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第七話








――あなたは何を恐れているのですか。







時間切れだと言って王様は迎えに来た近衛の人たちに囲まれて部屋を後にした。

『今度また異世界の話を聞かせてくれ!絶対だぞ!』と返事も聞かずに約束だけを置いて。

ヴァリスさんとマーキスの方はアルくんが騎士訓練について相談があるとかで連れて行った。

ヴァリスさんはこちらを気にしていたけれど、宰相の視線一つで何か納得したのか後で迎えに来るとだけ。

まぁ身の安全は確かですからね。

精神的には無事じゃありませんけどね。

いま、まさに。

この人と二人きりとか勘弁して欲しい……!




「少なくとも文字は読めて計算も多少の難易度は問題なさそうですね。機密を気にする意識を持ちつつもあからさまさに警戒心を抱く程度には頭も回る」


ふむ、と宰相は顎髭を撫でる。

上から下まで、下から上まで。

糸のような目でじーっくり眺めた後、


「小心者のきらいはあるようですが大胆と無謀を履き違えた馬鹿よりはいいでしょう。ちょっと手を繋いで少しばかり王宮内を歩いたくらいでガタガタ言っていたいたらこの先身が持ちませんよ?」


しょうがないなとばかりに肩を竦めている。


「もしや、あれはあなたの差し金……」

「とんでもない。私はただ、『初めて屋敷を出て行く先が王宮で大変緊張しているでしょうから、しっかりとエスコートして差し上げてくださいね』と言い添えたくらいですよ」

「本人の意志に見せかけて煽ってるじゃないですか……!」

「そんなつもりはないんですがねぇ」


ふふふとなんとも楽しそうに笑っているのが私には悪魔のように見えてしかたがない。


「それで、あなたはどこまで知っているのですか」

「は、……え?」

「あなた、わたしの事知っていたでしょう」

「今日初めてお会いしたと思うんです、けど」

「えぇ、そうです。ですがあなたはわたしがどういった人間であるのかを知っていたはずです。でなければ『もしや』とはならない。わたしがミシュクル将軍をけしかける事になんの意味があるというんです?」

「私を、試すため……?」

「ただ働き口を紹介するだけならそこまでする必要はありません。そこまでせずともあなたに合った適当な部署へ送り込む事は出来ますからね。しかしわたしがあなたに興味を持ち試し探るような質の人間だと、あなたはそう思っている。何故でしょうね?」


何故と首を傾げながら、うっすら開いた目にあるのは確信だ。

言い返す術はあるのかもしれない。

いまはまだ言いがかりに近い探りだ。

誤魔化せるかもしれない。

でも何を言ったところで今度は別の言質を取られる気がして、私は何も答えられない。

どこまで見透かされているのかわかったもんじゃない。


「あなたのこの世界での関わりはとても狭い。ミシュクル将軍がわたしについてあなたに話すとは思えない。話したとしても警戒させるような事は言わないでしょう。ディマル将軍も面識があるとはいえあまり親しくはないと報告を受けています。わざわざ忠告をするとは思えません。教える者はいない。つまりあなたは初めから知っていた」

「……」

「不自然な事は他にもあります。わざわざ安全が保証された場所から遠ざかろうとするのは何故です?国による衣食住の保証すら蹴って、なんなら王宮で働く事も乗り気ではありませんね。この国でこれ以上ない高待遇の職場だというのに」

「それは……、」

「より正確に言いましょうか。あなたはミシュクル将軍から離れようとしている。報告を聞く限り、実際に見る限りではあなた方の関係は良好だ。お互いに好意的な感情すら見て取れる。異世界に来て、言葉が通じるがゆえに意思の疎通は可能、文字も読める。が、たったそれでけで他に生きる術を持たないにも関わらず出来るなら関係を絶とうとしている。自らの身の安全を捨ててまでそうする理由とは?」


あぁ嫌だ。本ッ当に嫌だ。

この先に触れたくない。

でもやっぱりこの人相手に隠し事なんて無理なのだ。



「あなたは何を恐れているのですか」



ほらね。

王様に負けず劣らず好奇心でいっぱいの人だ。

気になった事は追及せずにはいられない。

興味を引いてしまったが最後、追及は止まない。口を閉ざす事は許されない。


「これからミシュクル将軍の身に何かが起きる。あなたはそれを知っている。彼の事も知っていたのでしょう?ディマル将軍とのあれこれも聞いています。妙に肝の据わった様子だったとも。こちらも人となりを知っていたのでは?脅し以上はないと思っていたから落ち着いていられた」


いや、そっちは半分寝起きのせい……。


「あなたに稀に聞く先見の力があるのかとも思いましたが……もっと確固とした確信としてミシュクル将軍の事はあなたの中にあるようですね」


そう、私は知っている。

それはどのルートを辿ろうと避けられない、必ず起こるイベントの一つ。


「彼はいつ死ぬのでしょう?」

「……ッ」


主人公がやって来てしまったら。

ゲームの進行がスタートしてしまったら。

そう遠くない未来に彼は死ぬ。死んでしまう。

北の帝国を相手にした戦いの中で、謀略に嵌ったマーキスを助けようと奮戦して。

ルートによって語られる情報の詳細は様々。

だけれど、必ず報告がされるのだ。

ミシュクル将軍の戦死という事実だけは。


「その様子だと、そうなのですね」

「……カマをかけたんですか」

「ある程度の確信はしていましたが、そうと断じるには材料が足りませんからね。それにそうだとしてあなたが離れようとする理由もわたしにはわかりませんし」

「天才鬼才と謳われる宰相様にもわからない事があるんですね」

「人の心というのは難しいものですから。わたしにはあなたがどうして諦めてしまうのか、全く理解出来ませんね」

「ッそっち!」


わからないとかどの口が言いやがりますか!


「離れようとするのは何故です?」

「そばにいたら……私はきっと彼が向かう先を邪魔せずにはいられなくなります」


出来るかはわからない。

でもこの世界に来た時のように、きっと体が勝手に動いてしまう。

物語を変えようとせずにはいられなくなる。


「彼を助けたくはないのですか?」

「助けたいですよ!助けたいに決まってるじゃないですか!」

「では何故そうしないのです」

「だって、そうしたら」


騎士として国を守るため、親友のため、戦場を駆け抜けた彼の死をなかった事にしてしまう。

騎士の誇りを私が踏みにじってしまうんじゃないか。




「本当に、それだけですか」




嫌な人だ。

わかってて隠す事を許してくれない。

本当は彼のためじゃないってこと。


「だって、こんなっ私一人で足掻いたとして本当に助ける事が出来るの?出来なかったら?物語として知る彼以上に、あの大きな手を知ってしまった私は彼の死を受け入れられないかもしれない。もし助けられたとしてその先は?その先の事を私は何も知らない。もしかしたら新しい未来でまたヴァリスさんに何かあるかもしれない。それどころか生きるはずの人が死んでしまうかもしれない!そんな未来が待っているのに、それがわかっているのにそばにい続けるなんてつらすぎる……っ!」


恐ろしいのだ。

それら物語を変えてしまう責任も、確定していたはずの未来が白紙になってしまうのも、足掻いた結果回避したはずの死から逃れきれないかもしれないのも。

ただただ恐ろしくて、彼から離れる事でそんな選択肢から逃げたかったのだ。

離れた場所で物語の進行をぼんやりと感じながら、その時が来てもただ漠然と過ごしていくつもりだった。

彼のためなんて言って、全部全部自分の保身のため。


「物語、ですか。なるほど、そういう事ですか。……馬鹿にするのも大概になさい」


宰相の声は低く、ひやりと部屋の空気が冷えた気がした。


「あなたにとってここは物語の世界かもしれませんが、わたしもミシュクル将軍も皆生きている人間です。物語の駒ではない。人の生き死にの責任をあなたに取れるだなどと思い上がらないでいただきたい」

「そんなつもりは!」

「ないのでしょうね。しかし未来などその時々に生きる人間が自ら切り開いていくもの。確定した未来はない。規定の物語などない。あなたごときが一人何かしたところでたかが知れているのですよ。大それた事が出来るわけがないじゃないですか。責任を取れるか?考える事すらおこがましい」

「でもッ」

「馬鹿な事を考えてないでいいから全部吐きなさい」

「は、」

「手を組もうと言ってるんです。あなた一人では無理でもこのわたしが力を貸そうと。言ったでしょう?ミシュクル将軍を失うのは我が国にとって大変な損失なのです。回避する術があるなら全力で回避しますよ。あなたももはやこの世界の一員なんですからしっかり協力しなさい」


こき使いますから覚悟しておくように。


そう言って宰相は悪い笑みを浮かべている。

展開が急過ぎて頭がついていかない。

しかしどうも頼もしい協力者が出来たらしい?



彼が生きる未来を私は諦めなくてもいいのだろうか。

彼が幸せに生きる未来を想像しても許される?

この世界に来てからずっと胸の奥にある不安や恐れはまだ消えないけれど、二度までも救ってくれた彼に恩返し出来る希望をその日、私は手に入れたのだった。













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