第三話
この世界には時々この世界の者ではないと思われる、つまり異世界の人間らしき者が現れるらしい。
それは大抵がハイティーンの少年少女たちだそうだ。
つまり私のような年代の人間はいなくもないが珍しいのだと。
現れる時期も人数も理由も定かではなく。
ただ明らかにこの世界には存在しない知識と所持品を携えて気まぐれのようにやって来る。
その様子が神がかっていて神の遣いのように扱われる事もあった。
時の権力者や親切な住人によってそれらは発覚し記録が残されるわけだが、もしかしたら気付かぬうちにこの世界に馴染んでしまっていたりーーある程度の年齢の人は案外上手くこの世界に溶け込んだのかもしれないーー誰も預かり知らぬ所に現れてそのまま……なんて事もあったのではなかろうか。
私がこの世界の住人ではないと打ち明けた時、ヴァリスさんはそんな風に話してくれた。
もしも誰もいない荒野、獣の住む森、そして戦場のただ中に放り出されてしまったとしたら……私のように運よく保護されるとは限らない。
むしろ……。
これはゲーム内では語られる事のなかった話だ。
道理で異世界人である事を全く隠していなかった主人公があまり抵抗もなく受け入れられていたわけだ。
てっきりゲーム補正主人公補正の一種かと思っていたのだが。
私が早い段階で打ち明けたのは、たんに変に隠した所で絶対にボロが出ると思ったから。
さすがにここがゲームの中の世界だとは言えないけれど、ここでの文化常識を知らない上に頭の回転がよろしくない私はどう考えてもこの世界の住人にはなりきれそうになかったのである。
恐る恐る打ち明けたのにヴァリスさんが全く動じないからこっちがびっくりした。
あれからもう、だいぶ経つんだなぁ。
いい匂いが漂う食堂に入ると、そこにはヴァリスさんしかいなかった。
マーキスはどこ行ったんだ?
疑問を口にする前に、
「申し訳ありませんでした!!」
ヴァリスさんがテーブルに擦りつけんばかりに頭を下げる。
その勢いと声量に若干身を引いてしまったのは内緒だ。
だって、いままでこんな風に誰かに謝られた事なんてない。
びっくりというよりびびったという方が正直なところ正しい。
「あっあああああのヴァリスさん!?頭を上げてください!!」
「しかし!!」
「しかしじゃなくて!!あなたのせいじゃないじゃないですか!!やめてください〜っ」
「いえ、私のせい……アイツの性格を見誤った私のせいなのです。こと私に関して暴走気味になるアレの行動力を舐めていました」
あ、それ一応知ってたのね?
よかったなマーキス。知ってて親友でいてくれてるみたいだぞ。
知ったら変に喜びそうだから黙っとこ〜。
このまま付き合いが続くのか知らんけど。
「それもこれも暴走した本人のせいじゃないですか。あなたに謝られても私はあなたのせいだと思ってませんから困ります」
「ミカ殿……ありがとうございます。本人には後ほどきっちりと謝罪させますので。さすがにさっきのいまでアレと同席するのは気分が悪いでしょうから控えさせました。許す許さないはあなた次第ですが、謝罪の言葉だけでも聞いていただけるとありがたい」
もう一度彼は深く頭を下げた。
あぁそれでヴァリスさんしかいなかったのね。
当たり前の事なのかもしれないけど、それでもこういう所に心を配れるこの人の優しさが過去もいまも私を救ってくれたのだ。
うん、やっぱり私の推しは素晴らしい。
ぐきゅるるる……。
「ふふっ、ッと、すみません。あぁ朝食が冷めてしまいますね。食べましょうか」
くっ……私の腹の虫のなんと正直な事か。
さっきといいヴァリスさんの空気が緩んでくれたからいいものを、これではただの食いしん坊。
女子としていかがなものか。
「んはーっやっぱりここの料理人さんの腕はピカイチですね!オムレツ絶品です……!」
そんな思案は一口で霧散するのであった。
毎日どれを食べても美味しいんだもの。
「それはよかった。カレームも喜んでいますよ。あなたがとても幸せそうな顔で食べてくれると」
「本当に美味しくて、毎日カレームさんのご飯が食べられるなんて幸せで贅沢なんだろうって思いますもん」
カレームさんとはお察しの通りミシュクル家別邸のシェフさんだ。
食事としての料理からデザートやおやつまでとにかく美味しい。
美味しくてつい食べ過ぎてしまいがちで近頃軽い運動を始めようかと思い始めた程である。
ここにいる間は遠慮なく食べさせていただきたいけれど、かといってお腹の辺りがそろそろ気になっている。
これは決して目を逸らしてはいけない懸案だ。
「毎日カレームの料理、食べたいですか?」
「食べられたら嬉しいなとは思いますよ」
「では、」
「でも結婚はお断りさせていただきます。理由は先程の通りで」
「……そうですか」
うっそんなしょんぼりとしないで欲しい。
罪悪感が!母性本能が……ッ
「わかりました。昨夜の求婚はなかった事にします」
「お願いします。叶うかどうかはわかりませんが、私としてはヴァリスさんには幸せになって欲しいと思っていますので……どうかいい人を見つけてください」
「ミカ殿……」
うええ?なんでそんな困ったような顔に?
「や、ほら、まだお若いしかっこいいししかも将軍!引く手数多で選びたい放題でしょう!?大丈夫です!きっといいお嫁さん見つかりますって!!」
必死の励ましもむなしく彼の顔はますます曇ってしまった。
なんでだ困った。どうしよう。
「 」
「え?」
何か呟いたらしいのはわかったが挽回策の検討に夢中だった私は聞き逃してしまった。
聞き返すも、なんでもとはぐらかされてしまう。
「結婚についてはひとまず置いておきましょう。別件で一つお願いがありまして」
「えっあ、はい」
気になるけれど話題が次に進んでしまっては仕方がない。
お願いといえば私のお願いはどうなったんだろう。
「実は会いたいとおっしゃる方がいらっしゃいまして」
「私にですか?」
「えぇ。是非とも会いたいと。会っていただけませんか?」
「いいですけど……私の事を知っている人ってヴァリスさんの家の人以外にいるんですか?今朝の彼には話をしていたみたいですけど」
「王宮のごく一部には話を通してあります。異世界人を保護していると相談も兼ねて」
「なるほど。その中の人が私に会いたいと」
王宮……おうきゅう……なんだか嫌な予感がするぞ。いまのところ百発百中だぞ。
「ところでミカ殿。仕事を探しているんですよね?」
「へ?」
「私にその紹介を頼みたいと」
「え、えぇ……?」
「その頼み、この面会で叶えられると思いますよ」
「本当ですか!?」
「はい。私よりもっと強力なコネをお持ちの方がお相手ですので」
「ヴァリスさんより強力な……王宮関係者……?」
将軍位より上ってだいぶ限られない?しかも知ってるだけでもだいぶ厄介な人たちばっかりじゃない?
「あの……その、お相手って……?」
特にサプライズというわけでもないようで彼はあっさりと教えてくれた。
「この国の、国王陛下です」
にこにこと親切そうな笑顔が眩しい。
今日も推しが眩しい。
いや、そうじゃなくて。
王様自体は別に悪い人じゃない。
先述の通りゲームでも人気があった親世代筆頭だ。
会ってはみたい。でも会いたくない。
会ってしまったが最後、逃げられない気がする。
どこから?王宮関係者から。
厄介なあの人は果たして私を見逃してくれるだろうか。
『異世界人ですか。ふむ、わたしが生きている間に現れるとは幸運ですね。是非とも詳しく調べたいものです』
主人公にそんな事を言っていたくらいだから先に現れた私をどうするのか。
だって私は独り立ちしたいのだ。出来ればヴァリスさんから離れたところで。
いずれゲームの主人公がやって来る。
そうしたらきっとゲームと同じ進行がスタートしてしまう。
私はそれに関わりたくない。
だから離れたい。
しかしだ。
いくら私が異世界人で本来この世界の階級や法に縛られないはずの存在だからといって、ここで生きていく以上それらは無視出来ない。
しかも王様からの面会ーー謁見ではなく面会、しかもヴァリスさんを挟んでの"お願い"という事は非公式のものなんだろうけどーーなんて最上級の要請じゃないか?
断れるはずが、私に選択肢どころか選ぶ権利自体が与えられていない。
なんてこった。
「日取りが決まったらまたお知らせしますね」
ぐるぐる考えている私をよそにヴァリスさんのその言葉を最後に話は終わった。
その後の朝ごはんの味はほとんど記憶にないし、マーキスの自己紹介ーーそういえばまだだった。律儀な男だなーーからのまだ不服そうなわりに素直に頭を下げた謝罪の記憶はもっと朧気だ。
その日一日あちこちでけ躓いたり本を足に落としたりと色んな失敗をやらかし、
「今日は厄日だ!!」
と夜になって枕に顔を埋めて叫んだのだった。