第4話
久しぶりに実家に帰って泊まったりすると朝起きた時混乱したりしませんか?
第4話
「知らない天井だ……。」
ベッドから起き上がり周りを見渡すと見覚えのないドレッサーや鏡台、そしてベッドの横にはブーツが置かれていた。
しばらく考え込み、あぁ異世界に来てたんだったと思い出した。
そういえば、チッチキはどこかなと思っていると、タイミングよく脳内に語り掛けて来た。
「(おはようございます!って汗臭っ!!早く風呂に入って来て下さいよ!)」
「(おはよう、チッチキ。髪もボサボサだし、風呂入って来るよ。)」
そうして、昨日の事を思い出しながら女将に金を支払って風呂に入って身綺麗にした後、部屋に戻って下着を着替えた。
「そういえば、カバン買うの忘れたな。荷物どうやって持って行こうか。」
「(え?今更なに言ってるんですか?)」
「(何って、だからカバンだよ。荷物運ぶのに必要だろ??)」
「(え?インベントリのスキルを使えば生きてる物以外は無限に収納出来ますよ?)」
「(え?)」
「(え?)」
確かに、薄らおまけスキルですね、と言われた記憶はあるが使い方は知らない。
「(使い方は?)」
「(インベントリと念じてみて下さい。)」
言われた通り念じて見ると脳裏にリストが浮かぶ。
………………。
金貨2万枚……?
その瞬間、俺はふと思い出した。
「しばらく暮らす為の資金……って言ってたわ。」
「(え!?)」
そこから2万枚の金貨がある事をチッチキに話し、下水路の苦労はなんだったんだ、と泣かれ、インベントリの収納と取り出しをスムーズに行う方法を教えて貰い、ひと段落着いたところで朝食を食べに降りた。
俺はプレッツェルとベーコンとコーヒーを貰い、優雅な気持ちで宿を出て、冒険者ギルドへと向かった。
ギルドに着くと準備されていた荷物を持たされ、乗り合い馬車の予約を取ったからと馬車へ押し込まれ半ば追い出されるかのように街を出た。
乗り合い馬車には俺より少し歳上に見える身なりの良い夫婦と恐らく夫婦の子どもと思われる中学生くらいの少年、そして、奇抜な色の服を来た商人風の男と老神父が乗っていた。
夜行バスや新幹線では寝たふりをして過ごして来た俺はやはり異世界でも寝たふりをしながら過ごした。しかし、苦痛ではない。
何故なら念話でチッチキと会話が可能だからだ!
「(金貨2万枚あるなら学園行かなくて良いんじゃないですか?)」
「(学園に行ってパトロンを見つけた方がどう考えても得だろ!それに戦い方どころかこの世界について俺はかなり無知なんだぞ!?学べる時に学ぶ方が良いに決まってる!)」
「(い、いや、まぁ、そこまで言うなら良いですけど。ところで貴族とか嫌いじゃないんですか?)」
「(貴族って憧れてたんだよね。会ったこと無いからさ。)」
「(み、ミーハー!?めちゃくちゃミーハーな理由ですね!?はぁー、もっとカッコいい思想の人が良かったなぁー。)」
「(あ、そうだな。王都に着いたら仮面を買って夜の王都を見廻りしたりするか!俺もやってみたかったんだよねー、ヒーローみたいなの。)」
「(だから、そういうのがミーハーなんですってば!)」
その後もしばらくミーハーだとかなんだとかの会話を続けながら、馬車に揺られていた。
これからはなるべく強者っぽく振る舞おうと、俺が考え始めた頃、突然馬車が急停車した。
他の乗客たちが慌てふためき御者に説明を求めるなか、俺は一人強者っぽく冷静に目を閉じて座っていた。
御者が言うには盗賊が数人、街道に立ち塞がっているとの事だった。
「(なるほど、俺の出番か。)」
「(何が!?何がなるほどなんですか!?普通の日本人に絶対人殺せないでしょ!?良いから黙って寝たふりしてて下さいよ!)」
「(はぁー?!寝たふりじゃねーし!?これは勝利を確信した強者の余裕だし!?)」
「(えー?でも、他の乗客たちもあの人寝てるけどどうしようって言ってますよ?)」
「(え!?うそ!?鈍感な男と思われてる!?)」
確かに耳を澄ますと、寝てる人どうしよう、起こした方が良いのかしら、などという声が聞こえる。
クソ!この世界に強者は居ないのか!?
今更目を開けるのも釈だしな、と考えていると少年が声を上げた。
「盗賊なんか僕が倒してやる!」
いや、無理だろ、と思っているとすかさず両親からツッコミが入った。
「お前なんかでどうにか出来るわけ無いだろ!うちは貴族とはいえ文官の家系だぞ!?分かっているだろう?」
「そうよ!これから入学するあなたにはまだ無茶よ、セシル!」
しかし、セシルくんの気持ちは固いようで俺の前を横切って馬車を降りようとする。
なんて、男の子らしい男の子なんだ。お母さんハゲるぞ?
と内心思いつつ、俺は手を伸ばして行く手を阻む。
「少年、ここは私に任せてくれ。君はお母さんたちを守ると良い。」
なるべく低めの貫禄ある声を意識してカッコをつける事が出来た。セシルくんも俺を信用してくれたのか席に戻って行った。
「(何カッコつけてるんです!?どうするんですか!?)」
「(降りるしか……あるまい。)」
正直勢いで言ってしまった部分はある。いや、勢いしかないが子どもの前で大人はカッコつけたくなるものだというのは分かって欲しい。
俺はなるべく落ち着いた風を装って馬車を降り、立ち塞がっている盗賊たち三人を見た。
その中の一人が俺を見るや否や大声で
「兄ちゃん、帰るなら今のうちだぜ!」
と笑いながら言ってきた。一瞬、ほんの一瞬だけ俺の心が揺らいだが、俺はそんな心に忠実に大声で返した。
「オッケー!」
そうして踵を返す。一段と大きく笑う盗賊たち。
そして、一発の銃声が響いた。
そう踵を返したと見せかけて振り向き様に盗賊を撃ったのだ。
何が起きたか理解出来てない盗賊たちに向けて更に発砲する。
我ながらなんという頭脳プレイ。
ちなみに6発撃って当たったのは3発だったので命中率はコイントスと同じだ。
足や胸を撃たれ、動けずに居る盗賊たちの後頭部にトドメの一発をそれぞれくれてやり、何とか盗賊たちを撃退出来た。
「ふっ、他愛もない。来世では卑怯な事をせず真っ当に生きるんだな。」
「(いや、あんたの方がめちゃくちゃ卑怯じゃないですか!?トドメを後頭部に一発ってもう裏社会のやり方ですよ!?)」
せっかくカッコつけてるってのに情緒の無いやつだ。
ちなみに、殺す事に抵抗は特に無かった。イマドキはグロテスクな映画やゲームに溢れているし、そもそも未だに鼻がバカになっているので実感がないのだ。
しかし、さすがに人間の死体に触れたくは無いのであとの処理は御者に任せて馬車に戻った。
乗客たちにはかなり感謝され、特にセシルくんには尊敬の眼差しで見られた為、無茶した甲斐はあったと思う。
それから王都に着くまで、どうしたら強くなれるかなどと訊かれたが、両親の気持ちを思いやれるようになれ、とか、様々な知識が身を助けてくれる、とか両親の教育方針を大きく逸れないであろう事を言って誤魔化し続けた。
なんとか強者イメージを保ったまま王都に着いた俺はセシルくんたちと別れて街の中を散策していた。
「(さすが、王都だな。立派な城が見えるのもそうだが、あの街より人も建物も多くて活気がある気がする。)」
「(あの街って……ギルドで推薦まで受けておいて名前知らないんですか?)」
「(いや、誰も教えてくれなかったからね?っていうかチッチキは知ってるの?)」
「(もっちろん!街の名前は、えーっと、イエストルダムですよ!ちなみに王都の名前はテルフェチルです!ドヤ!)」
「(テルフェチルは良いとして、イエストルダムはマジか?ふざけてない?)」
「(ふざけてないですよ!3代前の領主だったトルダム伯爵が逆らう者は許さないという意味で名付けたそうですよ。)」
「(反乱とか起きて街が取り戻されたらノーを突き付ける名前になるのか。)」
「(えぇ。ですが、現在は領地運営も成功しており街の人々からは慕われているのでこのままだと思いますよ。)」
「(なるほどねぇ。)」
今更ながら街の名前を知ったところで肉の焼ける良い香りがして来た。
どうやら嗅覚がまともになって来たらしい。
匂いのする方へ歩いて行くとそこは露天の立ち並ぶ通りだった。
俺は串焼き肉を1つ貰って食べながら、雑貨を扱っている露天を見て回った。
「良いものがあるよ!」
という声に呼ばれて見てみると細かい装飾が施され煌びやかなヴェネチアンマスクのようなものが沢山売られていた。
片目だけ隠すものや目元全体を隠すもの、反対に口元を隠すものや顔をすっぽりと覆ってしまうものなど様々な形のマスクが並んでいる。
「マスクを付けるのはテルフェチルでは一般的なのか?」
「お客さん、髪色もなかなか見ない色ですし、外国のお貴族様ですかね?王都では演劇などの催しも多いので身分差を気にせず楽しめるようにとそういう場に行く際にはマスクを付ける事が多いんですよ。今週は春のカーニバルがあるのでマスクで出歩く人も多いと思いますよ。」
貴族と勘違いされたが、まぁ、服装のせいだろう。訂正するのも面倒なので精一杯貴族っぽい振る舞いを心掛けながら露天の商人に返答する。
「ほぉ、そんな文化があるのか。俺のところには無い文化だな。」
「えぇ、王都は特別に身分格差が大きいので特殊だとは思いますよ。それに、10年前くらいに疫病が流行った事もありましてね。それの対策という意味合いもあるのだとマスクを作る職人たちから聞きましたよ。どうです?おひとつ?」
「郷に入っては郷に従えと言うしな。いくつかオススメのものを貰おうか。」
俺がそう言うと、待ってました、と言わんばかりにいくつかマスクをピックアップし始めた。
「オススメはこの3つですね。特に髪色と同じ顔全体を覆うこのマスクはオススメですよ!なんてったって変声の魔道具が仕込まれてますからね。」
「変声の魔道具?」
「えぇ、マスクに魔石が仕込まれていてそれを動力に変声の魔法が発動するんですよ。錬金術師じゃないので詳しくは分からないんですが、そういうもんらしいです。」
「魔石の魔力が切れた時はどうすれば良い?」
「新しい魔石を付けるか、魔石に直接魔力を流して充填してやれば問題なく使えるそうです。買います?」
「買った!他にも似たような魔道具付きのマスクをいくつかくれ!」
「はい、では、変声と幻影と認識阻害の3つで金貨3000枚となります。」
俺はインベントリから金貨を取り出して支払いし、さっそく使ってみた。
変声の方は少し声が低く太くなり、幻影の方はチッチキによると髪色が金に見えたらしい。認識阻害もチッチキに見て貰ったがかなり注意深く意識しないと路傍の石程度の認識になるらしい。
良い買い物をした。
俺は商人に礼を言ってその場を後にした。
「(って、めちゃくちゃ無駄遣いじゃないですか!!)」
「(いや、王都の夜を守るには大事なものだから!後はコートとか服とかも買わなきゃ!)」
「(本気で不審者じみたヒーローになろうとしてる!?)」
「(不審者じゃねぇ!!ダークヒーロー!良いだろ、異世界を楽しんでも!)」
「(もっと冒険方面で楽しみましょうよ!なんで街の警邏なんですか!?)」
「(ここに悪があるから?)」
「(もういいです!早く入寮して頭冷やして下さい!)」
何故か怒られた俺は服を買う前に学園の寮に向かった。
学園の門では当然門番に止められたが、ギルドマスターからの推薦状を見せるとすぐに部屋へと案内された。
寮の部屋は3階の角部屋で窓からは王都の街が見下ろせた。
広さは大体10畳くらいあり、部屋の中にはクローゼットとベッド、机と椅子、後はサイドテーブルが置いてあり、床にはカーペットの上にラグマットが敷かれていた。
しかし、トイレはあるのに風呂は付いていなかった。
部屋まで案内してくれた門番に聞いてみると共同浴場があるらしく、そこでみんな汗を流すらしい。
他にも入学式が一週間後という事や学園の設備に関して色々教えて貰い、俺は金貨二枚をチップ代わりに渡してお礼を言った。
門番なんかは絶対に今後も関わるからな、なるべく心証が良い方が良いに決まってる。
「(金貨2万枚あるからって散財してたらすぐ無くなりますよ!私また下水路行くの嫌ですからね!!)」
「(おいおい、王都で余裕で家買えるくらいの額がそうそう無くなるわけ無いだろ、チッチキ。あ、そうだ家買おうかな?)」
「(寮費払って貰えてるんですから寮に暮らしましょう!!全然交流増えないじゃないですか!)」
それもそうか、と思い、家の購入は保留にする事にして、ひとまずインベントリから荷物を出して荷解きを済ませた後、服を買いに再び街に繰り出した。
「(インベントリから出す意味ありました?)」
「(生活感が大事だろ!友人呼んだ時生活感無かったら不気味だろ!)」
「(無駄だと思うけどなー。って!さっそく幻影のマスク付けてる!?)」
「(せっかく買ったからな。)」
「(大事な場面で使うキーアイテムにしましょうよ!)」
「(うるさい!買ったのは俺だからどう使っても良いの!)」
そんなこんなで俺の王都生活は始まった。
この世界では冒険者ギルドも信用商売です




