5月2日
「そうなのか?」
恭介は、ユキの計画に耳を傾けていた。
「ええ。紅音はあそこのショートケーキが大好物なの」
「──そうか」
「あそこはリーズナブルで女子高生にも人気だからね。250円で飲み物付きなんて普通ないでしょ?」
「ああ。そうだな」
そう言われても、普段喫茶店など入らないので、恭介には分からなかった。
「わかった」
「良い? 三十分は持たせるのよ?」
「分かった」
と、教室の隅っこで話していると、紅音がやってきた。
「ねぇ、恭介、ユキ、なに話してるの?」
「え、いや別段何かってわけじゃないよ」
「ほんとに?」
紅音は、唇の上に指先を当てながら、じっと見つめてきた。
その仕草は妙に可愛い。
「──なぁ、紅音」
恭介はさっそく計画を実行に移すことにした。
「なに?」
「放課後暇か?」
「放課後? まぁそうね。本屋に行くくらいかな」
「なら、ちょっと寄り道して行かないか」
「ゲーセンとか?」
「あ、いや今日はちょっと甘いものを食べに行かないか?」
「甘いもの?」
「駅から10分くらいいったところにあるベーカー街って喫茶店知ってるか」
今の質問は修辞疑問文だ。紅音が知らないはずが無い。
「勿論知ってるけど……」
「一緒に行かないか?」
「良いけど……急にどうしたの?」
「いや、甘いもの食べたいなと思ったんだ。ほら、俺だけで行くのは恥ずかしいだろ?」
「そっか」
恭介は胸の中でほっとため息をついた。
──計画の第一歩は動き出したな。
♪
放課後。
「じゃぁいこっか。恭介」
授業が終わるとともに紅音がスタスタとやってきた。
「ああ」
それから二人で、ベーカー街を目指した。
「でも、二人で喫茶店なんて初めてだよね」
確かに。紅音の言うとおりだ。そもそも、普段恭介は喫茶店になど入らない。「ちょっと甘いものが食べたくなってな」
「恭介がケーキなんて珍しい」
まぁ。実際ケーキなんてどうでもいい。
「ところで──」
そうこう話しているうちに、喫茶店が見えてきた。
レンガ造りの外壁。二階建ての建物は、ロンドンからそのまま抜け出してきたように思える。
ドアを開けると、チャリンという音が店内に響いた。
途端、店員が話しかけてくる。
「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」
「ええ」
奥の方の席に案内される。
「ええっと、セットで良いよね?」
紅音が聞いてくる。
「うん。実は、これがあるんだ」
恭介は財布から青い紙を出して、紅音に渡した。
「コレ──回数券?」
11枚綴りのセット回数券だ。ケーキセット10セット分の値段で買うことができる。
「そう。実はさ、母さんの友達がここの常連だったんだけど、引っ越したんだ。で、引っ越す前にもう使えないからって母さんにくれたのを、俺がもらったんだ」
……というのは嘘である。
昨日、俺のお金でちゃんと買ったものだ。
「へぇ……」
「だからお前を誘ったんだけどな。俺一人では使い切らないから、お前にもてづだってもらおうと思って」
「え、いいの?」
「ああ。俺だけで11回もここに来る気はないからな」
「そう。じゃぁありがたく頂くね」
紅音がにっこりと笑った。
計画は──順調だな。