初めましてアンナ
夕食を自室で食べ終わったあと城の中の資料室に向かっていた。
街の現状を見て疑問がいくつか浮かんだ実は資料室の管理をしているという魔導師と話がしたかったからだ。
カビの臭いがするランプに照らされた石畳の通路は記憶に新しい。資料室のくたびれた木の両開き扉は押すとギイィっと鳴って開いた。
「随分挨拶が遅いじゃあないか。」
埃っぽい室内でまた記憶の中の女の声がした。横にある灯りが女の顔の右半分を照らしている。
女が机を軽く叩くと部屋中の灯りがついて数千の本棚が姿を見せた。
「君が魔導師?」
俄には信じがたい。何故なら女の姿は年端もいかない少女に見える。
「そうだ。言っておくが私は60歳だ。子供じゃない。」
「これも魔法?」
「この姿の方が親しみやすいだろう?それとも別の姿がいいかな。」
少女は老婆に少年、成人女性、犬とクルクルと姿を変えた。
「何がいい。君の親しみやすいモノの姿になろう。君にだってなれるぞ。」
「いや、君の...貴方の好きな姿でいてください。」
じゃあ。と犬から先程の少女にまた姿に変えた。
「若いってそれだけで価値があるからね。」
ニカッと笑った彼女は続けて言った。
「魔導師にとって名前は重要だ。申し訳ないが本当の名は教えられない。アンナと呼んでくれ。下手な敬語も要らないよ、実。
何か用があってきたんだろう。何が聞きたい。」
「魔法についてだ。今日街を見てきたんだ。そのときに虐められて傷付いた少年にあった。クランニヒがその少年の手当てをしたんだけど、魔法を使わなかったんだ。この世界は魔法が使えるのに傷を癒す魔法は無いのか?」
「あるよ。だが治癒魔法は傷を癒すのではなく、部分的に時間を早めること皮膚の再生を促進させているだけなんだ。時間を早める魔法事態、魔力の消費が激しくてね。時間を巻き戻したり早めたりするのは魔導師と王にしかできないんだ。」
「ってことは植物を成長させることもできないのか?」
「そうだね。」
アンナは実を見透かしたような表情をした。
「資源を枯らさなければいいと考えたんだろう?もうやったさ。ただ科学の力を求める者が多すぎて生産量を消費量がどうしても上回るんだ。魔導師が全員、時間を操作できるわけではないからね。」
自分の浅はかな考えを見抜かれた事が恥ずかしくて、その視線から逃げようと顔を伏せて髪で隠そうとした。実の髪の長さでは隠しようがないのだが。
「ただ世界中の人間が使える魔法もある。それは太陽の力を使った魔法だ。何故かは正確に分かっていないが最も有力視されているのはこの本だ。興味があるなら読んでみるといい。」
ひゅっと指揮者のようにアンナが手を振ると、その手に一冊の本がどこからか導かれてきた。
「俺も使えるのか?」
「どうだろうね。そうだ。明日、この隣の部屋に来なさい。魔導師を数人呼んで魔法適性があるか見てみよう。時間は空いているね?」
「ああ、問題ない。」
「そうと決まれば明日のために早く寝るべきだね。他に聞きたいことはあるかい?」
「無いよ。ありがとう。」
もし自分の魔法適性が低かったら自分は革新派と保守派を繋ぐことはできるだろうか。明日が楽しみでもあり憂鬱にも感じる。
「今考えたって何も変わりはしないよ。部屋に帰って身体を休めな。私も準備をしなければいけないからね。ここはもう閉めるよ!ほら、行った行った!!」
誰かに襟を引っ張られて強引に資料室の外に出されてしまった。扉はバタンとならして閉まり、ガチャガチャと鍵がかかる音を最後に辺りは静まり返った。