第十九話 宰相は交渉に失敗する
ラザルはとても焦っていた。
この最悪の状況が長引けば、貴族たちもラザルのやり方を疑わしく思う。
そうなったらラザルとその仲間はもう終わりだ。
そのことは王に伝えられる。そして、あの馬鹿な王でもことの重大さを理解してしまい、処分される。そう考えていた。
そんな深刻な状況でも、ラザルはジークに戻ってこいとは言えない。
ラザルのプライドがどうしても邪魔をする。
だから、ラザルは手始めにリース王国へと向かうことにした。
国交断絶している中、王と会うことは厳しい。そう思っていたラザルだったが、あっさりと入ることができた。
それはアリアの最後の慈悲だった。もしジークに謝り罪を認めたら、貿易を再開する気でいたのだ。
そんなアリアの優しさをラザルは知らずに、王座の間に入るなり横柄な態度でアリアに礼をする。
「アリア王!」
「ラザル宰相。どのような要件でここに」
アリアはあくまでも客人を迎えるように、丁寧にそう言う。
だが、ラザルはあくまでも、アリアより上という態度を変えない。
ラザルはアリアを指さす。
「決まっておろう! 食料を売らないとはどういうことだ! それに、ジークはもう必要ないだろう!」
ラザルのそんな態度にアリアは心の中で大きなため息をついていた。
(なんて馬鹿な男なの、このラザルって男。ジーク様に並ぶお人なんていないのよ。どうやら慈悲なんて必要なかったみたいね)
「ジーク様は私にとって、必要なお方。彼は帝国に渡ってまだ2週間もしていないというのに、既に3つの偉大な事をやり遂げています。食料事情の改善、皇帝の暗殺計画を未然に阻止し、お仲間も捕え、民衆の心まで掴んだ。そんな人がこの世界にいますか?」
アリアのその言葉にラザルは何も言えない。
ジークが有能なのは事実。
だが、ラザルは平民のジークがたった二週間でそれだけのことを成し遂げたのが気に入らない。
(またジークだ。どいつもこいつも、ジーク、ジーク、ジークと! この交渉がうまく行ったら今度こそ処分してやるわ!)
アリアはそんなラザルを内心では嘲笑しつつ、続ける。
「そんなジーク様は私たちにとっても、救世主。ここ最近のクルザとの不仲を取り持ったお人。彼を裏切るようなことはできません」
アリアのキッパリ言い切ったその言葉をラザルは気にもしていない。
やはり、これが必要か。
そう考えると、ラザルは懐から1枚の金貨を取りだす。
「もし取引してくれたのなら、裏金をやってもいいんだぞ。金が必要ないなら、クルザの男でも、何でもくれてやろう。どうだ?」
ラザルはにやりと笑うが、アリアは首を振る。
「ジーク様を裏切ることはしません」
ラザルはそうかと心の中でうなずく。
ラザルは脅すつもりだった。クルザの軍事力で、リースを征服すると。
これは慈悲だったんだだが、若い娘にはわからなかったか。ラザルはそう思う。
「ならば仕方がないなぁ。この国を侵略するしか手はなくなる」
ラザルはこの交渉の勝ちを確信していた。
国の滅亡と天秤にかければ、必ず滅亡側に傾く。
これはラザルの経験則であった。
だが、アリアは首を振る。
アリアはジークならば、そうなったとしても解決してくれるそう思っているからだ。
つまり、アリアはジークのことを心から信頼してた。
「いいのか? 国が滅ぶぞ?」
ラザルは動揺していたが、悟られないように強い語調でそう言う。
「ジーク様を信じているので」
アリアの力強い目を見て、ラザルは負けを悟った。
アリアは梃子でも動かない。それはあの平民のせいだ。
(くそ! くそ! くそ! 何故こうなったのだ!)
ラザルは歯を力強く噛みしめると、自らの保身のために深々と頭を下げる。
「頼む! 力を貸してくれないか!」
「ジーク様に謝れば」
その瞬間、ラザルの眉がぴくりと動く。
あの平民に謝るなら、いっそ死んだ方がマシだ。
「それは無理な頼みだ。他のことなら—」
「ならばもういいですわ。ラザル宰相」
アリアがそう言うと、大兵士がわらわらと出てきて、ラザルを城門の外へと案内しようとしていた。
そんなラザルは放心状態だった。
恥を忍んで頭を下げたと言うのに、なんの結果も得られなかった。
ラザルは間接的にジークに負けたのだ。
自分がジークよりも無能だと言う結果が、ラザル自身をイラつかせる。
「私はあの平民より上だ!」
そう言いながら何度もレンガを蹴っていた。
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