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揺るぎない王子 ~あなたについているものが視えるんです~ 短編シリーズ

続・揺るぎない王子 ~あなたについているものが視えるんです~

作者: 別所 燈


 コーリング侯爵家のサロンには、緊迫した雰囲気が漂っている。


「つまり君が今まで見ていた僕のパラメーターはもともと(から)だから、これから先も動くことはない。


 それと、これは自己申告だけれど、僕は痛みも悲しみも喜びもきちんと感じる。よって感情はあると思うんだ。


 で、君が信じ縋っていた好感度ゼロは根底から覆されてしまったわけだけれど、これからどうしたい?」



 この国の第二王子ユーリは、このまま婚約を続ける気があるのかとアゼリアに問うている。



「その決断はいま必要ですか?」


 アゼリアの心臓はドキドキとなった。僅かな沈黙を挟んだ後、ユーリが美しい顔をふっと綻ばせる。


「いや、待つよ。ただ期限を切らないか?」


 確かにいつまでも待たせるものではない。


「学園を卒業するのはニ年後です」


 時間を稼ぎたいと思っていた。しかし、彼の考えは違うようで、

「ニ年は長いな、きみは修道院に行く気満々のようだけれど。僕はそうはいかない。どこか他の後ろ盾を探さなきゃならないんだ。そこら辺の事情はわかっているよね?」

と言う。


 それも当然の話だ。

 アゼリアが欲しいのは、浮気などせず、自分を邪魔だと思わないでいてくれる相手。

 ユーリが欲しいのは強い後ろ盾。この婚約は利害の一致だ。


「ええ、承知しております。あのそれと一つ確認しておきたいのですが」

「何?」


「コーリング侯爵家は派閥を持っています。それを利用して国王になりたいとお考えですか?」


 ユーリが苦笑する。


「やだな。やめてよ。そんな気ないから。どこで誰が聞いているかも分からないのに君にしては不注意なことをいうね」

 にこにこと微笑んでいるが、彼のブルーグレイの双眸は相変わらずガラス玉のように表情をうつしていない。無駄だと分かっているに、ついパラメーターを確認してしまう。


「わかりました。では一年後に」

 ユーリは不満なようだ。かすかに眉根をよせる



 マハの言い分を信じるならば、彼は損得勘定しかなく、心をもたないらしい。

 有事には平気でひとを切り捨てる人間だとも言っていた。「そこがクールでいいのよ。『スクパラ』いちの美形だし!」などとマハは、能天気に笑う。




♢♢♢



 ユーリが帰った後、早速別棟に住むコーリング家お抱え魔導士マハの元に向かう。

 アゼリアの姿を見たマハが慌てていた。


「どうしたの急に?」


 周りに誰もいないとき、彼女たちは友人同士として砕けた口調で話す。


「マハ、ミニゲームって何のこと?」


 彼女がどきりとした顔をする。


「いや、可能性があるだけよ」

 マハは慌てて言い繕っているように見えた。


「可能性って、あなたそんな事一言も」

「いえ、ユーリに問い詰められて思い出したのよ。もう、あの人理詰めでくるからまいっちゃう」

 そう言って肩をすくめる。


「マハ、気を付けて。私にはいいけれど。彼は『ユーリ殿下』よ。彼はあなたの『推しキャラ』ではないの。忘れないで」


 マハが悪戯が見つかった子供のようにぺろりと舌を出す。


「でも、アゼリアが自分の言動で、相手のパラメーターが上下すると言っていたんでしょ?


 ローガンだって、リリア相手に好感度マイナス30なんて表示しないわよ。

 パラメーターはあなたに対する数値で間違いないから、大丈夫よ」


とマハが太鼓判を押す。


「それで、ミニゲームというは?」

「それもユーリに問い詰めらてゲロっただけよ。多分ミニゲームなんかじゃないわ。あれしょぼかったもん」


「ユーリ殿下よ。気を付けて」

 もう一度念を押す。


「ごめん、前世で私の最推しだったから」


 アゼリアはそれを聞いてため息を吐いた。マハはちっとも分かっていない。どこかふわふわしている。


「まさか、ユーリ殿下の御尊顔を近くで見たかったら、私に勧めたわけではないわよね? 他に何か私に隠している情報はない?」


幼馴染のマハを疑いたくはないが、この状況を楽しんでいるように見えて、不安だ。

しかし、マハはアゼリアの言葉に慌てて首を振る。


「隠すなんて人聞きのわるい。だた思い出せなかっただけよ。

 まあ、彼に会いたかったのは確かだけれど。


 それに初めに言ってあったはずよ。王族は兄弟揃って鬼畜って。


 ローガンはワイルド系で情熱的な愛を捧げるけれど、自分サイドではない者には残酷で冷酷。

 ユーリはサイコパスで感情がない。いらなければあっさりと切り捨てる。

 でもね。ユーリはよそ見はしないの。ちゃんと計算できる子だから。

 ただちょっとこの世界のユーリって、バグってるのよね」


「『殿下』よ。彼らは攻略対象じゃないわ。失礼よ。きちんと敬称をつけてちょうだい」

 

 もう何度目かの注意をする。人払いをしてあるが、誰かが聞いたら大変なことになる。


「でもさあ、ゲームではないとはいえ、アゼリアにはパラメーターが見えるんでしょ?」

「何が言いたいの?」


 アゼリアが目を眇める。


「いえ、大丈夫。ゲームだなんていわない。


 私にもこの世界が現実だってわかっているから。不敬罪だなんだって、虫けらのように、死にたくない。

 そうだ。さっきユーリ……殿下と話したときに思い出したのだけれど」


「どうしてあなたの前世の知識って小出しにでてくるのかしら」

 アゼリアが天を仰いで、ため息を吐く。


「悪役令嬢がバットエンドのルートに入る直前に逃げ道があるのよ。最悪に突っ込む前の分岐ってやつ?」


「まあ! それは朗報ね。で、どうすればいいの?」


 アゼリアがぜひ聞きたいとばかりに身を乗り出すと、マハが申し訳なさそうな顔をする。


「ごめん。アゼリア、思い出したのは逃げ道があるってところまで。どうすればいいのかは覚えてない。ただね、緩やかなメリバエンドにいくのよ」


 メリバエンド。やはりマハの中でこの世界はゲームなのだろう。それにアゼリアもマハの言葉を信じ振り回されてしまう。


「……いいわよ。あなたはよくやってくれたわ。ローガン殿下とは婚約を解消して、ユーリ殿下と婚約を結べたわけだし。だけどリリアがユーリを誘惑し始めてしまった」


 がっくりきたが仕方がない。


「アゼリア、返事を保留したのならば、まずは彼を見極めないと。でも十中八九、リリアに落ちるわね」


 残酷なことをさらりと言う。しかし、それは前からマハに聞いていた。攻略対象である以上リリアに迫られたらおちると。


「リリアがそんな恥知らずな真似をするとは思わなかったわ。攻略対象以外にすればよかった」


 アゼリアがポツリと弱気に呟く。


「攻略対象以外? 

 そうすると婚約者が決まっていたりして、好物件がいないじゃない。それにモブとアゼリアが一緒になるなんて、絶対に嫌よ」


 またマハから新しい言葉飛び出す。


「え? モブって何?」

「私にみたいな存在よ。芝居でいえば、脇役……というより書き割りが近いかしら」

「そう? マハは私の中では大きな存在だけれど」


 それにマハの漆黒の髪と紅玉の瞳をもち、かなり人目を惹く容貌だ。


「ありがとう、アゼリア。少しは落ち着いた? お茶でもいれましょうか?」


 マハがアゼリアに茶を入れてくれる。一口飲むと落ち着いた。するとまた疑問がわいた。


「ねえ、リリアが可愛らしいっていのうは認めるけれど。なぜ次から次に殿方はおちていくの? とくにユーリ殿下の心が動くなんて」


 ユーリを知れば知るほど、納得がいかないし混乱する。


「乙女ゲームを知らないあなたにそれを説明するのは難しいね。

 まあ、ヒロインチートってやつよ。

 ある条件をクリアするとヒーローが攻略できちゃうの。課金すればぬるゲーなのよ『スクパラ』は」


「課金?」

 また、初めて聞く言葉にアゼリアが首をひねる。


「あ、違っ! スラングよ。前世の悪い言葉なの。気にしないで。ほんとに何でもないから」


 慌てて言うマハに、何かをごまかされた気がする。


「まあ、とりあえず。ユーリは落としにくいキャラだけれど、もう攻略が始まっているのなら、危険だわ。多分、課き……じゃなくて、三ケ月くらいで、リリアが落とすだろうから、その時は私に相談して」


「……うん、わかったわ」


 アゼリアは呟くように言うと、マハの部屋を後にした。


 マハの言葉は意外にショックだった。第一王子元婚約者のローガンはまたアゼリアにちょっかいをだしてきているが、リリアを愛しているのは分かりきっている。


 そこにユーリが割り込んだら、彼の立場も危ないだろう。

 リリアを中心にローガンとユーリの三角関係が出来上がる。


 ローガンの事だ。きっと邪魔なユーリを排除しようとする。アゼリアを陥れたように。


「ユーリ殿下が、そんな危険を冒すだなんて……」


 だが愛する者の愚かさは、アゼリアが一番よく知っている。愛は知性も理性も奪ってしまう。






♢♢♢ユーリ攻略♢♢♢




「ふふふ、あなたとこうして秘密で会っていると、まるで逢引きしているみたい」

といって金髪の可憐な少女リリアが微笑む。


「逢引きではないの? それとも僕とどうどうと学園のカフェで食事ができる?」


 二人は今学園の敷地にある大きな庭の木陰で、サンドウィッチを食べている。


「私は別に構わないわ。それではユーリ様がお困りでしょう?」

「僕は別に構わないよ。だが、君が兄上に叱られてしまう」

と美しい第二王子ユーリが悲し気に眉尻を下げる。


「まあ、ユーリ様はお優しいのね」


「残念だ。兄上が、アゼリア嬢との婚約を破棄しなければ、君と僕が結ばれたかもしれないのに」


 ユーリは夢うつつのぼうっとした状態で、リリアに愛の言葉を紡ぐ。


「それならば、私をローガン様から奪ってください」

 

 リリアが熱っぽい瞳で彼を見つめる。


「それは出来ない。兄上が許さないだろう。きっと僕ばかりではなく、君も傷つけられる。リリアが傷つくことに耐えられないんだ」


「ユーリ様、なんてお優しいの。お慕いしております。あなたの孤独は私が必ず埋めるから。もう少し待っていてください」


 そう言ってリリアはユーリに抱きついた。




 ――おかしい。なにかとても大切なことを忘れているようだ。思い出そうとすると頭が割れるように痛む。苦しい……。




♢♢♢アゼリア♢♢♢



 今日もユーリは食堂に来なかった。


 毎日彼と一緒にとっていたランチが三日に一度になり、週に一度になり、二週間が過ぎ……。

 

 ユーリはアゼリアの前に現われなくなった。


 もうすぐ彼との約束の一年になる。


 アゼリアはポツリと一人で食事をする。来ない人を待ちながら。


「なんだ。みじめなものだな」


 そういって、断りもせずアゼリアの横にどかりと座るのは第一王子のローガン。


「ローガン殿下こそ、どうなさったのですか? 最近リリア様といらっしゃるところをお見掛けしませんが」


 当てこすりをいうアゼリアに、ローガンが苦虫を噛み潰したような顔をする。


「リリアは、あまり勉強が得意でない。だから、先生に呼ばれている。お妃教育なんて多分無理だ。

 俺はリリアが無理していないか心配だよ」


 ローガンは気付いていないのだ。


 アゼリアは何度かリリアとユーリが学園の庭の茂みに消えて行くのを目撃している。


 リリアは上手くやっている。ローガンの目に入らないように、だがアゼリアの視界には入るように。


 気性の激しいローガンには誰もリリアの浮気を知らせない。下手をすれば自分の首が飛ぶかもしれないからだ。


「そうですか……」

 アゼリアはおざなりに返事する。


「で、ユーリには飽きられたのか? 捨てられたのか?」


 相変わらず苛烈だ。彼の言葉は容赦がない。


「ユーリ様はそういう方ではございません」


 アゼリアは機械的に口にする。怒りよりも、悲しみと諦めが心を支配していた。


 ここまでくると自分に原因があるような気がしてくる。


(私は、なぜリリアに懸想するユーリ殿下と婚約を解消しないのかしら)


「ユーリみたいな後ろ盾のない奴になめられてどうする。お前はコーリング家の令嬢だろ? 袖にしてやれよ。あんな奴」


 気安く言ってくれる。


「二回も婚約が白紙になったら、私の行先は修道院しかありません」

「俺が貰ってやるよ」

 ローガンの言葉に驚いた。


「まさか? 妾になれと?」


 ユーリに捨てられて、弱気になってはいるが、さすがにローガンの妾になるなど考えられない。思わずローガンを睨んでしまう。

 

 するとローガンが渋い顔をした。


「まったくお前はきついな。

 リリアは伯爵家の養女だ。元は平民だから、王妃はお前で妾はリリアでどうだ?」

「は? え? ちょっと待ってください。リリア様が平民って」


 情報が多くて混乱する。するとローガンが楽しそうに笑う。


「これは秘密だ。王妃が元平民だなんてこの国ではありえないからね。リリアが隠したがっている。それに俺とリリアの仲は未だ父母に反対されている。


 あいつ可愛いんだけれど馬鹿でさ。俺もなんであんなの選ぶのかと言われて王宮内で肩身が狭いわけさ。

 だからと言って候補に挙がっている公爵令嬢のマリエルはいやだ。

 アゼリアより器量が悪いから問題外だ」


 ローガンはリリアと弟に裏切られていると知ったらどうなるのだろう。激しい人だ。二人とも殺されかねない。


「面白い冗談ですね」


 ローガンの話は切り捨てた。彼と復縁など考えられない。

 彼への愛は消えたから、愛人がいても割り切れる。だが、何よりローガンは冷酷すぎて危険だ。


「お前、そういうところが可愛くないんだよ」


 別に今更彼に可愛いと思われなくても構わない。


「そうですね。私は可愛げがありませんので、リリア様とお幸せに。これから授業があるので失礼します」


 そういって、アゼリアは席を立った。




 ユーリは完全にリリアに靡いてしまった。

 学園で声をかけても慇懃無礼に対応されるだけだ。まるでアゼリアと婚約していることなど忘れたかのように。


 何とか話をしようとしたがどうにもならなかった。


 もうそれが一か月以上続いている。


 本当はもっと早く決断しなければならなかったのにぐずぐずとして……。


(気のせいだと、彼が戻ってくると期待していた。人を愛することの怖さと辛さを知っているのに。私は愚かな人間だ)





♢♢♢




 アゼリアは家に帰ると久しぶりに、マハの住む別棟を訪れた。ユーリの心が離れ始めてから、彼女に会うのが憂鬱になった。


 すぐにでも相談するつもりだったのに。


 まずは人払いをしてから、マハがお茶を入れてくれる。


「それでね。ユーリ殿下の事なのだけれど」

「リリアに攻略されちゃった?」


 マハがあっけらかんとした口調で言う。


「攻略って。とても軽い言い方ね」

 アゼリアが気を悪くしたように言う。


「もしかしてユーリの事好きになっちゃってたの?」

「いいえ、それほどでも」

「そう」

といってマハは静かに頷いた。


 しばらく二人は黙って紅茶を飲み、焼き菓子をつまんだ。


「それにしても一年か……ユーリ、随分ながくリリアに落ちなかったのね。普通は三ケ月くらいなんだけれど、意外に粘ったわね。バグっているのかしら、あの第二王子。

 それで、アゼリアはどうするつもり?」


 アゼリアはマハの言葉に力なく笑う。


「修道院へ行くしかないわね」

「割り切れるなら、ユーリと結婚したら? 多分リリアは王妃になりたいと考えているだろうから、ローガンと結婚するわよ」


「それが、そうでもなさそうなのよ。陛下が反対していてね」


 するとマハが目を見張る。


「え? 何その話。初耳なんだけれど。

 ゲームでそんな設定なかったわよ。

 まだ反対しているの? 割とすんなり国王と王妃に認められるはずなんだけれど」


 そこで、こつこつこつとドアをノックする音が響いた。


「はい、どなた?」


 マハが返事をすると本館の執事の声が聞こえる。


「アゼリアお嬢様はいらっしゃいますか? ユーリ殿下がお越しです」


 後手に回った。ユーリに先に婚約を破棄されるようだ。そんなの気持ちが、心が、耐えられない。


「私は、具合が悪くて寝ていると言って」


 アゼリアが執事にそう命じた。 

 次は婚約破棄を言い渡す側になると決めている。




♢♢♢



 しかしやはり心はじくじくと痛む。婚約破棄するにはまずコーリング侯爵である父シモンに話しを通さなければならい。


 アゼリアは、ユーリに会いたくないばかりに病に臥せっていることにした。


 それなのに、彼は毎日コーリング家に見舞いに訪れた。

 風邪をうつすと困るからと言って、アゼリアは一切彼に会わなかった。


 当然家族は「殿下と何かあったのか?」と心配したが、話す気力がない。


 そして、ユーリはアゼリアに手紙を置いていった。


 読むのが怖くて、アゼリアはそれを火にくべた。





 四日目の朝、重い気持ちを抱え学園に行くことにした。

 いつまでも逃げているわけにはいかない。


 しかし、今度ばかりは「アゼリア、お前との婚約を破棄する」などと宣言されたくはない。


 自分から言わなければ、暗い決心を胸にアゼリアは馬車に乗り学園に向かった。


 そして学園で目をしたものに驚愕した。


 リリアの右隣にはローガン、左隣にはユーリ、それから騎士団長の息子のケイン、宰相の息子。将来有望な若者が皆リリアの周りに(はべ)っている。


 勇気をだして、彼らのそばに近づくも、皆不審げにアゼリアを見る。ユーリまで、アゼリアが誰か分からないような冷たい視線を送ってくる。



 アゼリアは逃げ出した。そこには貴族令嬢の矜持などない。



♢♢♢




 家に帰るとすぐに父の執務室にいった。


「お父様、ユーリ殿下の御心はもう私にはないようです。だから、婚約を解消させてください。私は修道院へ行きます」


 するとシモンが驚いたような顔をする。


「何をいっているんだ。アゼリア、ユーリ殿下から心が離れたのはお前の方だろう? 

 ユーリ殿下は、お前が仮病をつかっている間も心配して足しげく通ってくだっさたのに。なぜそのようなわがままを言う。

 まさか、まだローガン殿下がよいのか?」


 父がアゼリアを咎めるように言う。


「違います。ユーリ殿下は学園で別の女生徒と……」

 そこまで言うとシモンは察したようで、顔色を変える。


「何? それは確かなことなのか?」


 気の強いアゼリアが、泣きそうになって頷く。


「わかった。アゼリア、少し落ち着くのだ。賢いユーリ殿下がそのような愚かな振る舞いをするとは思えないが、お前が言うのならば、調べよう」


 父が力強く請け負ってくれた。


 そしてその後も、ユーリはコーリング家にやって来たが、アゼリアは頑として彼に会わなった。


 話しがあるのならば、学園ですればいい。それなのに彼は学園ではリリアのそばに侍り、アゼリアをいない者のようにあつかう。



 アゼリアは学園で必死に虚勢を張っているが、「第一王子にも第二王子にも袖にされた」と貴族の子弟に笑われている。


 今日も学園の食堂で、リリアに周りには王族を初めとして名だたる貴族の令息が集っていた。リリアの軽やかな笑い声が食堂に響く。


 最近ではリリアに反感をもち、アゼリアにすり寄って来る者もいる。

 そんなもの達と食堂でランチを囲むのはみじめだ。


「アゼリア様、リリアが許せません。伯爵家の抗議に行きましょう! 一緒に戦いませんか?」


 アゼリアは首を横に振る。そんなみっともない真似は出来ない。アゼリアの行先は修道院だ。もちろん家の為に慰謝料は貰うが。




 アゼリアはユーリを少し恨んでいる。


 彼と婚約者してからの日々は穏やかで楽しいものだった。


 優しく紳士的なユーリの態度に夢を見てしまった。彼がとても素敵だったから。


 一度も彼が甘く愛を囁いたことなどないのに……勝手に心が動き、知らずにときめいて。


 アゼリアは彼と婚約を結んだことを深く後悔していた。



♢♢♢





 その日、学園から帰ると最近毎日のようにコーリング家に来ていたユーリが訪ねて来なかった。


 来たとしても会うつもりはないが、見捨てられた気分だ。



 きっと書面で婚約の破棄を求めてくるのだろう。


 会って伝えてこようとしたのは、せめてもの彼の誠意かもしれない。心変わりをしておいて誠意も何もないが……。





「お嬢様、遅い時間に申し訳ございません。マハ様がお会いしたいそうです」


 夕食が住み部屋に籠るアゼリアにメイドがそう告げる。確かに訪ねて来るには遅い時間だ。それに彼女のほうから、アゼリアを訪ねて来るのは珍しい。


「そう、じゃあ、通して」


 マハにしばらく会っていなかった。彼女に相談してもどうなることでもない。婚約破棄は家同士の事だ。

 しかし、状況は知らせておくべきだろう。


「それが、あの、マハ様が……」


 メイドが言いよどむ。


「どうしたの?」

「別棟のご自分の部屋に来てほしいと。あのお嬢様を呼び出すのは失礼だと言ったのですが」


 確かに、雇われの身でアゼリアを呼び出すとはいい度胸だ。アゼリアは気にしないが、メイドはかなり戸惑っているようだ。


「わかったわ。心配しないで、今行くから」


 たまには気分転換もいい。

 アゼリアはショールを羽織り、月明かりが煌々とさす夜更けに別棟に向かった。



 マハの部屋をノックする。

「マハ、何の用?」

「お嬢様。お一人ですか?」


 戸口に出て来た。マハが珍しく遠慮したように言う。


「人払いが必要?」


「はい、とてもとても重要なお話があります」

 声がいつもより真剣で、心なし彼女の顔が引きつっている。


「わかったわ」


 すぐに人払いをしてマハの部屋に入ると、マハが素早くドアに鍵をかける。


「どうしたの。マハ?」


 珍しくマハがとても慌てていた。それに何かに怯え、震えているようだ。


「アゼリア、やっと会えた」


 その言葉に驚いて振り返るとユーリがアゼリアの真後ろに立っていた。


 アゼリアは驚いて思考が停止し、反応が遅れた。


「え? どうして……」


 ユーリがアゼリアの前に跪く。


「アゼリア、済まない」

 そう言って頭を下げる。


 何が何だかさっぱりわからないが、そこまで王族に言われて話を聞かずに部屋を飛び出すわけにもいない。


 それに真っ青な顔をしたマハがドアを塞いでいる。

 閉じ込められた。



 アゼリアは落ち着くために、一つ深呼吸をする。


「頭を上げてください。それより、なぜ、こんな夜更けに? お城の方は大丈夫なのですか?」


「城は抜けてきたが、問題ない。

 そんな事よりも、許してくれとは言わないが、まず僕の話をきいてくれないか?」


 そういって顔を上げた彼は少しやせ、やつれているようだった。ここのところまともに顔を合わすことはなかったのでアゼリアは彼の疲れた様子に驚いた。


「私との婚約破棄の件ですか?」


 それでも動揺を隠し、口にする。


 彼から先に言われるのは耐えられない。

 癖でユーリのパラメーターを見てしまうが、やはりゼロで壊れている。


「やめてくれ、君と婚約を破棄するだなんて考えられない」


 そう言って立ち上がったユーリの顔色は悪く頬はこけ目の下にはクマができていた。


「どうなさったんですか? お顔の色が悪いようですが」

 

 こんな状況だが、彼が心配になる。


「ずっと、眠れなかった。君に避けられて」

 

 この言葉には腹が立った。


「私を避けていたのは殿下ではありませんか!」

「申し訳ない」

 

 素直に頭を下げるユーリにアゼリアは冷静になった。


「お話を伺いましょう」

 

 その言葉に促されるように、マハがアゼリアとユーリの前に茶を準備する。それが終わると、マハはまたドアの前にたつ。


 

 それから、ポツリポツリと語られたユーリの話は信じがたいものだった。


「学園に入ると頭がぼうっとして、気付くとリリア様のそばにいるということですね?」


「そうなんだ。学園に入った途端、なぜだか君と婚約している事実も忘れている。

 すべてが夢の中の出来事のようではっきりしない。

 なんというか、不思議な行動をとる自分を俯瞰しているような感じなんだ。それに学園での記憶があいまいで。

 不安になって君のもとに訪れるようになったのだけれど、今度は君がちっとも会ってくれない。

 それから学園の外で周りから噂をかきあつめ、今の状況に思い至った」


 ユーリの話は、言い逃れにしてもひどすぎる。リリアにフラれて戻って来たのだろうか?

 だとしたら随分と馬鹿にした話だ。


「そんな馬鹿なことがあるわけないです。ユーリ殿下の発言とは思えません」


 アゼリアの言葉で二人の間に緊張が走る。


「あの、発言をお許しいただけるでしょうか?」


 マハが遠慮深げに、話に入ってくる。


「どうぞ」


 ユーリとアゼリアの言葉が期せずして重なり。二人は気まずげに黙り込んだ。


 するとマハが許可を得たとばかりに話しだす。


「あの、殿下の話は、充分にあり得ることです」

「どうして?」


 アゼリアがマハの発言に鋭く反応する。


「あ、いえ、お嬢様もローガン殿下に夢中だったではないですか?」


 マハがアゼリアの迫力に気圧されたようになる。こんなことは初めてだ。

 それでもマハはドアから離れない。


「やめてよ。そんな話。どうして今するの?」


「違います。ローガン殿下はそれほどお嬢様に好かれるようなことをなさいましたか?」 

「え?」


 マハの問いに虚を突かれた。


 不誠実で意地悪で、会えば嫌味ばかりで。そういえば、ローガンはアゼリアに好かれるようなことは何もしていない。


 それに比べてユーリは学園では少なくとも紳士で親切で、夜会でも丁寧にエスコートしてくれていた。けっしてローガンのようにアゼリアを軽んじることはなかった。


 それが心地よくて彼を切る決断が遅れてしまったのだ。


「お嬢様、ローガン殿下を好きになったのはゲームの強制力です。

 

 それはユーリ殿下も一緒なのです。

 同じような現象が起きていると考えてみてください。

 

 ユーリ殿下が学園に一歩入った瞬間、ゲームの強制力が働くのです。それで学園内でユーリ殿下はリリア様を愛するかのような行動をとるのです。


 えっと、ヒロインであるリリア様がユーリ殿下ルートに入った場合、ユーリ殿下に婚約者はいないことになっていますから。

 お嬢様が婚約者だということをユーリ殿下は忘れています」


 頭を殴られたような気がした。


「は? ゲーム強制力? 冗談じゃないわ。いい加減にして!

 確かに私にはパラメーターが見えている。でもこれはゲームなんかじゃない。私はちゃんと感情を持っている。


 だから、裏切ったローガン殿下もユーリ殿下も許せない。心が悲しくて苦しくて痛くてたまらないの。

 こんな血を吐くような思いが、ゲームだなんていわれたら、私は……」


「済まない」


 ユーリが力なく謝る。彼が詫びるのは何度目なのだろう。プライドはないのだろうか?


 気付くとアゼリアは涙を流していた。ユーリがハンカチを差し出すが、アゼリアはそれを振り払う。彼からはもう何も受け取らない。


「アゼリア、僕は明日から、学園に行かない」

「え?」

 

 突然のユーリの言葉にアゼリアは目を瞬いた。


「だから、御願いだ。婚約を解消しないでくれ。そして、毎日君のもとにこうして訪れよう」


 美しい顔を苦しそうに歪めるユーリの姿が胸に迫る。いつもはクールな彼が、とてもやつれていた。苦悩が伝わっていくる。

 だが、信用するなど無理だ。


「そんなにコーリング家の後ろ盾が欲しいのですか? 勝手すぎます!」


 どうしても彼の言葉信じられない。信じろと言う方が無理だ。


「今の君には信じてもらえないだろうが、これでも僕は君を愛しているんだよ」


 ユーリが絞り出すように言う。


「それならば、休みの日にデートにでも誘ってくれればいいではないですか?」


 そんなことは一度もなかった。それで愛しているなど信じられない。


「だから、それは兄上が君に懸想していたから。それに早く婚約を解消してアゼリアを渡せと何度も迫られたんだ。

 君が僕の大切な人だとわかってしまったら、兄上はどんな手を使ってでも僕らを別れさせる。そう思ったから、必要最低限の事しかないようにしてきたんだ」


 耳を傾けてはいけないと思うのに、苦しそうに紡ぐ彼の言葉が胸に染みていく。


 マハに視線を移すが、彼女は顔色をなくし怯えているだけだ。

 やがて、決心したようにユーリが顔を上げる。


「アゼリア、僕は卒業まで学園に足を踏み入れない。学園での交友関係を利用して足場を固めようと思っていたけれど、隣国へ留学する。

 君が卒業するまでこの国に戻らない」


 彼の決意に満ちた言葉が、アゼリアの胸に突き刺さる。


「そんなことをして、私がやはりあなたとの婚約を破棄すると言ったらどうするのです? 今度はあなたの逃げ場がなくなりますよ」


「構わない。自分で蒔いた種だ」


 計算高いユーリがいう言葉とは思えない。ユーリはどうしてしまったのだろう。


 それとも彼はいままで、計算高いふりをしていただけ?


「アゼリア、君を愛しているんだ。だから、卒業まで待ってくれ」


 今一番聞きたくない言葉を、耳を塞ぐ前に言われてしまった。



 心が激しく揺れる。


 そのとき、唐突にアゼリアの目の前に緋色の文字が点滅した。






 ルート ヘンコウカノウ リダツ シマスカ?











the end











読了ありがとうございました。

『揺るぎない王子 ~あなたについているものが視えるんです~』

の続編です。



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