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グレイを愛してよ、  作者: 上森葉月
第3章
25/26

3- 過去(2)

 ヤマはゆっくりと話し始める。


「リリィ、君は本当にお母さんに似ているよ。」


 その言葉を、ヤマは何を思い話しているのだろうか。


「僕たちは、町の小さな本屋さんで出会ってね。君のお母さんの絵本はとても話題になっていた。僕は普段はあまりそういうことを気にする方ではないんだけど、無性に引っ掛かって。大きな書店は探したけど、売り切れ。それである町の本屋さんにたどり着いたんだ。そこに偶然来ていたんだ。君のお母さんであるベルが。不思議だったよ。好感とか、打算とか、そういったものは一切なく、純粋にあぁ見つけたと思った。僕はきっと、この人と一緒になるんだろうなとそう思った。」


 そう語るヤマの表情は、とても穏やかで優しい。遠くを見つめるようにしながら目の前の白百合に向けて細められた視線はやわらかい。


「でも駄目だった。ベルと僕とじゃ、あまりに立場が違いすぎたんだ。僕ではリリィの相手としては相応しくないと。」


 ベルとヤマはあまりにも隔たりのある二人だった。かたや由緒ある家系のお嬢様、肩や何処の馬の骨かも分からないような若者。それこそが彼らがともに過ごすことができなかった一番の要因だった。


「リリィのおじいちゃん、つまりベルのお父さんにあたる人に結婚は認められないといわれたよ。」

「どうして?」

「そういう慣習だったとしか言えないな。結婚相手も名家でないと。リリィのおじいちゃんもそればかりはどうにもできないようだった。」

「それがあったから、ヤマさんは私とは一緒にいなかったの?」

「……あぁ、そういうことになる。もし子どもがいたらって、名前も二人で決めたんだ。リリィという名前がいいねって。」


 リリィが生まれる前のリリィの話。それはリリィにとっては夢の中の出来事と同じで、ヤマの話すことは何だか、一つの物語のようだ。


「僕は駆け出しのフォトグラファーだった。本気で写真で生きていこうと思ってね。一年間、海外で写真の勉強をする予定だった。……その準備をしていたころにベルと出会ってね。結婚は出来なかったけれど、幸せな毎日だった。実際に海外に行って一年後、こっちに戻ってきてベルに会おうとするともう、会うことができなかった。」


 ヤマの声は少しずつトーンを落とし、口を閉じてしまう。もう話すことはないような、あるいは、もう話す力がないような様子だ。リリィはそんなヤマになんと言葉をかければいいのか分からず、一緒になって黙り込んでしまう。

 しばらくの間、そうしていた。

 陽の光も草花の香りもただ静かに二人のそばに存在し、その温もりと拡がりで彼ら包み込んでいるようだ。

 再び、ヤマが話し始める。


「……それから二年後かな。十傘さんから連絡が来てね、ベルに会えるって言うんだ。」


 ヤマはそれまで見つめていた白百合から視線を外し、椅子に深く持たれかかりながら、空を仰いだ。


「彼女は病気だった。彼女が亡くなる直前、一度だけ、彼女に再会できた。僕は泣いたよ。ものすごく泣いた。なのに彼女は笑ってるんだ。はじめに、待たせてごめんなさいねって言った後は、ずっと僕を見て、あなた何をそんなに泣いてるのよって笑ってるんだよ。なんだかそれが嬉しくて悲しくて。その日はあっという間だった。……葬儀の日、彼女のメイドさんをしていた都築雪枝という女性に一通の手紙を渡された。リリィのことも教えてもらった。会うことは出来なかったけれどね。それだけですごく嬉しくて。僕はまだ、もう少しだけ生きていこうと決めたんだ。」


 誰かにとっての意味を、誰かが無意識に作り出していることだってある。たとえそれが前向きなものでなかったとしても、たとえそれが何ともない事柄だとしても。

 リリィには、その話がまだいまいち消化できていない。けれどリリィの知らないところで、リリィを思ってくれた人がいたのだ。


「おばぁがそんなことをしていたのね。」

「そうか、君は彼女をおばぁと呼んでいるのか。」


 しかしこれが紛れもなくヤマの話。ベルの話。そして、リリィの話だ。

 自分が生きるということが特別なことだと思ったことはなかった。

 それはきっと当たり前のことで、何かのためなどとは夢にも思わなかった。

 ヤマがベンチから立ち上がり、うーんと伸びをする。そして、リリィを振り向くと、


「リリィ、君と行きたい場所がある。来てくれるかい。」


と尋ねた。リリィは小さく、けれどはっきりと頷いた。



……続く

次話、11/3(金)19:00更新。

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