第6話
おっさんは責任感ある大人なんですよ!多分。
第6話
男を侍らせるような女は辞めておきなさいと一生懸命セシルくんを説得してアリシア派から離脱させたり、サミュエルくんに剣技を教わったり、ルーファスくんに魔法や宗教について教わったり、コーネリアから貴族のマナーを教わったり、夜な夜な街を見廻りしてみたり、色々な事がありながら三年が経った。
来週は卒業式だ。クラスメイトたちのお陰で俺は無事Sクラスのまま卒業出来ることになったのでホントに良い学友を持ったと思う。
担任が教室に入って来てホームルームが始まる。
「お?今日はコーネリアは休みか?」
そういえば、いつも早めに来ていたのに今日は見ていないなと思っているとラインハルト王子がニヤッと嫌な笑みを浮かべながら口を開いた。
「アリシアへの嫌がらせがバレたと思って怖気づいて逃げたんですよ、きっと。」
俺とセシルくん以外がニヤニヤ笑いながらそれに同調した。
ちなみに俺の見る限りだとコーネリアはまともな注意しかしていなかったように思う。
まぁ、マナーを教えて貰ったといえ贔屓目があるのかもしれないが。
担任はそれを、気にせず話を進める。
「そうか。さて、来週はとうとう卒業式だ。聞いているとは思うが、卒業式は立食パーティー形式だからな。酔って立ってられないなんて事にならないようにしろよ。」
言うだけ言って、担任はいつも通り授業を始めた。
しばらくして昼食を食べに食堂へ向かう途中、医務室から出て来るコーネリアを見かけた。
コーネリアの方は上の空でこちらに気付いていなかったので彼女に付き添う侍女に話を聞くと頭をぶつけて倒れたので休んでいたそうだ。
しかし、ただ頭をぶつけたにしてはコーネリアの顔色が悪い。
気になった俺は結局コーネリアにも声を掛けた。
「ひどい顔色だけど大丈夫か?」
「え?えぇ、大丈夫ですわ。レディにヒドい顔色だなんて言ってはいけませんよ。まだまだマナーがなっていませんね。」
「これはこれは失礼しました、コーネリア様。お詫びに食堂でご馳走させて下さい。」
俺が大仰に振る舞って見せると表情が柔らかくなり、少し顔色が戻って来た。
「ホント似合わないわね。いいわ、丁度食事にしようと思っていたところだから、ご馳走させてあげる。ホントはそんな誘い文句では落第よ??」
「承知しております。では、コーネリア様こちらへ。」
なるべく貴族としての振る舞いを心掛けながら食堂までコーネリアをエスコートした。
俺はいつも通り仔羊のフィレ肉のローストをコーネリアは七面鳥のローストと白パンを頼み、ゆっくりとマナーに気を付けながら味わって食事をした。
食後の赤ワインを呑み始めると、ポツリとコーネリアが話し始めた。
「私、卒業式で死ぬのよ。」
唐突な話に思わず、マナーを忘れて言葉を返す。
「病でも患ってるのか?」
「違うの。卒業式でね、断罪されるのよ。おかしな事を言ってるのは分かってるわ。でもね、事実なの。頭をぶつけて倒れた時に思い出したのよ、卒業式に起こる事を。」
「しかし、ホントだとして何故断罪されるんだ?」
「私が婚約者である王子を奪ったアリシアに嫉妬して嫌がらせしたって言われて、周囲の人間も証言して、その場で処刑されるのよ。」
「なるほどな。嫌がらせしたのか?」
「してないわ!貴族の子女として当然のマナーや常識を守れって言っただけよ!彼女はあなたたち庶民と違って貴族なのよ?学園内とはいえ貴族としての振る舞いを捨てて良い事にはならないわ!」
現代日本人の感覚からすればまぁ嫌がらせっぽいが、貴族社会、特に格差の大きい王都では当然の注意だ。目下の者から目上の者への声掛けは厳禁などというマナーがあるのが良い例だろう。
その後もしばらくコーネリアが落ち着くまで話を聞き、また後日に相談する事にしてその場は解散した。
何とかしてやりたい。
というより、婚約者を放り出してどこの馬の骨とも知れん女にデレデレしてるバカ王子に痛い目に遭って欲しい。
俺は強くそう思った。
その日の夜、俺は認識阻害のマスクを付けて地味な色のマントを羽織り、学園で鍛えた身のこなしを活かしてこっそりと窓から学園を抜け出し、夜の街へと繰り出した。
「(今日は珍しく認識阻害なんですねー?何するんです?)」
「(バカ王子にひと泡吹かせようと思ってな。)」
「(まさか!?王子を闇討ちですか!?)」
「(誰がそんな卑怯な事するか!)」
「(えぇー?ホントですかー?)」
いちいち疑り深いチッチキは放置して、俺は誰にも気付かれず貴族向けの酒場に入ると早速仕事に掛かる。
「ラインハルト第1王子は婚約者に浮気がバレたのを隠す為に、浮気相手と共謀して婚約者を悪役に仕立て上げてるらしい。」
「ラインハルト第1王子が惚れ込んでいるアリシアという娘は婚約者の居る男ばかりを狙って誘惑しているらしい。王国に不和を齎す工作ではないか?」
「(さっきから一人で何言ってるんですか?認識阻害してるんですから聞こえてませんよ。)」
「(甘いな。聞こえてはいるのさ。ただ意識の外にあるだけだ。つまり、俺が何度も意識の外で囁く事で彼らが気付かないうち記憶に刷り込まれていくのさ!多分!)」
「(多分?!まさか、闇討ちより卑怯な方法があるなんて恐ろしい男ですね!)」
「(褒めても何も出ないぞ!)」
「(褒めてないです。)」
そうして俺は卒業式の前日まで毎日この仕事を繰り返し、最後には酒場の客たちも俺の思惑通り噂話を始めてくれた。
そして、とうとう卒業式の日を迎えた。
酒場で流した噂のせいでほとんどの貴族がサプライズで卒業式の様子を見に行く事になったらしいので、俺はいつも以上に貴族らしい格式ばった衣装を着る事にした。
ちなみに、酒場に居る貴族に噂を流す以外にも王子以外のクラスメイトの男子も何とか説得し、アリシア派から引き離した。
他のクラスの男子の事は正直なんの恩も無いのでそういう工作はしていない。
そもそも王子の鼻をへし折ることが出来ればそれで満足なのであって派閥を奪いたいわけではないのだ。
そんな事を考えながらホールへ向かっていると、廊下に1人怯えた表情で立ち竦むコーネリアを見掛けた。
一体、侍女はどうした、と思ったがエスコート役が必要なのか、とふと思い至った。
「もし宜しければ卒業式の会場までエスコートする栄誉を私にお与え下さい。」
俺はそう声を掛けながら完璧な仕草で手を差し出した。
コーネリアは驚いた表情のまま俺の手を取った。
「ほら、舞台の幕が上がりますよ。主演女優はコーネリアあなたです。アリシアと王子にひと泡吹かせてあげましょう。さぁ、顔を上げて。」
少し気障に過ぎるかなとも思ったが、コーネリアの方は気にしていないようだった。
「庶民にしておくには勿体ないくらい偉そうな男ね。何を考えているのか知らないけど良いわ、演じてあげる。有象無象たちにメリディアス公爵家コーネリアの真価を見せて上げるわ!」
そう啖呵を切ったコーネリアに怯えた表情は全く無く、隣に居る俺が思わず震える程にカッコよかった。
俺がコーネリアを伴ってホールに入場するとザワザワと一気に騒がしくなった。
そんな中で1組のカップルがまるでモーセが海を割るように集団の中から現れた。
ラインハルト王子とアリシアだ。
隣でコーネリアの身体が強張るのを感じたが、ラインハルト王子はそれを知ってか知らずか話を切り出し始めた。
「アリシアにヒドい仕打ちをしておきながらよく卒業式に顔を出せたな、コーネリア!お前とはもう婚約破棄だ!いいか?これまでの悪行はすべて調べがついてるんだ!」
はい、嘘入りましたー。調べたところほぼ自作自演か嫉妬した女共の仕業でしたー。
「あら、悪行とは何の事です?それは王家の嫡男として正式にメリディアス公爵家のコーネリアを告発していると捉えてもよろしいのかしら?間違えだった場合、これだけの前で辱めを受けるのですから相応の覚悟を持って挑んで下さいね?」
そう言うとコーネリアはバサッと扇子を開いて口元を隠す。
王子はコーネリアの迫力に僅かにたじろぐがもう既に後には引けない段階にまで来ているのだ。
「も、問題ない!お前の悪行はハッキリしてるからな!」
「それで?どのような事を悪行とおっしゃっているのですか?」
コーネリアが訊ねるとラインハルトは調子を取り戻したのか馬鹿にするような笑みを浮かべながらコーネリアの悪行を挙げ始めた。
「ふん、まずは学園内は身分差は無いにも関わらず、アリシアに嫉妬して俺に近付かない様に言っていただろ!その場には俺も居て見ていたぞ!他にも、アリシアを突き落とそうとした事やアリシアへ飲み物を掛け嘲笑った事も匿名の手紙に書かれてある!もう逃げられ無いぞ!」
コーネリアはフッと鼻で笑い、言葉を返す。
「婚約者にベタベタとくっつく事は身分差関係なく問題ある行為ですよ?それに他の事についてはもう語る必要もありませんね。匿名の手紙なんていくらでも好き勝手言えるでしょう?」
「うるさい!!証拠があろうと無かろうとアリシアを傷付けた事は変わらない!この場で処刑してやる!!」
明らかに狂った事を言い出すラインハルトの言葉に会場はざわめき出すが、コーネリアがパチンッと扇子を閉じた音が響くと彼女の言葉を聞こうと再び静かになった。
「見損ないましたわ、ラインハルト第1王子。思い通りにいかなければ野蛮な力に頼り、口を封じようなどとするような男性だったなんて。仮にそのように口を封じるにしても普通は人に見えない所でやるものですよ?」
堂々と受けて立つコーネリアに会場は圧倒されていたが、ラインハルト王子は空気に耐えかねたのか剣を抜いて襲い掛かってきた。
俺は咄嗟にコーネリアの前に立ち、ルーファスは俺とコーネリアを覆うように魔法のシールドを張り、サミュエルは素手で王子の剣を取り上げ、セシルはラインハルト王子を捕縛した。
「き、貴様ら!私に刃向かうのか!さては、お前たちアリシアを俺から奪うつもりか!?」
王子はセシルに押さえ付けられながら叫ぶ。
会場は阿鼻叫喚だ。
そんな中、突如威厳ある声が響く。
「そこまでだ!」
「ち、父上!こいつらを不敬罪で処刑してください!」
「黙れ!家同士の婚約を蔑ろにしただけでなく相手を処刑しようとするなど言語道断!そこまで女が好きなのであればアリシアという女狐と共に王国の外で生きるが良い!貴様はもう王家の者でも王国の者でも無い!連れて行け!二度と顔を見せるな!」
国王がそう告げるとラインハルト元王子とアリシアは兵士に連れられていった。
その後、国王からコーネリアへ正式な謝罪があり、無事卒業式を終える事が出来た。
コーネリアは挨拶回りに忙しそうだったので、おれはソッとバルコニーへ出た。
意外と緊張していたのか1人になるとホッとした。
何もかも思い付きだったがすべてが上手くいって良かった。いや、セシルくんだけでなく、サミュエルとルーファスまで王子を止めに入ったのは本当にビックリした。
そんな事を考えていると、背後に人の気配を感じた。
振り向くとコーネリアが立っている。
「あら?カーテンコールはまだ終えて無いわよ?最後までエスコートして頂戴。」
そう言って優雅に笑いコーネリアは手を差し出して来た。
俺はその手を取ってコーネリアと共に再びホールに戻った。
戻る時に小声で、「ありがとう」と言ったコーネリアに対し俺は頷きで返し、学友たちと過ごす最後のイベントを楽しんだのだった。
体調悪くて少し投稿遅くなりました。




