなるから、なんでしょ? 1日に買って、その日のうちに引っ越したわけ?」
しまったな……それは知らなかった。
計画ではこのあとも何度か行く予定だったから、お得なほうがいいなと思って買ったんだが……。
「……確かに。ごめん。たしかに嘘ついてた。コレは俺が買ったものだ」
そういえば去年の夏休みも、探偵を気取りだしたことがあったな……。
「自白する気になったのね」
「それは違う」
「だから言い訳は……」
「ドッキリなんかじゃねぇよ」
「じゃぁ何?」
「……だからさ」
もういっか。計画より早いけど、いまならできる気がする……なんとなく。
「ふぅ──」
息を吸う。
そして。
「準備だ」
「なんの?」
「告白」
そのときの紅音は、まるで証明写真のように、無表情になる。
そして、口を開いた。
「もしかして──」
「ああそうだ。俺はお前のこ──」
「去年の夏休みに私のプリン食べちゃったのは恭介くんだったの!」
「は?」
「夏休みにみんなで旅行行った時に、いっこ300円もするプリンがなくなった、あれの犯人は恭介くんだったのね!」
「は、ちょっと待て。ちげぇよ!」
あれはお前が夜に寝ぼけて食べてたのに、覚えてなかっただけだっただろうが。
「あのことを謝ろうと、ご機嫌をとってたのね!」
「だからちげぇって!」
「じゃぁ何よ!」
「だから。俺は──」
「俺は?」
大きく深呼吸する。
「俺は────紅音のことが好きだ」
「…………」
「…………」
「へ?」
またも、証明写真の顔になる紅音。
「ユキとこそこそ話してたのは、告白するための相談をしてただけだ。まぁ、ご機嫌取り、といばご機嫌取りだけどな」
「──好きって、幼馴染として? ライク?」
「ラブに決まってんだろ」
「ら、ぶ」
復唱する紅音。
そして、その意味にようやく気がついたのか、突然顔を赤くした。
「え、え!!! 恭介くんが!? 恭介くんが!?」
「そうだよ」
ああ……言っちゃったよ。
「え、あ、でも、その、わ、私は……!」
「……好きな人いるのか?」
「え! いや、いるといえば、いるけど、それはだから、その……違う、だから、その」
……好きな人いたのか。
そっか。
「分かった。好きな人がいるなら……」
「違う! だから、私が好きなのは、恭介くんだから!」
「へ?」
今度は、恭介の顔が証明写真になる。
そして、
「だから、私も、恭介くんが好きってこと!」
探偵気取りはどこへやら。紅音の顔が桃を通り越して、夕日のように染まっている。
「それは、その……付き合ってもらえる、ってこと?」
「……うん」
その返事を聞いて、恭介はなんとなくコーヒーカップに口をつけた。
なんかこのコーヒー、ブラックなのに甘いや。