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劇中群像 Dramatis Personæ  作者: Robert Browning (翻訳:萩原 學)
 
13/15

やっちまった The Worst of It

1864年初出。1865,1868,1880,1888年改訂。自らの毒を恋人の身体に流し込む構図は、Charles Baudelaire"À celle qui est trop gaie(あまりにも陽気な女に)"に重なる。恋人の目に見る湖を、酒にも阿片にも勝る毒と歌う"Le Poison"の反転とも。ただし本作の主題は、それにより癒されてしまった自分と穢された恋人の対比になる。

ボードレールの影響はあまり言われないけれど、1857年の発行直後に裁判となり発禁を食らった『悪の華』を、フランス贔屓のブローニングが意識しなかった筈はない。『悪の華』第2版(1861)刊行後、ボードレールは債鬼に追われブリュッセルへ逃げ(1864)、『パリの憂鬱』『火箭』『赤裸の心』など書き進めながら、程なくして薨去(1867)。アレゴリーを多用しゴチック趣味を撒き散らしたボードレールに対し、ブローニングはあまり使わず、しかし本作ではそれらしい雰囲気を出している。

I.

俺は、やらかしたのか。貴女ではなく!

 もう俺には何もない、貴女なしには

俺には、今更一つや二つ、どうということはない

 シミが皮に増えたとて。貴女はダメだ、最上の

太陽にして我が白鳥、そこに出る斑点、最初は

 彼女の肌の不思議な白に、いや出てくるな、元に戻れ!

WOULD it were I had been false, not you!

I that am nothing, not you that are all

I, never the worse for a touch or two

On my speckled hide; not you, the pride

Of the day, my swan, that a first fleck’s fall

On her wonder of white must unswan, undo!


II.

俺は人生の闘争に浸っていたから、一度ならず、

 シミ斑点が其処此処に、またそれがよく目立ち、

我が白鳥に巡り会ったとき、治療法は明白。

 くすんだものが明るくなった、貴女の白を捕えて

我が懐に入れたから。貴女が俺を救った……無駄に救われた

 貴女が自分自身を台無しにしたなら、それも俺のせいで!

I had dipped in life’s struggle and, out again,

Bore specks of it here, there, easy to see,

When I found my swan and the cure was plain;

The dull turned bright as I caught your white

On my bosom: you saved me—saved in vain

If you ruined yourself, and all through me!


III.

そうだ全ては、斑点付きの獣となった俺からだ、

 誰が貴女に教え込んだか。貴女が自身を捧げ、

魂を縛るなど、いまいましい誓いによって。

 破った方が良いと思うなら、そうすべき、

誓いの……言葉を、書き留めるは天使ならず、エルフとか

 取り違えた、……誓約1つ、警句一言を!

Yes, all through the speckled beast that I am,

Who taught you to stoop; you gave me yourself,

And bound your soul by the vows that damn:

Since on better thought you break, as you ought,

Vows—words, no angel set down, some elf

Mistook,—for an oath, an epigram!


IV.

そうだ、貴女を裁けというなら、俺の心を預けておこう、

 その数100は下らぬこれを、お気に召すまま!

貴女のものになろう、我が伴侶よ、

 貴女なら、離れるも迎えるも、傷つけるも受け入れるも。

甘んじよう、貴女に揶揄われようと、

 罪悪感と黒歴史の咎をもて。

Yes, might I judge you, here were my heart,

And a hundred its like, to treat as you pleased!

I choose to be yours, for my proper part,

Yours, leave or take, or mar me or make;

If I acquiesce, why should you be teased

With the conscience-prick and the memory-smart!


V.

しかし神は何と仰せられよう?我が甘美よ、

 思うに、遺憾であると、貴女がこうしたことは

貴女の足に触る値打ちも地にないけれど。

 貴女の好意に値する天なら有るかも。

天国へ行けなくなるのか金の指輪1つが折れて

 約束の1つは破られた、会うか合わないかのうちに?

But what will God say? Oh, my sweet,

Think, and be sorry you did this thing

Though earth were unworthy to feel your feet,

There’s a heaven above may deserve your love:

Should you forfeit heaven for a snapt gold ring

And a promise broke, were it just or meet?


VI.

俺が誘惑したのだ、貴女を!退屈していた俺は

 貴女の魂を、堕ちて溺れてしまうまで!愚かにも

愛撫の最初はゆっくりとして、次第にそれも熱烈に、俺は

 愛の悲しみに悦びに、貴女がどうにかなってしまえと、

それですっかり嫌われ、拗ねられた感じだったが

 そう言いつつも、貴女は俺を騙しも咎めもしなかった!

And I to have tempted you! I, who tired

Your soul, no doubt, till it sank! Unwise,

I loved and was lowly, loved and aspired,

Loved, grieving or glad, till I made you mad,

And you meant to have hated and despised—

Whereas, you deceived me nor inquired!


VII.

ダメなのか?どうしても?天は見捨てた?

 冠複数授かるも、かの頂にはなし

大理石のように見え、没薬のように匂うは?

 ローブを着せ、椰子の枝を担がせ、

見苦しいまでに着飾られた彼女は

 すべての聖人以上に、と当人たちが確言するほどに?

She, ruined? How? No heaven for her?

Crowns to give, and none for the brow

That looked like marble and smelt like myrrh?

Shall the robe be worn, and the palm-branch borne,

And she go graceless, she graced now

Beyond all saints, as themselves aver?


VIII.

無理!そんなの理解しろといってもな!

 地は貴女の懺悔の場所ともならん。

だからそれが何になると?貴女の幸運を望んでやまない、

 しかし、俺が企んだところで、何もやり方など知らん、

どんな一撃を喰らうにしろ、野郎どもなら未だしも、な

 こんな女の子がやられては話にならん。

Hardly! That must be understood!

The earth is your place of penance, then;

And what will it prove? I desire your good,

But, plot as I may, I can find no way

How a blow should fall, such as falls on men,

Nor prove too much for your womanhood.


IX.

やがて来るだろう、人生の終わりに

 一人歩くあなたが、過去を振り返るとき。

俺は、長く闘争に明け暮れて、

 旅がらすの舞台に路銀を稼いで

何事も無かったように引退するが……ついに呼ばれる、

 悪魔があなたを刺すとき、刃物を貸せと。

It will come, I suspect, at the end of life,

When you walk alone, and review the past;

And I, who so long shall have done with strife,

And journeyed my stage and earned my wage

And retired as was right,—I am called at last,

When the devil stabs you, to lend the knife.


X.

奴はごく些細な隙をたちまち突いてくる、

 他の時間を救えたということでもない、

幸せ、遂には俺の一生に渡る

 約束が破られたため、最初の言葉のためではなく、

本当の、唯一の、我が墓を変える

 喜びの炎と歌の轟きに。

He stabs for the minute of trivial wrong,

Nor the other hours are able to save,

The happy, that lasted my whole life long:

For a promise broke, not for first words spoke,

The true, the only, that turn my grave

To a blaze of joy and a crash of song.


XI.

待ち受ける目撃者よ!俺は旅に出る

 安全な道を陽気に通り、あなたが投げた花の下。

俺の名前が凄いことに、貴女に呼ばれ、

 我が心沸き立つは、知れる限りの善良に

一年中、二人とも若かった、

 天使の交わりを味わった。

Witness beforehand! Off I trip

On a safe path gay through the flowers you flung:

My very name made great by your lip,

And my heart a-glow with the good I know

Of a perfect year when we both were young,

And I tasted the angels’ fellowship.


XII.

証人よ、付け加えるに……いや、待った!

 探して回ろう、どこから矢を打ってきたのか!

貴女を狙ったのかも、しかも瞑想中にとは

 悲しむべきことに。慈悲はしいされ、事実はバラされ。

「遂に虚偽は逃れるとはいえ、何になろう?

 真実こそは勝利を収めん!」溜息つくのもやっとか。

And witness, moreover . . . Ah, but wait!

I spy the loop whence an arrow shoots!

It may be for yourself, when you meditate,

That you grieve—for slain ruth,murdered truth.

“Though falsehood escape in the end, what boots?

How truth would have triumphed!” — you sigh too late.


XIII.

誰が貴女程にも勝利したやら、唸るばかり!

 それが敗れて。きっと貴女は文句も言わず、

はじすすぐまで耐え抜くだろう

 あなたはほとんど恨みもすまい、俺が判事であったなら!

しかし、静かに!あなたを絶望などさせてはやらん。

 改めてやろう、これは秘密だ。希望と祈りを!

Ay, who would have triumphed like you, I say!

Well, it is lost now; well, you must bear,

Abide and grow fit for a better day

You should hardly grudge, could I be your judge!

But hush! For you, can be no despair

There’s amends: ’t is a secret: hope and pray!


XIV.

少なくとも俺は嘘をつかない。本当!

 愛する人よ、真実なんて良いものじゃない!

どうか受け入れてくれ!のらくら者の俺を!

 いよいよ俺に手助けしてくれ、ふさぎこみやつれた俺に、

一日中頭を下げて、夢の中でもしかめっ面の

 我が白鳥に拒絶さることカラス並みとは情けなや。

For I was true at least—oh, true enough!

And, Dear, truth is not as good as it seems!

Commend me to conscience! Idle stuff!

Much help is in mine, as I mope and pine,

And skulk through day, and scowl in my dreams

At my swan’s obtaining the crow’s rebuff.


XV.

人々が俺に教える真実……「間違い!」泣きたい。

 美しき……「仮面を、友よ!下を見ろ!」

悪魔と俺とでやらせてもらう、俺達なりに

 悦んで公正に賢明に珍しく

活かすべく最も望ましいものは、…死。

 もはや願い事ですら、大嘘をつくことになろう!

Men tell me of truth now—“False!” I cry:

Of beauty—“A mask, friend! Look beneath!”

We take our own method, the devil and I,

With pleasant and fair and wise and rare

And the best we wish to what lives, is—death;

Which even in wishing, perhaps we lie!


XVI.

1度きりの誤ちより、遥かに良い行いをしてきたものを……

 親愛なる、貴女!同様……永遠なれ。然して至純なれ、

さては見給え、癒しの水が流れるところ、

 素質に努力、また報われんことを。

別世界にあるべき場所ともなれば、

 総ガラス張り金張り、後光差す神の御座(おは)すならん。

Far better commit a fault and have done—

As you, Dear!—for ever; and choose the pure,

And look where the healing waters run,

And strive and strain to be good again,

And a place in the other world ensure,

All glass and gold, with God for its sun.


XVII.

惨めな!何を言いつけたものやら?

 俺からは説得どころか、助言すら覚束無い。

「貴女が俺を騙してくれて嬉しいぞ、畜生」とでも?

 悪意などない。察するに忍びない。

悪に馴染まず、援助も望まず。

 古式ゆかしく人生送り、命運賭けるは新生活に。

Misery! What shall I say or do?

I cannot advise, or, at least, persuade:

Most like, you are glad you deceived me—rue

No whit of the wrong: you endured too long.

Have done no evil and want no aid,

Will live the old life out and chance the new.


XVIII.

もう貴女の文章はどれを見ても同じ、

 もう俺は何もできない……せいぜいお祈りするくらい

なのに世界中が焚き付けてくる泥仕合、

 祈るがいい、呪うがいいと、良くも悪くも。

我が信用はちり紙よりも散り散りになり、

 我が言葉が火を吐くにつれ、我が心は凍てつく。

And your sentence is written all the same,

And I can do nothing,—pray, perhaps

But somehow the world pursues its game,

If I pray, if I curse,—for better or worse:

And my faith is torn to a thousand scraps,

And my heart feels ice while my words breathe flame.


XIX.

恋人よ、隠れ場所から覗く俺。

 未だに非常に美しく?未だにその両眼を見張り?

お幸せに!1つ付け加えるに、

 お達者で!天使が自慢のものを欲しがってどうする?

俺は貴女を知っていた。しかし天国にて、

 もし出会ったら、通り過ぎ、顔を向けはすまい。

Dear, I look from my hiding-place.

Are you still so fair? Have you still the eyes?

Be happy! Add but the other grace,

Be good! Why want what the angels vaunt?

I knew you once: but in Paradise,

If we meet, I will pass nor turn my face.

speckled hide:斑点のついた皮膚。斑点は病気持ちを意味し、性病の示唆でも有り得るが、ボードレールの「毒(憂鬱)」をより具体的にしたものと読む。

swan :色白の恋人を白鳥に準える。「詩人」「ぶらつく」をも意味する。と同時にボードレール『白鳥』の想起でもある。

unswan :おそらく造語。自分のせいで恋人が「悪い子になった」というなら自業自得でしかないが。

unworthy:ヨハネによる福音書1:27

それがわたしのあとにおいでになる方であって、わたしはその人のくつのひもを解く値うちもない」。

この台詞は預言者ヨハネが救い主イエズスを表現したもので、これに準えたのであれば、恋人を救い主と歌うことになる。

a snapt gold ring:snaptという単語は見当たらず造語らしい。結婚指輪が弾け飛んだという意味なら、必ずしも破壊してはいない。人妻ということなら、壊すより悪い気もする。

I loved and was …:ボードレールを意識したかのような書き方ではあるが、髪の匂いや目の色や体液に執着する変態振りは真似出来なかったようだ。

Crowns to give, :ヨハネの黙示録4:4

また、御座のまわりには二十四の座があって、二十四人の長老が白い衣を身にまとい、頭に金の冠をかぶって、それらの座についていた。

Shall the robe be worn, :同7:9

その後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、数えきれないほどの大ぜいの群衆が、白い衣を身にまとい、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立ち、

ヨハネによる福音書12:13

しゅろの枝を手にとり、迎えに出て行った。そして叫んだ、「ホサナ、主の御名によってきたる者に祝福あれ、イスラエルの王に」。

ボードレール『前世』

彼らは棕櫚の葉で、私の額を涼ませていた。

注意。福音書において『棕櫚』と訳された植物は、実際にはナツメヤシPhoenix dactylifera (date palm)を指す。


ボードレールの影響とは別に、本作の構成はイタリア・オペラのそれを思わせる。ただ、具体的な曲名は思いつかない。時期的にはヴェルディ『椿姫』(1853年ヴェネツィア・フェニーチェ劇場初演)も候補に入るが… 

なお『椿姫』初演が失敗だったという伝説はヴェルディ自身の不満をぶちまけたに過ぎず、実際には9回の上演を記録している。

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