【ホラー】短編⑤
マリは悔しさに顔を歪ませた。
カナメなんかとホストクラブ『スコーピオン』に来たことを心底でとても後悔していた。彼女が迷惑をかけるのは毎度のことではあったが、今回、ここまでやらかすかとは思ってもみなかった。しかし、それは後の祭りであって、今更どうしようもないことだった。
いつもカナメはこうなのだ。
先週、2人でマジックバーを訪れた時もそうだった。カナメは店内に入るや否や、煙草臭くて目眩いがするだの、周りを暗くしすぎてマジシャンは手元を誤魔化すつもりだの、文句が止まらなかった。しかも、それを店のスタッフに聞こえるように言ってしまうのだから、たちが悪い。いつでもこんな風に、マリはカナメと一緒にいると、惨めな思いをさせられるのだった。
ホストクラブを出たカナメは、悪びれた様子も、申し訳無さそうな素振りも見せなかった。あまりの言動に、こいつとはこれっきりにしようとマリは思った。
「これからどうする?バーでも行こうか」
と出し抜けにカナメは言った。
「もういいでしょ、今日は帰ろう」
マリが準備していた解散の提案をすると、カナメはその場に立ち止まった。
「さっきのこと気にしてるの?ヒロキの顔見ると、ああなっちゃうってことだね」
カナメの無邪気な言葉に、マリは苛立たしく答えた。
「そうかもしれないけど、私までお店に行き辛くなるでしょ。そういう風には考えられないかな」
「だって、仕方ないじゃん」
マリはラチがあかないと思った。これ以上言い合っても、彼女から納得のいく答えは返ってこないだろう。カナメにはカナメのやりたいことがある。でも、たぶん、きっと人類とは、・・少なくとも私とは相まみえないのだろう。
「マジックバーの時はどうなの?他のお客さんもいたのに。『わかっちゃったー』って、大きな声だして。誰得だったわけ。言う必要あったの。」
マリが諦めが悪くそういうと、カナメは眉毛を集めて、しかめっ面をした。
「え、なにそれ、昔話?いつの話でディスられてるの?」
「今回さ、ヒロキくんに会いたくなかったんだったら、そう言えば良かったじゃん。それをさ、お店まで行って、みんなに迷惑かけるのはマジで違うくない?それを言ってるの」
カナメは腕組みをした。
「いや、これ、道端でする話?」
2人は無言で居酒屋に入った。チェーン店で案内された席は半個室になっていた。込みいった話をするにはちょうどいい席だった。
カナメはドリンクをタッチパネルで注文し終えると、すぐに話始めた。
「だからさ、分からなかったって言ってるじゃん。たしかに席でゲロったのは悪いけど、あいつの顔みたら、生理的に無理っていうか、やっぱり、あんな振られ方したんだから仕方なくないかな。もう行かなければ良くない」
「いや、普通は席でゲロ吐かないから。そのくらい嫌なら店に行く前に『スコーピオンは止めよ』って言えばいいじゃん。見てよ。私、あなたが吐いたゲロがソファーの隙間に入るとマズいと思って手で留めたんだよ。トモくんも、ありがととか言ってたけどドン引きだったし。私のパンツ濡れてるのあんたのゲロだからね」
マリがそう言ってパンツの染みを見せると、カナメは手を叩いて笑った。
「マジうける」
いや、マジうけねーよ。マリはチューハイを顔にかけてやろうかと思った。でも、しなかった。マリはそういう風に感情を顕にできないし、結局、そんなことはしたくないのだった。
バカ笑いしているカナメを見ていると、マリはどうでも良くなっていた。
「いや、ゴマ付いてるから」
マリがパンツに付いていたゴマを払い落とすと、カナメはさらに笑いながら手を叩いた。
「ゴマ食ってねーし。あー面白ろ」
カラアゲに付いてたんだよ。お前が食べたカラアゲに。無邪気に笑うカナメを見ながら、マリは自分が指名しているホストのトモくんを思い出した。
マリがスコーピオンに行くなら、カナメを誘う他ない。今回のことで、さすがに今後誘うのを躊躇うけれど、それなら今日1人でホストクラブに行くことができたのかと思い返すと、そんな勇気はなかったのだ。
今すぐにトモくんに会いたくなった。トモくんの笑顔に癒やされたいと思った。
「あーでもマジ笑えるね」
とマリは答えた。これはマリにとっての保険。マリにとっての答え。マリが出した正解だった。
(完)