1-6 彼女(2)
エントランスは白色の大理石の床だ。受付がある以外、特にゲートまでの間に何もなく、そこで立ち止まり話し込む人々が多くいた。ビジネスの話をしているようだ。
簡易的な黒色のゲートは解放されており、通路を通って広間につくと、少し空気感が変わったように思われた。
着物を着た人や、ラフな服装の人、老人もいれば、同世代くらいの人もいた。広間にはペルシャ柄の絨毯が敷かれており、並べられた簡易的な机の上に白色のシーツがかけられている。カメラや携帯などを用いて写真を撮る人も多くいて、美術展とは言いつつ、とても自由度が高いように感じた。本当に見てもらうことが主の目的なのだろう。
リリィがほかの人の流れに乗り、順に見ながら写真を取っていると、どこからかスピーカーの音が聞こえてきた。機械的なその音声は、人のもので、音のする方を見ると、リリィが立つよりも少しだけ高い位置にあるステージに一人の男性が立っていた。
「みなさん、今日はようこそお越しくださいました。私は今回の展覧会を企画いたしました、STグループの近平と申します。開催にあたり……」
そこからは近平という男により、美術展の内容が説明された。STグループは養蚕業の企業として創業されたのが始まりで、今では国内のアパレルメーカの中でも指折りの実力を持つ。展示されている物も、洋服や古い織物など様々なものが並べられていた。
一通り会場を回り写真を撮り終えたリリィは、会場を後にしようと人ごみの中から抜け出す。入ってきたのと同じ通路へ向かおうと歩くと、後ろから声が聞こえた。
「ちょっとそこの人!」
若い女性の声だ。
リリィがそのまま歩き続けていると、肩に手を載せられ、
「はぁ、もう、待って!」
と声を掛けられた。背格好もリリィと同じくらいで、見たところ年齢も同じくらいに見える。しかし知り合いでないことは確かだ。
リリィは首を傾げ、その女性に話しかける。
「あの、いったいどうしたんですか?私に何か用ですか?」
どこかから慌ててリリィを追ってきたのだろう。しばらくの間、肩で息をしていたその女性は呼吸を整えると、上体を起こして、改めてリリィの問いに答えた。
「用……、そう用があるのよ。はぁー、疲れた。」
女性はそう言うと、再びリリィの肩に手を置いた。
「そう、まさにあなたに用があるのよ。」
続く……
次話、10/17(火)19:00更新。