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変えられない過去

過去は変えられない。だが未来は変えられる。


そんな台詞を漫画やアニメの中で何回も聞いた。大概この台詞は、「だから今を頑張ろう。そうすれば素晴らしい未来が待っているから」という流れになる。


いい台詞だと思う。


けどそんな台詞を現実世界で聞いた事があるだろうか。


現実はそう甘くはない。犯罪を犯した者が未来を望んだところで、そこには罪という過去の烙印が押され続ける。


人のこれからやることは変えられる。未来は変えられる。それは間違いじゃない。


だがそれと同時に今までやってきた事は変わらない。変えられないのだ。


だから今までやってきた事へのツケは重くのしかかる。犯した罪は消えることなく、未来を変えようとする者に枷をつける。


黒い過去を持つ者が、白い未来を目指したところで、その白には黒が混ざる。


まっ更な白ならば、たった一滴の黒でもよく染みる。


目指せない。変えられない。一度黒くなったものを白に戻す方法なんてない。


そんな絶望をはるか昔に思い知って、日々を送り続けてきた。


「ギャハハハ。それでさ〜あっ、ごめんなさ…ひっ……」


友達と楽しげに話しながら調子のいい笑い声を上げていた男子生徒が、廊下を歩いていた俺にぶつかってくる。


だが俺の顔を見た途端、彼からはその若干不愉快な笑い声が消え、怯えた声を上げた。


別にぶつかられたところで怒ることでもなし、見向きもせずに歩みを続ける。


それでも、


「おいお前バカ…! ちゃんと前見て歩かねーからこうなるんだよ」


「怖ぇ〜…。殺されるかと思った…」


通り過ぎた後ろからそんな話が聞こえた。


何もしていない。ただぶつかられて無視しただけなのにこの言われようである。


何もしていない。いや、本当に()()()()()()()()()のならこんな事にはなっていないのだろう。


別に顔そのものが怖いわけじゃない…はず。


少なくとも俺のことを全く知らない人には普通に接されるし、話しかけられることもある。そこらのコンビニ店員とか、家に来るセールスマンとか…。


むしろそんな人としか会話できない自分が虚しくなってきた。まぁ、見た目からいかつくて、コンビニ店員とかからも怖がられる人より幾分かマシだけどさ…。


「はぁ…」


朝から謎に憂鬱な気分になりながら、教室の戸を開けた。


まだ朝早く、始業時間までは猶予があるので、教室内にいる生徒は多くない。


前の方の角の席で、いかにもヲタクという感じの男子生徒2人がスマホを見せあって何やら話をしていたが、俺が入ってきたのを見て何も喋らなくなった。


うちの学校はスマホの持ち込みはありだが、学校内での使用は禁止という校則がある。教師に見つかれば没収されるが、俺はもちろんそんなことしないし、できない。


だが彼らは先生に見つかった時よりも怯えた顔をするのだ。泣けるぜ…。


中学の時、地元でも有名な不良だった俺だ。その過去が広まり、知れ渡ってしまえば、ウチみたいな進学校で俺に寄ってくる人なんていない。喧嘩なんて売ってくる奴もいない。いるのは怯え、避け、影で不気味がる人間ばかりだ。


もちろんこのクラスに友達と呼べるような存在もいない。


彼らの他には、いつも1番に来て本を読んでいる学級委員長がいるが、いつも通りこちらには目もくれずに読書に没頭している。


みんなが皆怯えるので、どちらかと言うとこういった無視に近いリアクションの方がありがたい。


で、俺の席はというと、その委員長の後ろ。教室を上から見たとき、窓際の後ろ隅にあたる席だった。


スタスタ歩いて席につくと、前の席からペラッとページを繰る音が聞こえる。


席の横の窓は、毎朝俺が来る頃にはすでに開け放たれており、心地よい夏の朝の風が吹き込んでくる。


窓の外にはまだ日の登りきらない、どこか澄み渡った穏やかな夏空が綺麗に広がっていた。


どこまでも続くような、清廉潔白で純新無垢の空。


もし今の自分もこんな風だったら。


「どれだけよかったかなぁ…」


そんなことをうわ言のように呟くが、誰の耳にも届くことなく窓の外へと消えていった。


そしてポケットからイヤホンを取り出し、耳につけて机に突っ伏す。


耳につける方と反対側のプラグには何も刺さっていない。


このイヤホンからは何も流れていない。そこには無音の世界が広がっているだけだ。





────────────────


「はい、それじゃこれで終わり」


「「さようなら〜」」


「最近暗くなるのもだいぶ遅くなってきたけど、寄り道はほどほどにしとけよ〜? さよなら〜」


担任が帰りのホームルームの終わりを告げると、クラス全体から間の抜けた挨拶が上がる。


そして担任が出ていった教室では部活の準備をする者、スマホをとりだして友達とゲームの話をし出すヲタク、帰ろうともせず友達とわりと大きな声で話し出す女子、何にも興味を示さずとっとと帰る帰宅部ガチ勢。色んな人がいる。


うちのクラスでは男子は結構な人数が部活に所属しているので、男子陣は準備をして颯爽と教室を出ていく。


少しでもモタモタしていると周囲は女子だらけになり、男一人その中に取り残されていた。


…とはいえ話しかけられることなんてないし、話しかけることもない。


女子たちは俺なんて空気同然に、自分たちの会話を続ける。


「そういえばさ〜、あのウワサ聞いた??」


「どのウワサよ」


「アレよアレ」


あのとか、どのとかアレとか、もっと具体的に話さんかい。


思わずツッコミをいれたくなる。


「あの最近7組に転校してきたカワイイ子の話!」


「あぁ〜、あの白髪の? ハーフなんだっけ?」


「あんな髪色ならそりゃそうでしょ」


もちろんぼく転校生なんて初めて知りました。


友達はおろか、話せる人さえこの学校にいないぼく。流行なんて踏襲してない。SNSのニュースとかに載せてくれないかな、そういうの。


しかも白髪とか? ハーフ? そんな転校生なら連日クラス中で話題になるんじゃないの? いやなってたのか。それに気づかないくらい孤独だったのか俺…。


たまには人の会話に聞き耳も立てるもんだな、と思い、カバンに教科書を入れるペースを落としながらもう少し聞き耳を立てる。


「ホント可愛いよね〜、私もハーフ白髪美人になりたい人生だったわ」


「男子とかも毎日あの子の話してるしね〜」


え、そんなに? あのヲタクども、ゲームの話ばっかしてないでたまにはそういう話してくれよ…。


「なんでもこの間、繁華街でいかつ〜い人たちと話してるの目撃されたらしいよ」


「ナンパ…?」


「ううん。一部始終みてた人いわく、あの子から話しかけに行ったんだって」


「え…なにそれ…そっちの人ってこと…?」


「わかんないけど…」


そっちの人、と聞いて一瞬びくっと心臓が跳ねた。まるで自分のことを言われたのかと…。い、今は不良じゃないし…。


しかし…ハーフだと不良とか暴力団っていうよりはマフィアって感じか…?


「あと…他校の人たちが、『この街で一番強い不良はだれ?』ってあの子に聞かれたとか…」


「え、なにそれヤバい。ガチじゃん」


「あんな可愛い見た目しながら、裏では不良を率いる女王だとか?」


さすがに話が飛躍しすぎでは…。


ハーフだかなんだか知らんが、美しさだけで率いることが出来るほど不良も簡単じゃない。


というか女としての武器で不良を率いようとすれば、大概その人の奪い合いで不良たちは争う。


知ったように語りたくもないが、人間そんなもんだ。


「でもさ、7組の子はすごい良い子だっていってたよ。ひょっとしたら漫画とかの影響かも…?」


「あぁ〜。ハーフだもんね。でもさすがに不良とかに自ら話しかけに行くのは危なくない…?」


「この街、結構そういう人多いからねぇ…。でも…強い人はだれ〜なんて聞いて何がしたいんだろ」


そこで帰宅の準備が整ったのか、話をしていた女子たちはカバンを掴んで立ち上がった。


そして教室をでる寸前、


「あ、そういえばこの間彼氏が言ってた。うーん…となんだっけ…たしか、




『死なずの狼』?を知らないかって聞かれたとか」




「ぷっ、何それ〜。不良の2つ名? ダッサ〜」


それが最後にきこえた彼女たちの会話。


「『死なずの狼』か…」


聞き覚えがあるか、と聞かれれば…なんて答えるだろう。


ない、といえば嘘。あるといえばある。けどそれだけだ。もう「それ」は存在しないのだから。


「ダサいよな。うん、俺もそう思う」


そう言って、カバンを持って立ち上がる。もう教室には誰もいなかった。


そして俺は、その転校生には絶対近寄らないでおこうと決めた。



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