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第四話







この世界に来てからというもの、私の体調、主に肌ツヤの調子がすこぶるいい。

そりゃまぁ以前の生活がまともじゃなかったというのもあるんだけれども。

いまじゃ睡眠はばっちりだし栄養バランスのとれた美味しい食事を三食、規則正しいゆとりのある生活。

なんて理想的で素晴らしい日々だろう。

おまけにメイドさんたちがあれこれと体のメンテナンスをしてくれるのだ。


実は怪我の治療中は動く事すらままならずに大人しく身を任せていたのだけれどある程度回復した頃に一度、自分で出来るからとお世話を辞退しようとして彼女らと揉めた事がある。

今更とはいえ全身をそれこそ隅々までお世話されるのに羞恥心もあったし、自分でやれるのに頼ってしまう申し訳なさもあった私と。

主人の命の恩人でありその主人から最大限のもてなしをする様にとのお達しもあって、お仕事を全うしようと使命感に燃えるメイドさんたち。

結局彼女らのお仕事を奪うわけにはいかないと、簡単な身の回りの事以外はお任せする事に落ち着いたのだが。

後で聞いた話ではお仕事というだけでなく、雇い主でもあり主人として心を寄せるヴァリスさんの窮地を助けた感謝の気持ちもあるんだって。

私の容態がだいぶ落ち着いた頃、すでに感謝の言葉は受けていた。

それから会う人会う人順番に。

メイドさんたちだけじゃない。この屋敷の使用人さんたちと話をしているとヴァリスさんの事を本当に大切に思っているんだなぁというのが言葉の端々から伝わってくるのだ。

うちの館様はなんと言う戦場でこんな武功を上げた。

不便に思っていたけれどそれは使用人だけが利用する屋敷の一部について、ポロッと漏らした数日後には手を加えて働きやすくしてくれた。

しっかりしているように見えてちょっと抜けているところがあるから、そういう時は我々がお助けしなければ。

抜けているところなんて私には想像が出来ないけれど、それを知れる程にはここの人たちは彼の近く長くそばにいるんだろう。

将軍ともあろう人をただの、しかもどこの馬の骨ともわからない女が助けただなんて不名誉な事だったんじゃないかと少し心配していたりしたのだけれど。

でもそんなものは全く必要なくて。

このお屋敷の空気はとても温かで居心地がいい。それはきっとあの人の持つ温かさそのものなのだろう。



と、そんな事を考えながら私は朝から湯船に浸かっている。

なんでか?

王様との面会日が決まったのである。

面会の打診から三日経った今日の午後に。

昨夜もヴァリスさんは帰りが遅く顔を合わせるタイミングがなかった。

だからってまさか当日の朝食の席で突然聞かされるとは思わないじゃないか。

昼過ぎに迎えに来ますのでとにこやかに告げて彼は出かけ、私は食事もそこそこにメイドさんたちの手によってバスルームへと叩き込まれたのであった。

公式な謁見ではないとはいえ、それなりの身なりをしていないとお世話になっているヴァリスさんの沽券に関わるからね。

しかたがないのだけどね。


「ミカ様お湯加減はいかがですか?」

「最高でぇす」


最高だ。

湯加減も、いい匂いのするお湯そのものも、メイドさんたちによるエステも。

なのに気分だけが憂鬱に沈んでいる。

この贅沢を心から楽しめないとはなんてもったいないのだろう。

王様に会う事自体はわりと楽しみなのだ。

きっと側に控えているだろう誰かさんが気がかりなだけで。

国の最高責任者に会うのに気軽にというのもなんだけど、もうちょっと憂いのない状態で会いたかったなぁ。

ため息を吐きながら促されるまま、私は湯船を後にした。



用意されたドレスを着せられ化粧を施され髪を結い上げられる。

今日は全て我々にお任せいただきますからね!

とは、私のお世話役のメイドさん筆頭・リラさんの言。

私と同じか少し年上のきびきびとした動作と意志の強そうな――実際に強い――瞳の、ちょっとキツめに見える美人で頼れるメイドさんだ。

いつにも増した迫力に私は抗いようもなく大人しく従うしかなかったのである。

何が失礼に当たるかの知識もないのでこれはこれで安心なのだけれど。


「あぁミカ様。よくお似合いです」

「あ、ありがとうございます?着慣れなくてコケたりしないかちょっと心配ですけど」

「大丈夫だと思いますよ。少し歩いてみます?」


座っていた椅子から立っていくらか歩いてみる。

裾は床につかず、しかし足元は見えない絶妙な長さでこれなら真っ直ぐしていれば裾を踏まずにすみそうだ。

色は地味寄りというか落ち着いた色合いというか。

それは普段私が好んで着ている服たちの色合いとよく似ていた。

素材は素人の私が見ても高級であろう品物。

背中の傷を気遣ってかコルセットはしていないのだけど、ドレス全体の形のせいか上手く腰の辺りは絞れているように見えるシルエットが美しい。

元からこんなにスタイルよかったっけ?とちょっと勘違いしてしまいそうなくらいだ。


「ミカ様。館様が迎えにいらしているようです。そろそろ参りましょうか」


大きな姿見の前で右から左から眺めていると声が掛かる。

ふわふわとしていて体の動きに合わせて踊るように着いてくるドレープが楽しくてついつい無駄に動き回ってしまった。恥ずかしい。

お化粧もドレスも本当に自分なのかと思ってしまうような姿にうきうきとテンションが上がってしまうのも仕方がないと思うんだよね。

さっきまでの憂鬱はどこへやら、現金な私は足どり軽くヴァリスさんの待つ部屋へと向かう。


部屋に入ると開口一番、


「あぁよかった。よく似合っていますね」


目を細めたヴァリスさんが褒めてくれる。

とても自然に口にされたそれが、根っからの紳士なんだろうなと思わせる。


「日の目を見られてよかった」

「え?」

「ミカ様、そのドレスは館様がご用意なさったものなのです」

「えっ!?」


なんの事かと首をかしげていると、リラさんがコソッと耳打ちしてくれた。

し、知らなかった……だって私、


「あなたがドレスをあまり好まないのをまだ知らなかったので」

「それってかなり以前に用意してくださっていたって事ですよね……?」


好まないというか着慣れなさが窮屈で、また最初の頃に着せられていたのはヴァリスさんのお母様のお古をお借りしていたので汚してしまいやしないかと普段着にするには気が気じゃなかったのである。

気疲れが半端なかった。

それに元々仕事ではパンツスーツで通していたのでスカートが落ち着かないというのも一つ。

なのでそれを打ち明けてからは簡素な上衣とヴァリスさんの着なくなったパンツの丈を弄って履くという、こちらではおかしな格好をわがままで通させてもらっていた。

屋敷の外に出る用事もなかったので問題もなかったのだ。

自分で作るほどのスキルがあればよかったのだけれど、残念ながら私は不器用なのだった。


そういうわけで、私がドレスを着なくなってからはずいぶん経つ。


「ごめんなさい。せっかくこんなに素敵なものを用意してくださっていたのに……」

「いいえ。こうしていま着てくれただけで十分報われました」


にこりと笑ってヴァリスさんは言う。

それから『でも、』と、


「出来れば陛下とはいえ他の男の為に着られるのは贈った男として癪なので、今度はぜひ私の為に着て見せてくださいね」


私の手の甲に爆弾とともに口付けを落とす。


「そそそそんな事簡単に言ったりやったりするもんじゃありません!!変に勘違いしたらどうするんですか!?」


びっくりして慌てて距離をとって叫ぶと、彼はきょとんとしている。

大変だ。もしかして天然なのか。

それともこれはこちらのそういう文化なのか。


「あなたに勘違いされるならむしろ大歓迎ですが」

「えぇ!?」

「あの時の求婚は取り下げましたけど早急に責任を取るという理由がなくなったからであって、私はまだ諦めてはおりませんよ」

「はい!?えっちょ、待っ」


大混乱の私をよそに爆弾を投下した本人は使用人さんたちに一言二言言いつけ、それから動揺しまくりの私の手をご丁寧に引き見事なエスコートで屋敷を後にしたのであった。

狭くはないけど狭い馬車の中がなんとも言えず気まずかったのは言うまでもない……。







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