1-6 夕方(2)
リリィは昼間来た道を戻り、与野が営む喫茶店を再び訪れる。
「こんばんはー。」
真紀と歩いている間に陽は完全に沈み、街は青紫の光を帯びている。真っ暗になるのもすぐだろう。喫茶店内には数人の人影。会社帰りやサラリーマンや、学校帰りの学生がいるようだ。声をかけると、カウンターの与野がこちらを向き、穏やかな声で答えてくれた。
「お帰りなさい。」
「あれ?ヤマさんはいないんですか?」
カウンターはおろか、店内のどこにもヤマの姿は見えなかった。
「……申し訳ありません。せっかく戻ってきてくださいましたのに。少し前に用事があるからと帰られました。」
「そうなんですね。仕方ないか。」
与野はカウンターで作業をしながら、リリィに話しかける。
「それで、どうでしたか?写真は撮れましたか?」
「はい。一応は撮れました。」
店内は濃厚なコーヒーの香りが充満している。レコードプレーヤーから流れるクラシックが心地よく体全体に浸透していくようだ。
「それならよかった。彼はまた、後日こちらに来るといっていましたから、リリィさんもまたいらっしゃってはどうでしょうか?」
リリィはそうしますと答え、明後日改めて来ることを告げた。ヤマという人物が、どうして写真を撮ってきてほしいと言ったのかわからない。それを確かめるのはまだ先になるだろう。
カウンターから外を見ると、すっかり日が落ちていた。青紫から黒へと色を変えた街の中、オレンジ色の明かりが灯るこの場所だけが、取り残されたみたいだ。優しい音楽と心地よいコーヒーとが拡がり、空間を満たしていった。
続く……
次話、10/18(水)19:00更新。




