プロローグ 世界が変わる時。
「おい、間宮! 今すぐ菓子パン買って来いよ!」
「俺はイチゴオレな!」
「うぅ、今日もパシリ……?」
いじめっ子たちは、ケラケラと笑いながらボクにそう命令する。
どことなく注文する商品が可愛らしくない? とか、そんなことを言い返してはいけない。少しでも逆らえば一転、目の色を変えて殴る蹴るの暴力だ。
だから、ここは素直に従うしかない。
ボクは財布を手にして、教室を飛び出した。
「はっ、はっ、はっ!」
決して速くはない足を一生懸命に動かして、売店へと向かう。
すると、その途中でも……。
「うわっ!?」
「おっと、悪いな間宮。足が出ちまった」
――わざと、だ。
廊下の端にいた同級生は、わざと足を出してきた。
突然のことに、ボクは避けることもできずに転倒する。
「く、うぅ……!」
「お、泣くのか? 男らしくないなぁ!」
足を出した同級生は、隣にいる後輩たちと一緒に大声で笑った。
悔しい、悔しい、悔しい。でも、ボクには逆らうだけの力はなかった。
「あ、チャイム……」
そうこうしているうちに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
ボクは立ち上がり、目元に浮かんだ涙を拭う。きっとまた、放課後に校舎裏に呼び出されるんだ。そして、暗くなるまで暴力を振るわれる。
それを想像すると泣けてきた。
でも、どうしようもない。
ボク――間宮リンは、どうしようもないほど弱かったから。
◆◇◆
「ただいま……」
ボクは一人暮らしのアパートに帰宅した。
声をかけても、中から返事はない。あるはずがなかった。
結局、今日も校舎裏でいじめられた。身体中に傷ができていて、少し痛むけど、最近ではもうそんな痛みにさえ慣れてしまっていた。
「はぁ……。お母さんには、迷惑をかけられないしな……」
ボクは薄暗い部屋の中。
布団を敷きながら、そんなことを口にした。
「もう、いいや。寝よう」
考えるのも、もう面倒くさい。
そう思ってボクは布団にくるまった。
「明日になったら、全部変わってたらいいな……」
最後に、そんなことを漏らして。
◆◇◆
少年たちは、リンから巻き上げた金をもってゲームセンターにいた。
夜も更けたが彼らが帰宅する気配はない。
「それにしても、本当に弱っちいよな!」
「女みたいな顔して、泣き虫でな!!」
「ていうか、女なんじゃねぇの?」
そんな会話をしながら。
彼らは、最後の硬貨を投入してゲームを終了した。
「あー、楽しかったな。明日も間宮から金を借りようぜ?」
「返す気はまったくないけどな! はははっ!」
三人組の、少年たち。
彼らは大声でそんなことを口にしつつ、外に出た。
「ん、やけに静かだな」
「気のせいだろ? 今日は――」
「おい、ちょっと待て。あれは、なんだ……?」
その時だった。
彼らは、物陰に何かを見つけた。
「おい、なんだよ。あれ……」
一人が、そう漏らす。
全員が同じ顔をしていた。
全身から血の気が引いていく。
「ば、バケモノ……!!」
なぜなら、そこにいたのは――。
「くるなぁ!?」
名状しがたい姿をした、一体の巨大生物。
大きな口を開いて少年たちに迫り、捕食せんとする。
この日、世界は一変した。
世界には原因不明の毒が蔓延した。
そして時を同じくして、異形の魔物が、姿を現したのだった。