第3話
子どもの頃に下水路を探検したりしたけど、いま考えると危ないですよね。
第3話
宿に着いた。一階は食事が出来るスペースがあり、宿の名前はユニコーンの憩い場という名前なのに、何故かツノの生えた熊の剥製が飾ってある独特な宿だ。
「いらっしゃい。宿泊は一泊30銀貨、入浴は一回20銀貨、お食事はメニューにより異なります。」
恰幅の良い女将に声を掛けられて、俺はふと気付いた。
金が無い。
「まだ少しやる事があるので部屋が空いてるかの確認だけしに来たんですが、空いてますか?」
「あー、そうですね。今は全て空いてますが、うちは三部屋しか無いので泊まるなら早めに来て頂く方が良いですね。」
「そうですか、ありがとうございます。では、早めに用事を済ませて来ますね。」
なんとか女将に金が無いことを悟らせず宿を出る事が出来た俺は日銭を得る為に慌てて冒険者ギルドへと向かった。
「(こういうの貧乏暇なしって言うんでしたっけ?ヤダヤダ、こうはなりたくないなぁ。)」
妙に煽ってくるチッチキを無視して常時依頼について最初にギルドについて説明してくれた職員に確認する。
常時依頼はFランクだと害獣退治か草や花や木の枝などの植物系の素材集めが主だそうだ。
植物素材の簡易図鑑を金貨5枚で販売してますよ、と言われたがその金が無いので諦めた。
害獣退治は主に街の下水路でのネズミ退治らしいが、臭いもひどく、稀にひどい病気を患う事もあるせいで誰もやりたがらず、かと言ってやらないわけにはいかないので常時依頼にしては破格の1日金貨三枚、倒したネズミの数によって更に増額という超高報酬になっていると教えてくれた。
なんという幸運!病気にならない俺の為のサービス依頼じゃないか!!いや、ホントは臭いのは勘弁して欲しいところだが、そんなことは言っていられない。まずは稼がねば生きていけないのだ。
という事で、嫌がるガイド妖精チッチキを道連れに俺たちは下水路へ向かった。
「(やだやだやだやだ!妖精だって臭くて汚くて暗いところは不快なんですよ!?)」
「(金が無いんだから仕方がないだろ。)」
「(鬼!悪魔!ゴブリン!)」
「(ゴブリンも鬼の類だろ……。)」
「(とにかく!辞めましょうよ!薬草集めにしましょう!こんなに妖精が頼んでるんですよ!)」
「(無駄だ。もう受注した。諦めて入るぞ。)」
「(くぅぅ……。無情だぁー!)」
「(下水路と言えば、無情なもんなんだよ。)」
「(意味不明!)」
とそんなやり取りをするうちに下水路の入り口に着いた。ギルド職員が下水路の扉に鍵を差し込み、そっと開けてくれた。
「では、3時間後に迎えに来るまで安全の為に施錠しますのでそれまでの間ネズミ退治お願いしますね。」
俺は頷いて中へ入る。ムワッとした生温い空気と共に腐臭が鼻腔を残忍に刺激してくる。
一瞬で迫り上がってくる吐き気を抑えつつ、ギルドから支給された松明に火を点けると、それを確認した職員は扉を閉めガチャリと鍵を掛けた。
「(私はこんな臭くて汚いとこに閉じ込められて掃除しながらネズミ退治する人のガイドする予定じゃなかったんだけどなぁー。もっと俺TSUEEE!って感じで悪いやつをバッサバッサと倒していく爽快アクションヒーローのガイド予定だったんだけどなぁ!!ねぇ?聞いてる???)」
俺は黙って、下水路に立て掛けてあった掃除用具を背中に背負いながら石造りの通路を歩く。とりあえず視界を確保する為に、燭台に火を移しながら下水路を見て回る。
「(普通、大体の異世界人は街に来てボーイミーツガールして素敵な冒険の旅が始まるもんなんだよ???なんでいきなり下水路の掃除とネズミ退治なんてゴリゴリに仕事感ある仕事選んじゃうの!?森とかに繰り出さなきゃ冒険者同士の良い出会いとか絶対無いじゃん!?そして、聞いて!?無視しないで!?)」
やはり、時々人が入るお陰か思っていたより下水路は酷くは無かった。これなら掃除は大した手間じゃないかもしれないな、と考えつつ200mほど歩いた所で壁に取り付けられた松明ホルダー的なものに松明を置いて掃除を始めた。
ちなみに、チッチキは拗ねているアピールなのか一人でコントをやっていた。
薄暗くぼんやりとした光が揺れ動くなか石畳を綺麗にしていくのはなかなか難しい作業だ。
そもそも汚れなのか影なのか判断が付かない。
とりあえずモップで汚れらしきものをこすって水路の方へ落として行きながら来た道を折り返す。
5分ほどで歩いた道を初めての作業な事もあり20分ほど掛けて戻る頃には鼻も目もだいぶ慣れて来た。
汚れがきちんと落ちてるかチェックしながら松明を取りに戻り、俺は更に200mほど先の通路を掃除し始めた。
その間、チッチキは退屈して来たのか、悪しきモンスターが襲って来てこないかな、とか、魔人と不意遭遇戦するべき、とか縁起でも無い事を願っていた。
そうして約1kmくらいを掃除し終えて足元の安全を確保出来た俺は、本格的にネズミ退治を始めた。
もちろん掃除の合間にも見つけ次第踏み殺していたのだが積極的に探したわけでは無いのでまだ20匹くらいしか殺せていない。
しかし、来る方向は一定でそちらに向かうにつれて数が増えているので多分近くに巣があるのだと思う。
大体100匹ほど殺して集めた死体が山となりなんだか気持ち悪くなり始めた頃、不意に空気が変わった気がした。
背筋に悪寒を感じ、本能が逃げろと囁いて来る。
「(チッチキ!この感じはなんだ!?)」
「(レイス!レイスですよ!早く銃を構えて下さい!)」
「(すすり泣く女の怨霊か??チッチキの望み通りボーイミーツガール出来たな!!!ところで、怨霊を銃で倒せるのか?)」
「(バカな事言わないで早く構えて下さいよ!!!ゴースト系には魔法しか効きませんが、あなたの銃は魔法の弾丸を放つものなので効くはずです!おそらく、多分、メイビー、きっと、そうであったら良いなぁ。)」
「(最終的に願望じゃねぇか!!頼りにならねぇ!)」
しかし、どうしようもない。俺は掃除用具を立て掛けて嫌な感じがする方に向けて銃を構える。
ヒタヒタと何かの足音が徐々に大きくなり、とうとう白いぼろ布を来たロングヘアのナニカ、恐らくはこれがレイスだと思う。それが俺の視界に入った。
レイスの方も俺を認識したのか動作を止めた。、
「(耳を塞いで!!!!)」
俺はチッチキの突然の叫びが脳内に響いた事に驚きつつ、指示通り耳を塞いだ。
直後、レイスがこの世のものとは思えない甲高くおぞましい声でシャウトした。
「(あれを直接聞いてしまうとしばらく硬直してしまうんです!動きを止めたらシャウトが来ると思った方が良いですよ!)」
「(マジかよ!難易度高すぎだろ!)」
そして、レイスは滑るようにグングンこちらへ迫って来る。俺は咄嗟に引き金を引いたものの一発目は外してしまった。
「(下手くそ!全然銃使えてないじゃん!!私こんな下水路で終わりたくないよー!)」
「(うるせぇー!日本は銃なんて無い平和な社会なんだよ!!仕方ないだろ!)」
しかし、魔法を使ったというのが牽制になったのかレイスは少し動きを鈍らせ近付くスピードが落ちていた。
これなら当てられるかも、と再び引き金を引こうとするとチッチキから怒声が飛んで来た。
「(もう少し下!なんでまた頭狙うんですか!?身体の中心より少し下を狙って撃って!!)」
うるせぇー、と思いつつも素人な俺は指示に従い身体の中心より少し下に狙いをつけ引き金を引く。
リボルバーは反動で跳ね上がり、青く輝く弾丸は光の軌跡を残しながらレイスの頭部へと吸い込まれていく。
ワンテンポ遅れてレイスは停止し、紫のカケラを床に残して煙のように消えた。
「(ら、ラッキー……。)」
「(ラッキーじゃないですよ!私が助言しなかったら全然死んでたじゃないですか!!!)」
「(確かにそうだな。偉いぞチッチキ!ありがとう!君は命の恩人だ!下水の守護妖精、略して下水妖精と呼ぼう!)」
「(そうそう分かれば良いんですよ。いや、変な呼び名はやめろよ!!!絶対呼ぶなよ!?)」
「(いや、冗談はさておきホントに助かったよ。そろそろ良い時間だしギルドから貰った麻袋にネズミの死体入れたら帰ろうか。レイスの話もしなきゃなんないし。)」
「(やっと……解放される……。お金貰ったら絶対すぐ服買って着替えて下さいね!臭いままなんて嫌ですからね!)」
それから俺はネズミの死体をまとめ、レイスの残したカケラを回収し、下水路の入り口に戻り始めた。
道中いかにこの仕事が辛かったかチッチキが大演説をかましていたので、空気の読める俺は翌日も同じ仕事をするつもりであることは黙っておいた。
入り口まで戻るとギルド職員が丁度鍵を開けに迎えに来てくれていたので、そのまま一緒にギルドへと向かった。
冒険者ギルドに着いた俺はネズミの死体がたんまり詰まった異臭を放つ麻袋を渡し、レイスが出た事もついでに報告した。
レイスをどうしたのか、と訊かれたので討伐した事と討伐後に紫のカケラを残して煙のように消えた事も話した。
しかし、まだ半信半疑のようだったので、ポケットから紫のカケラを取り出して見せるとギルドマスターを呼ぶので待つようにと言われ、最終的に二階にあるギルドマスターの部屋へ招待された。
部屋に入ると筋骨隆々とした厳つい爺さんが座って待っていた。
戦々恐々としながら、俺は「この度はどうも」とかなんとか適当な挨拶をしながら、事の顛末を再度説明したが、ギルドマスターもやはり半信半疑のようだったので紫のカケラを見せた。
「ここ数年、これまでレイス出現の報告もその兆候も無かったので到底信じられる事では無いが……。少しこのカケラを借りても良いかな?」
俺は頷いてギルドマスターにカケラを渡した。
ギルドマスターはカケラを手に取り、じっくりと眺めて、ひと通り観察し終えるとカケラを机に置き、俺の方へ向き直って口を開いた。
「お前は今日仮登録したばかりのケントで間違いないか?」
「はい。間違いありません。」
「魔法は使えるか?」
「えぇ、一応使えます。」
「ふむ……。」
そう言って暫しギルドマスターは考え込む素振りを見せ、机の上に無造作に置かれている書類をいくつか確認し出した。
黙って待っていると、良い考えでも浮かんだのか書類を置いて再び俺に向き直った。
「本登録の試験を免除する代わりに王都の学園へ行かないか?」
俺は突然の事で意味が理解出来ず、ギルドマスターに問い直した。
「オウトのガクエンですか?」
「あぁ、王都のドランブイ学園だ。実はギルドの推薦枠が余っていてね。」
「そこへ通えば試験免除されるんですか?」
「いや、三年間通い無事卒業出来たら、だな。それと保証金は準備しなければならない。」
「三年間で金貨1万枚稼ぎながら学業もしっかり修めなければならないという事ですか。」
「いや、ドランブイ学園は貴族の子息子女が多く通っているので出来ればツテを作りパトロンを見つけて欲しいと思っている。」
「なるほど。ところで入学金や制服、王都での生活費などはどうすれば?」
「今回のレイス早期討伐の礼に寮費や入学金、制服代となんなら王都までの馬車代すべて出そう!」
「パトロン探しの為に私服もある程度のものが無ければ困るのですが?」
「分かった!今回の報酬として金貨250枚も付けよう!ただし、レイス討伐の件は胸に秘めていてくれよ?下水路の管理をする人間が居なくなると困るからな。」
「分かりました!学園入学の準備に忙しくて、つい、忘れる気がします!」
「よし、では明日の昼前にギルドへ来なさい。荷物を用意しておく。」
こうして、俺とギルドマスターは握手を交わして別れた。
ギルドを出た俺は早速、服屋へと急ぐ。
当然、悪臭漂う俺は入店拒否されたので金貨100枚を店主に渡し、適当な衣服を見繕って貰う事にした。
服屋の裏で待っていると俺を見兼ねた店主の奥さんが桶に入って汚れを落とせるようにお湯を準備してくれた。
何度かお湯を取り替えて貰いながらすっかり身体が綺麗になった頃、店主が服を持って戻って来た。
プールポワンとかいうキルティングが入ったトップスとショースという白タイツのようなパンツ、それとサーコートという無地のアウターを用意してくれたらしいのだが、服について詳しくない俺にはさっぱり分からず、店主に着方を教えて貰った。
ちなみにこれまで来ていた服は疾病対策として湯沸かしの為の薪代わりに使って貰った。
次に、靴屋にも行ったのだが靴屋の店主は俺を上から下まで見るなり、待ってろと言って乗馬用ブーツを用意してくれた。
金貨50枚だと言うので、その通り支払い、俺がこれまで履いていたビジネスシューズは焼却処分して貰った。
こうして、完全にこの世界に馴染んだ服に着替えた俺は意気揚々と宿へ向かった。
宿に入ると前回訪ねた時と異なり人が多く活気があった。
俺はまず、女将に部屋の有無を確認し、最後のひと部屋が空いているとの事だったので先に支払いを済ませて鍵を受け取った。
疲れていたので、適当に野ウサギのローストとビールを頼んだのだが、悲しい事に鼻が利かずまったく味が分からなかったのでとっとと寝る事にした。
部屋のベッドに思い切り飛び込み、
「(もう、絶対下水路は嫌ですからね!)」
というチッチキの愚痴を子守唄に俺はそっと目を閉じて眠りに就いた。
妖精にも嗅覚あるんですかね?あるよね、きっと。ある。あります!




