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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

機械人形

少女は機械人形の夢を見るか

作者: 黒

大好きだった。とてもとても、好きで好きで堪らなかった。


なのに。行かせてしまった。涙の溜まった綺麗なスカイブルーが、あたしをまっすぐ見つめていた。


いやだ、と。その眼は真摯に訴えていた。白いワンピースに着られているその華奢な身体が、強引に大人に引っ張られていく。


なのに。なのに。その子は唇を無理矢理引き上げて笑って見せた。


ありがとう、と掠れた声が転がり落ちて。


あたしは、気付けば叫んでいたのだ。


「絶対に助けに行くからっ!!!!」


その子は大きく目を見開いて。綺麗なスカイブルーからぼろぼろと涙が零れ落ちる。あたしは、その眼に微かな喜びと---どうしようもない絶望が宿るのを、確かに、見た。







目を開く。何時も通りに薄暗い部屋。夢を見ていた。もう無くなったと思った記憶の欠片だ。


そうして、なんだか体の調子が悪い事に気付く。どうしてだろう。何処も痛くはないのに。


鏡の前に立つ。短い白髪と薄い身体。何時も通り。緑の濁った瞳。何時も通り。そっと胸を触る。なんだか、ここが何時もと違う気がした。


「報告、するか。」


()は薄暗い部屋の扉を開けて、階段を昇る。昇りきれば、今までとは対照的に白い廊下が待っている。光に目を白黒させながら歩いて、大きな扉をノックした。


「私だけど。」


「開いているよ。」


「入る。」


白い部屋なのに、色んなものがごっちゃにあってとても乱雑な部屋。本が山積みになった机の前で、一人の男が立っている。


「おはよう。」


「おはよう。」


「何か用かな?」


「報告が。」


「何かあった?」


ねっとりとした男の口調。いつか誰かが、気持ちが悪いと言っていたような、気がする。


「調子が悪い。」


「どこのあたり?」


「分からない。」


「分からない?」


不思議そうに男は首をかしげる。そうして、私の身体をしげしげと眺めた。すすけた白のワンピースから見える、その機械の両腕を、それから、両脚を。


「分からないとはまた妙なことを。機械に引き摺られる事の無い様に君自身を合わせた(、、、、)筈だよ。仕事で何かあった?」


「特に。傷は負ってない。」


「ふむ。なにかな。何か変わったことが?」


「夢を、」


「…ほぅ?」


「夢を見た。」


「昔の?」


「分からない。でも、たぶん。」


くるくると瞳を回して考えてみる。あんなことがあった、様な気がする。また、胸の辺りが変だ。思わず擦ってみて、でも、なにも異変はない。


そんな私を見て、男は白衣を揺らして嗤う。


「あはは、そうかいそうかい。いや、実に面白いね。なぁに、それは病気でも怪我でもない。心配要らないさ。」


「…そうか。」


「何を見た(、、)のかな?」


「スカイブルーが、」


「スカイブルーが?」


「…なんだったっけ?」


「ふむ。それも、また一興だね。」


にやにやと、男が嗤う。私は小首をかしげて見せた。


胸の辺りの違和感は、もう、ほとんど無くなっている。


「さてさて。そう言えば新しい情報だ。ガブリエーレが、国内に戻ってきた。案外君の夢も、何かを察知したのかもね。」


ピクリと身体がガブリエーレ、という言葉に反応する。当然だ。

そうなるように(、、、、、、、)出来ているのだ。


「何をすればいい?」


「やることは何時もと変わらないさ。」


「何処へ?」


「今回は、王都かなぁ。下準備だよ。(なら)して来てくれれば良いからさ。」


「分かった。」


「詳細は、また使い文を送るよ。さ、とっとと行っておいでよ。」


にやにやと口が半円を描く。信用ならない、と誰かが呆れ果てていた、ような、気がした。







夜の影を走り抜ける。人より速く、獣より速く。私は、機械人形だ。あの(ドクター)に作り替えて貰った。平凡な力だったのにね、とあの男が言ったことを辛うじて覚えている。


昔の私は力を欲して、だから私は機械人形なのだ。〝ガブリエーレを救い出す〟それが私に成されたインプット。今の私に残った、唯一の目的だ。


ガブリエーレ。あの夢で見た通りならきっと綺麗な少女になっているはず。


ガブリエーレを救い出す。ガブリエーレを救い出す。


力を込めれば込めるだけ、速度は増す。機械の四肢だけではなくて、中もいろいろ弄っている。だから、あんまり息切れたり疲れたりはしない。


痛みだけは、分かる。それは防衛本能に必要だからね、とあの男が言っていた。ような。


ぐんぐん走る。私は追いかけている。絶叫しながら逃げ惑うものを。捕まえてはちぎり捕まえては潰す。


糸を引いて手から零れ落ちるモノは、未だ暖かい。私はいつも冷たいから、どうしてこんなに暖かいのか不思議だ。


気付けば、足元がびしゃびしゃで、水溜まりが出来ていた。沢山赤が四肢にこびりついている。なんとなく、嫌だなと思った。ような。


なんだったっけ?いつか誰かが、言っていたような。なんだったっけ?何をだったか?


なんだか、ずしりと身体が重いような。


ぶるり、頭を振って空を見上げる。今日は細い三日月がにやにや嗤って見下ろしていた。







薄暗い部屋に戻る。すこし眠ろう。眠って、起きたら報告にしよう。


機械人形わたしには、休息と睡眠が必要だ。なぜなら私は、人間だったから。機械と命のなりぞこないなのだ。上手く繋いでくっ付けても、そこがどうしても本物の機械人形オートマタには及ばない。


脚を折って抱え込むように眠る。目を閉じる。誰かの声が聞こえるような。誰かが、呼んでいる、ような。



「良いなぁ。綺麗な金の髪。」


「×××の髪も、とてもまっすぐな茶色の髪。素敵だよ。」


「えー、ありがと。あと、×××の黒髪もさ、けっこう良いよね。」


「うるさいぞ。女の髪と同じにするな。」


「こわーい。ほら、エーレ。綺麗な金色、あたしに結わせて。」



目を開く。何時も通りに薄暗い部屋。私は身体を起こして、その違和感に首を捻る。はて。なんだろうか。また夢でも見たか。まあ良いか。取り敢えず報告へ向かわないと。


何時も通りに歩いていく。白い世界に目を細めて。ドアをノックして声を掛けた。


「私だけど。」


「はいはい。開いてるよ。」


何時ものように雑多な部屋で、白衣の男が振り返る。


「…おやおや。」


男はちょっとばかり目を剥いて、しかし次の瞬間には笑う。嗤っている。にやにやと。


私はこびりついた赤をその辺に転がっている布で擦り取る。取り敢えずは脚からだ。


分かってはいたが、乾いたその赤は、なかなか落ちない。


「君、今の顔。凄く人間ぽいね。」


「…?」


「また、何か見た(、、)のかな?」


「……。」


見たような。見ていないような。どっちにしろ、なんだか口を開きたくなかった。


ごしごしと無言で拭う。布に赤が移っていく。


「凄いね。やっぱり人間はさ。君は人造人間(サイボーグ)ですらないけど--それでもやっぱり本物の機械人形オートマタには遠く及ばないみたいだ。」


拭う。


「これは君にとっては奇跡なのかな?それとも絶望?」


拭う。


男が何を言ってるのかは、不思議と何となく分かる。なんとなく、私は、私の中が可笑しくなるのを感じる。


熱い。熱いのだ。これは、なんだ。


「人としての、生としての機能もなく、記憶もなく、感情すらないのに---」


私をそうした(ドクター)が、にやにや嗤って口ずさむ。


「たった一つ。何故かも分からず、他の条件も擦りきれて。それでも一つに縛られ続ける。〝ガブリエーレを救い出す〟」


拭う。拭う。


そうだ。ガブリエーレを。ガブリエーレを救いたい。


だから。力を望んだのだろう。欲したのだろう。


「他には何もない。空っぽだ。ただ、情報がちらほらと詰められただけの機械人形。さて、ガブリエーレは喜ぶのかな?」


拭う。


拭う手に力がこもる。業とじゃない。きしきしと機械の腕が、脚が鳴いている。止められない。脚を拭う腕を、その力を、止められない。


「人と機械のなりぞこない。人ではなく、しかし、完全な機械にはなれない。」


拭う。


熱い。


熱い!


「ガブリエーレは喜ぶかな?嬉しいのかなぁ。かつての親友が変わり果てた姿で助けに来るのを。」


くすくすと嗤い声が降り落ちる。


拭う。


私は、私は。


「---機械人形(人殺し)になって助けに来るのを。」


「煩い!あたし(、、、)の問題だっ!!」


気が付けば叫んでいた。正確に言えば、突然聞こえた大声に機械の身体が反応して。

一呼吸経ってから、やっとそれが自らの声だと認識できた。


身体が熱い。喉も。瞳も。


ぶるぶると手が震える。機械の身体に熱がこもっている。


はらりと布が()の手から落ちた。


赤黒く汚れた布。雑多な部屋で、けれど目を引いた。


ちらと男を見やれば、嗤っていた。ただ、何時もより---どこか悲しげだったような。気が、した。







夜の影を走り抜ける。やることは、何時もと同じだ。難しいことは分からない。


ただ、必要ならばやるだけだ。どんなことでも。


男が言っていた。もうすぐ(、、、、)だと。


私が訳も分からずに叫んだ次の朝。珍しく何とも言えない顔で笑っていたあの(ドクター)が、私の身体を点検しながら言っていたのだ。


だから。もうすぐだ。


ぱしゃり。水音が響く。呻き声を踏み潰した。ぶるりと頭を振る。


空を見上げれば、満月になりそうな月が私を見下ろしていた。金色の光が、目に優しい。


「…〝ガブリエーレ〟」


借り物のような、想い出深いような。そんな名前が零れ落ちる。あと少し。あと少しだ。







目を開く。明るい閃光が焼き付く。一度瞳を閉じて、身体を起こしてから再度開いた。


「よく眠れた?」


ねっとりと笑いを含んだ声が落ちてくる。私は立ち上がり首を回して視線を合わせた。---白衣の(ドクター)はにやにやと嗤っていた。


「多分。」


「それは良かった。最終メンテナンスの完了だよ。君は永久機関に近いけれど、きちんと手入れするのをオススメするね。」


「分かった。」


「いやぁ。それにしてもやっぱり、自分で言うのもなんだけど、中々の出来だよ。ああ、もう少し色々と試したかったなぁ。」


「ガブリエーレは?」


「今日の夜だろうね。満月だから。神への贄には調度良いらしいよ。」


「神?」


「機械仕掛けの君には関係ないかな?あ、でも、その根本(、、、、)は魔力なんだから君にも関係あるのかなぁ?」


「…?」


「あはは。でも君は機械人形だ。存在そのものが神への冒涜だよね。僕もバチが当たったりして。」


よく分からない。こてりと首をかしげてみる。でも、多分、神様はいないのだ。


「あ。そうそう、ガブリエーレね。あの子も特殊だから、用が済んでも(、、、、、、)贄にして最終活用ってとこなのかな?いや、ほんとに惨いねぇ。人間は。」


「…人間。」


「人は僕を嫌うけどさ。人間だって、充分凄惨な生き物だよね。」


「さあ。」


「君に小難しいことを言っても分かんないよね。まあだから、単純に言えば。」


---今夜、王都の大聖堂に行けば、ガブリエーレに会えるよ。


嘲りを含んだ声がねっとりと耳に絡み付いた、ような。気がした。







柔らかな金色の光が、振り落ちている。こんなに明るい満月では、影に紛れるのも難しい。


王都の大聖堂なんて、入るのは初めてだ。今まで仕事は、闇に紛れてやって来た。教会は国の中枢の機関だ。侵入すれば一瞬でバレるだろう。だが問題はない。今まで忍ぶように仕事をこなしてきたのは、この時のためだ。

だからもう、バレたって良い。目立っても、見つかっても、国に敵視されても。必ずガブリエーレを助け出す。


大聖堂に入った時点で侵入したことはバレている。でも、追っ手は弱いものばかりだ。私は何もしていないのに、そこかしらで戦闘の音が聞こえる。火の手さえ上がっていた。


そういえば。ぐしゃりと掴み、潰しながら思い起こす。熟れた果実のような赤い肉片を腕を振るって落とした。


そういえば、あの男は、なんとか騎士団が出動するとか言っていた。ような。貴族も派閥やらなにやらと忙しいらしい。なにか沢山話していたけど、私には分からなかった。その人たちが今ここを襲っているのだろうか?


私は薄汚れた白いワンピースをはためかせ、駆ける。大聖堂の人は、魔法を使う人が多い。選ばれた神の子だそうだ。だから、ガブリエーレは。ガブリエーレも。


助けたい。誰かが小さく呟いていた、ような。


私は駆ける。駆ける。駆ける。丸い月が私を見ている。私も見ていた。きっと、月の光がよく見える場所に、ガブリエーレは居るのだ。なんとなく、そう、なんとなく。機械のくせして私はそう思った。


焼け焦げた臭いがする。私は大聖堂の一番広い空間へ身を踊らせた。大きな祭壇がある。月の光がキラキラと窓から降り落ちる。


祭壇の前で、綺麗な金髪が揺らめいていた。その人は私に背を向けて、窓の向こうの満月を見上げていた。

その側で、一人の老人--神父と言うのだったか--が私の眼をまっすぐ射ぬいている。


「貴様は、人造人間(サイボーグ)か?神を愚弄するその姿、消し灰にして無に返してやろう。それが慈悲である。」


神父が掌をこちらに向ける。そうすれば、大きな火の龍が現れた。魔法だ。


火の龍が大きな顋で私に迫る。私は、その場から動かない。


「地に伏せ、天に還れ。神は、そなたの罪を許すだろう。」


私の身体が火に呑まれる。私はただ、美しい金髪を見ていた。少し迷っていたのだ。


「…ガブリエーレ?」


小さく呟く。金色が揺れた。驚いたようにこちらを振り返るその人は---綺麗なスカイブルーの瞳をしていた。


「サシャ…?」


ふるふるとスカイブルーが震えている。サシャとは何だろう。分からない。ただ一つ分かるのは。


この人は、ガブリエーレだ。


ぶんと腕を振るう。火も、龍も、怖くない。そんなものは、私には、ない。


しゅるりと渦を巻いて、火の龍が機械の四肢に惹き寄せられる。私に魔法は効かない。


だって私は。機械人形だ。


ダン、と地を踏み鳴らして神父へと肉薄する。神父が放つ火球を気にせず、拳を握る。焦ったような神父の顔。


「…サシャ?」


何か怖いものでも見るかのように、スカイブルーが揺れた。


拳を振り抜く。メキョリと神父の身体が悲鳴をあげた。神父は下がろうとするが、機械人形わたしは人よりも速いのだ。


ぐっと頭を掴む。神父が悲鳴をあげる。


「神様を信じている?」


ぼろりと私の口から言葉が零れて自分で驚く。次の瞬間には神父の頭はもうひしゃげていた。


赤が--血が広がる。ぴしゃり、足元で跳ねた血を無視して、私はスカイブルーへ。ガブリエーレへ近付いた。


「〝ガブリエーレを救い出す〟」


「…サ、シャ…なのか?本当に?」


「サシャとは何?それよりも、貴方はガブリエーレ?」


はっとスカイブルーが瞬いた。なんとなく、間違いないとは感じていた。けれども、私はガブリエーレを彼女(、、)だと思っていたから。


「男だったのか。知らなかった。」


華奢な身体だ。でも、その骨格は紛れもなく男のもの。煌めく金髪と揺らめくスカイブルー。女だと言われても納得しそうな美貌だ。


「…サシャ?なんで、ここに。…それに、その髪と身体は、」


スカイブルーが私をまっすぐ見つめている。ゆらゆら揺らめくそれからボロリと水滴が。


ガブリエーレは声もなく泣いた。(ドクター)の言葉を思い出す。


---〝ガブリエーレは喜ぶのかな?〟


私は、たぶん。これはなんとなくだけれど。


---〝親友()機械人形(人殺し)になって助けに来るのを〟


私は、たぶん、情けない顔をしているのだろう。


「…サシャ、サシャ、サシャ……ッ!」


私を抱き締めてガブリエーレが泣いている。でも、どうして泣いているのかは分からない。


「泣かないで。」


取り敢えずそう言ってみても、ガブリエーレは泣き止まなかった。なんだろう。〝サシャ〟と言うのを探しているのだろうか。だとしたら泣き止んでもらうことは叶わない。私はそれを知らない。


「〝サシャ〟が欲しいのか?でも、私は持ってない。知らない。ごめん。」


私がそう言えば、とうとうガブリエーレは声をあげて哭いた。


しゃくりあげ、私をぎゅうと抱き締める。サシャ、と何度も何度もガブリエーレは言った。途切れ途切れに、ごめんなさい、とも言っている。


私は一体どうしたら良いか分からなかった。だから取り敢えず、ガブリエーレをここから連れ出すことにする。


そう、私は〝ガブリエーレを助け出す〟ためにここへ来たのだから。


私を抱き締め泣きじゃくるガブリエーレをぐっと持ち上げて、踵を返そうとしたところで、私は地面を踏み鳴らして前進した。祭壇の後ろにガブリエーレをそっと降ろす。


「少し待っていて。」


振り返れば、一人の男が私を睨み付けていた。黒い髪と、コバルトブルーの瞳。黒い隊服に身を包み、血の匂いを振り撒きながら、男が一歩、こちらへ踏み出す。どうしてか、その黒い髪に目がいく。ぶるりと頭を振って、拳を握った。


「おい。機械人形オートマタ。さっさとそいつ(ガブリエーレ)を此方に渡せ。」


低い、地を這う声。怒っているのだろうか?でも、私はそれに従うことはできない。ふるりと横に首を振る。


男が舌打ちをした。ビッと私に剣を向ける。男の持つ抜き身の剣が血でてらてらと輝いていた。


「--待って、君は、」


ガブリエーレが何事か叫ぼうとしたけど、その頃には私の拳と男の剣が交差していた。ギィン、と私の拳が剣をいなす。男が眉を吊り上げた。


「ただの機械人形(オートマタ)じゃねぇのか?」


ぶん、と男が横凪ぎに剣を振るう。ぶわりと闇が蔓延した。


「教会のバカどもめ。こんな機械人形(オートマタ)を作り出しやがって。」


なんだか。どこかで。私は首をかしげて見せた。こういうのは、違和感と言うのだったか、既視感と言うのだったか、あの(ドクター)はそういうのを全然きちんと教えてくれなかった。


私はそんな余計なことを考えながら、再度、だんっ、と床を踏み締める。


私は速い。人よりも。獣よりも。漂う闇を全く無視して、私は男に突っ込む。


「なっ、」


男の驚いた声。振り抜いた拳はしかし剣に邪魔された。だが衝撃は受けきれなかったのか、男の身体が後ろへ吹っ飛ぶ。


私は、その間にガブリエーレを抱えあげて窓を壊して外へ出た。


ガブリエーレを担いで、駆ける。駆ける。駆ける。







そうやって夜通し駆けて、私達は国の外れの草原に辿り着く。少し休憩だ。


夜の世界が終わってしまうのを眺める。月が消えて行く。


「…本当に、無くしてしまったんだね。サシャ。」


ぽつりと声が落ちる。私じゃない。ガブリエーレだ。私が渡した、水の入った皮袋を飲まずに持ったまま、ガブリエーレは私をまっすぐ見ている。


「…?」


けれど私は分からない。それでも暫く考えて、やっぱり分からないので、大人しく白状する。


「分からない。〝サシャ〟って何だ?」


「…いや。良いんだ。」


ガブリエーレはゆらゆらとスカイブルーを揺らめかせて私を抱き締める。


「これから何処へ行くつもりなの?」


「何処へ?」


「僕達は、これから何をするの?」


「…?」


何を、する?


…分からない。私にあるのは、〝ガブリエーレを救い出す〟ただそれだけ。そしてそれはもう終わった。


だから、もうガブリエーレは自由なのだ。


「ガブリエーレは自由。好きに生きていく。」


「じゃあ、君は?君はどうするの?」


「…分からない。」


「決まってないんだね?」


ガブリエーレは、ほっと息をついた。それは、安心している、のだろうか。


「じゃあさ。」


「…?」


「僕に付き合ってくれない?」


「付き合う?何を?」


「サシャを---君を、探しに行こうよ。」


朝日が昇る。揺らめくスカイブルーがキラキラと輝く。ガブリエーレは抱き締めるのを止めると、私から離れる。


そして、私へと手を伸ばした。


「この手を取って。あの時の約束、守ってくれてありがとう。今度は僕、君と生きるのを諦めないから。」


スカイブルーが、私をまっすぐ見つめている。


「だから。今度は、君を探そう?そして、一緒に生きてほしい。」


私は、


私は。


どうしてか身体が熱いのを感じながら---その手を取った。


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