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第四十六話 貴族を憐れんではいけない

 石畳の整備された道。両脇には芝生と木々が規則正しく並んでいる。

 中央からの資金がふんだんに使われているこの道は、待ち伏せするには明らかに分が悪い街道。


 カイア程度の人間でも、俺の存在には容易に気づいてしまうだろうし、高位な魔法が使えない現状、気配を消すこともできない。


 だとしたら、暗殺なんてしなくていい。カイア程度の魔法使いなら真正面からでも余裕だ。


 優雅になんて美徳を俺は持ち合わせていない。

 なにより、俺自身が力でねじ伏せたかった。あんな奴らは到底許しておくことはできない。


 俺はゆっくりと息を吐き出し、中央貴族であるカイア達が俺に気づき歩みを速めているのをただ景色の一部として見る。


 石畳と川の靴が衝突するたびにコツコツと響くその音は、まるで金がかかった貴族専用の道路の様。


 俺はその耳障りな音が大きくなり、嫌になった。


 右にある鞘から天剣を抜き出す。

 奇麗な放物線を描くように抜く。


 それを素早く2回ほど、剣をしまい、また抜くという作業のようなものだ。


 そんな作業でしかない、剣技とも呼べない、ただの抜刀。

 それによって風は奇麗に切り裂かれ、カイアの両脇にいる二人の貴族に直撃した。


 というのに、カイアは気づいていない。どうやらこの男はただの親の七光りらしい。

 才能はあるというのに、無駄なことだとして魔法や嗅覚を磨いてこなかったようだ。


 ようやく数秒が経ったころ、ドサッとした音が聞こえたのかカイアは後ろを振り向いた。


「は?」


 間抜けな響きだった。

 カイアはじっと動かない二人を交互に見つめると、やがてゆっくりと俺に向き直る。


「貴様! この私が誰かわからないのか! 私は中央の名門アスタッド家の三男、カイア・アスタッドだぞ!」

「だからどうした」

「どこから奇襲をかけてきたかわからぬが、只では済まさんぞ!」

「済ます前にクルザ王朝は終わる。安心しろ、楽に終わらせてやる」

「何をいって――」


 カイアが続きを言う前に、俺は再び抜刀した。

 瞬間、カイアの胸から腹部にかけて傷ができ、カイアは倒れこむ。


「今、お前何をした......」


 フードを深く被った俺が誰かわからないようで。


「すまないな。楽に終わらせるわけにはいかない。俺は酒場でのお前の発言を聞いていた。『酒のつまみ』がなんだって? お前らだけが肥え、町人は腹を空かせる。それが正しいと思うか」


 すると、カイアは血を吐き出しながら笑い出した。


「馬鹿か貴様。中心の私が、何をしても、許されるのは、当然のことだろう。私は、それだけのことを、している。それより、いいから、早く、傷を治せ!! どこの貴族が俺に暗殺を、命令してきた!!! いや、あいつか!! ダラントンだろう!!」


 カイアは痛む傷で普通なら渋い顔をしているだろうというのに、怒りで顔がくしゃくしゃだった。


 救いようがない。

 俺の心の奥底にあった光は途絶えていた。

 もしかしたらなんてことを考えた俺が馬鹿だった。


 俺は踵を返す。


 途中、何か聞こえてきたが俺は無心で次の目標を暗殺するために急いだ。




 石畳の立派な街道から芝生に入り、何キロか歩くとマーネリアに続く道が見えた。

 石畳の道であるのは同じだが、王都行きの街道とは違い圧倒的に華やかさや整備がされていないその道は、クルザという国を象徴している。


 マーネリア貴族に追いつくために俺はその道を急ぐ。


 しばらく走ると、目標の気配がした。

 アーシャが言っていた通り3人で、2分もかからないうちに到着するだろう。


 だが、俺は急ぐことを止めた。


 マーネリアの貴族連中が悪いことをしているとは限らない。

 だというのに、暗殺をしていいのか。という葛藤が生まれてしまっていた。


 十中八九悪いだろうが、真実というのはわからない。


 素早く暗殺する作戦から、町人作戦に変更だ。


 俺は追いついて、貴族の前を堂々と抜かす作戦を実行した。


 女が一人、若い貴族が一人、中年貴族が一人の変わった面子のようだ。


 しかも、馬車が三台分後ろにいるというのに話し声がかなりクリアに聞こえてくるのは仲がいいからだろう。


 だが、俺はもう後悔していた。


 話の内容は、マーネリアでやった非道な行為の話だった。

 殺しの話だとか、殴った話とか、食べ食いした話だとか、そんなような内容の話で盛り上がっている。


 カイアでクルザ貴族がどんな奴らかわかっていたはずなのに、という後悔で頭を勝ち割りたくなる。


 俺は怒りと、自分が馬鹿だったことが嫌になり、自らのおでこを無意識に殴っていた。


 だが、これでもう迷うことはない。

 柄を握る。


「おい、庶民生まれのかわいい子の彼氏を殺しただって? 庶民をボコボコにしただって? 男あさりをしたあげく、冤罪にしただって?」


 俺がそういうと、前を歩いていた3人は一斉に振りむいた。


「ああ? なんだ旅人。俺たちの服で俺たちがどういう人間かわからないのか? 今ならまだ間に合うぞ」


 中年貴族がそういうと青年は中年貴族の肩に手をのせ、


「ちょうどいい。どうせ、役に立たない旅人で、冷や冷やしたところだ。こいつで憂さ晴らしといこうぜ!」

「それいいわね! いい具合にコキ使ってあげるわ! 私、荷物が重たくて―。でもー、ただ持つだけでは面白くないでしょ? だから、その手を魔法でちょっと傷つけてもいいかしら」


 クスクスと笑いだす青年と女に、中年貴族も笑い出す。


「相変わらず、お前たちは性格悪いぜ。あーあ、若いのはこれだから」

「「うるさい!」」


 そんな会話から仲がいいことが伺える。


「そんなことはどうでもいい。誰からだ」


 そういうと3人は一斉に吹き出す。


「ば、馬鹿がいる! 本物の馬鹿だわ! 貴族相手に旅人ができることなんてないわ! それに、剣って! 木こりかしら?」


 女の言葉が相当面白いのだろう。腹を抱えて笑っている。


 流石にイラっとくる。


 俺は鞘から剣を抜く。


 瞬間、青年貴族はドサッと倒れる。誰でもよかったのだが、たまたま目についただけ。


 横で倒れたら流石に気づくようで、中年貴族と女貴族は真っ青だった。


「ちょ、ちょっとまて。お前、今何をした?」


 中年貴族は平静を装い訪ねてくる。


「剣を抜いた。それだけだ」

「は? んなわけないでしょうが! 剣を抜いたのは見えたけど、風圧で人が死ぬわけないでしょう! ふざけんな!」


 女騎士は杖を抜き、何やら魔法を繰り出す様だ。


 俺はその行為を黙ってみていた。どうせ何をしてもレベルが違う。


「あの世で貴族に逆らったことを後悔するといいわ」


 瞬間、杖の先からは龍の形をした炎が俺を喰らおうと動いていた。


 俺はそれを避け、女貴族の首筋に剣を当てる。

 途中、女貴族は反応をしようとしていたが遅い。


「な、なにが望み? 金だったらいくらでもあるわよ」


 実力差を理解したようで、女貴族は体中汗をかいている。


「罪だ。お前がやった罪はなんだ?」

「は? そんなことを暗殺者である、あんたが知ったところでどうなるの」

「そうだぞ、暗殺者の青年。誰に雇われたか知らんが、その剣の腕、グレアからの逃れ者だろう。お前さんが強いのは分かった。だが、俺たちがもっといい条件を出そうじゃないか」


 中年騎士は両手を挙げながら、俺に近寄ってきていた。

 この様子だと、油断させて俺を殺す様だ。そんな気配を感じる。

 語調からだと適当な人間だと思っていたが、小心者のようだ。

 腰に予備の小さな杖がある。


 中年騎士は悟られないように手を挙げているが、ばればれだ。雰囲気が暗殺の雰囲気。

 あれじゃ、俺の脅威になることはないな。



 俺は再び女を見る。


「民衆のためだ。貴族だからって許されることじゃない。さあ、言え」


 俺は首筋を少し切ると、汗が天剣に付着する。

 女貴族の表情からは怯えが感じられ、着ている服も湿っぽい。


「わ、わかったわ! 斬らないで! 私は騙されてるだけよ! こいつらが! このゲスなこいつらに話を合わせていただけ。こいつらの話は本当よ!」


 そんな声に中年貴族は足を止めていた。


「何を言い出すかと思えば! この糞女! おい、暗殺者の青年。騙されるな、貴族というのは狡猾なんだ。汗の量を見れば嘘をついているのはどちらかわかっただろう」


 身振り手振りで説明してくる中年。


「いや、違うわ! この男は嘘をついている。私は由緒正しい家系よ。この男は成り上がり! どういうことか、理解できるわね」


 目を大きく見開いて唾を飛ばしながら説明する女。


「は! それが本心だったというわけか。穢れた貴族とでも言いたい様だな。だったら俺も言ってやるぜ、クソ女。お前とあの青年はお前の夢である中央貴族との出会いは絶対にないって陰で馬鹿にしていたし、ビッチであるお前をもらう奴なんていないぜ」

「あんただってよく、町人とやってるじゃない! 流石は名のない貴族はやることは違うわね。町人ですって! 貴族とは出会えないのかしら?」


 にらみ合っている二人を見て、俺は呆れていた。怒りなんて感情は通り越している。

 純粋にこいつらはクズだ。仲間だったというのに、簡単にその友情を捨てる気だ。

 


「そこまでだ。もう、いい」

「信じてくれるの?」

「何をいう。おい、青年。この女だけは信用ならないぜ」


 状況を忘れているのか、二人の表情はまるでどっちを信じるのと言いたい様だった。

 哀れな貴族。だが、許すわけにはいかない。きっと聞いた以上のことをやってきたはずだ。


 許すわけにはいかない。

 

 「いいや。すまない」


 俺は怪訝そうに見つめる二人に向かって2度抜刀し、返ってくる言葉は当然なかった。

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